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人間存在としての可能性を発揮する
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最近「妥協しない」ということを突き詰めていくのがとても面白い。

スケジュール、持ち物、服装、食べ物…。
意識化が可能な範囲において、「なんとなく」という感覚で選ぶのをやめていっています。

損得勘定や、周囲からの目、常識からも離れていきます。
そして、過去の成功からも離れ、未来を予想しての守り体制からも離れ、たった今の自分はどう在るのか。

そこに意識を向けた時、ピタッと寸分の違いなく、「これだ」とわかる。
その感性を、もっともっと研ぎ澄ませていきたいと思います。

そして、気づきました。
今までいかに、多くのものを無自覚的に受け入れていたか。
引き受けなくてもいいものを、いかに引き受けていたか。
それらが自分の意識を粗くさせ、覚醒を鈍らせていた。

妥協しないということは、意識化がきめ細やかになり、より多くのものに気づいているということ。

妥協しないでいると、いつかと思っていることの多くが今ここで展開し始める。
いつかしたいなと思っていたことも、未来を待たずに今すればいい。
いずれこうなっていきたいと思っている自分に、今ここでなればいい。

すると、未来だと思っていた展望が、まさに今ここに実現し始める。
そして、人間存在の可能性が余すことなく発揮され始める。
ものすごいエネルギー、そしてものすごい圧縮です。


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先日から習い始めた英文読解。
スラッシュリーディングという手法を学んでいます。

まだ2回レッスンに行っただけですが、あんなにちんぷんかんぷんだった英語の羅列が構文として見られるようになり、驚くほど読みやすくなりました。
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11月17・18日に開催するライフ・ポートフォリオは、残席1名となりました。
ピン!と来た方、きっとご縁です。
「人生の意味を創る」2日間を、ご一緒しましょう^^


感謝をこめて


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# by ramram-yoga | 2018-10-06 23:01 | 最近のいろんなこと | Comments(0)
宗教的体験の諸相
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『宗教的経験の諸相(上・下)』ウィリアム・ジェイムズ著

主にキリスト教圏の人達の宗教的体験やそれに基づく生活のあり様について、膨大な資料やインタビュー内容が紹介され、考察されていきます。
中には驚くような体験も。
信仰生活に生涯をささげた人々の心的世界のあり様と相まって、読み進めるごとに意識の深い部分に印象を残すような著書でした。

内容は、ただ単に超常現象を紹介しているに決してとどまりません。
宗教の、そして人間の意識の本質的な部分に迫る洞察の鋭さが、今もなお読み継がれる名著であるゆえんなのでしょう。


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私たちが合理的意識と呼んでいる意識、つまり私たちの正常な、目覚めているときの意識というものは、意識の一特殊型にすぎないのであって、この意識のまわりをぐるっととりまき、きわめて薄い膜でそれと隔たてられて、それとはまったく違った潜在的ないろいろな形態の意識がある、という結論である。
私たちはこのような形態の意識が存在することに気づかずに生涯を送ることもあろう。
しかし必要な刺激を与えると、一瞬にしてそういう形態の意識がまったく完全な姿で現れてくる。
それは恐らくどこかにその適用と適応の場をもつ明確な型の心的状態なのである。
この普通とは別の形の意識をまったく無視するような宇宙全体の説明は、終局的なものでありえない。
問題は、そのような意識形態をどうして観察するかである。

――というのは、それは正常意識とは全然つながりがないからである。
けれども、そのような意識は、はっきりした形を備えることはできなくても、人間の態度を決定することができるし、また、その位置を固定することはできなくても、ある領域を開拓することができる。

いずれにしても、そのような意識形態は私たちの実在観が性急に結論を出すことを禁ずるのである。
私自身の経験をふり返ってみても、それらの経験はすべてが相寄って、私が何か形而上学的な意義を認めずにはいられないような種類の洞察に集中するのである。
その基調はきまって和解である。
世界にはさまざまな対立があって、この対立するものの矛盾と葛藤から私たちのあらゆる困難や苦労が生まれてくるのであるが、その世界における対立物がまるで融け合って一体となってしまったかのような気がするのである。
それら対立物は、相対する種として、同一の類に属しているばかりでなく、それらの種のうちの一つ、つまり、より高くより良い種は、それ自身が類であって、かくして、その対立者を吸い取り込んでしまう。(下巻本文より)


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一番衝撃を受けたのは、ウィリアム・ジェイムズが宗教的体験に関する研究にこんなにも手を広げていたということ。
ウィリアム・ジェイムズと言えばプラグマティズム(実用主義)という、その後さまざまな学問において科学的なもののとらえ方の基礎となる考え方を提唱した人であるというのに、この本はいわばその正反対のイメージの内容でした。

演繹的推論と帰納的推論とは別に飛躍的推論ともいえるアブダクションという推論概念を提唱した哲学者のパースと同じクラブに所属し、いろいろな研究や啓蒙を行っていたようですから、彼らは何かその時代を先導していくような天才的な思想家だったのでしょう。
本を通してその世界に触れられることは、ありがたくもあり、とてもエキサイティングです。

早速、ウィリアム・ジェイムズの『プラグマティズム』も注文しました。

愛と感謝をこめて

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# by ramram-yoga | 2018-10-06 01:08 | | Comments(0)
9月の読書本
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86.『この世とあの世の風通し』加藤清著
87.『性差医学・医療の進歩と臨床展開』天野惠子編集
88.『血流がすべて整う食べ方』堀江昭佳著(再読)
89.『「ひとりぼっち」こそが生存戦略である』名越康文著
90.『よくわかる最新医学 新版前立腺肥大症・前立腺がん』澤村良勝著
91.『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』戸部良一他著
92.『連続性の哲学』パース著
93.『意識科学 意識が現象を創る』米田晃、前田豊著
94.『高次元ミロクのメタ文明』米田晃著
95.『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳
96.『Lシフト スペース・ピープルの前真相』秋山眞人、布施泰和著
97.『はじめての気功』天野泰司著
98.『心身の神癒』M・マクドナルド・ベイン著



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10月になりました。
西宮から山崎に引っ越してきて、ちょうど1年です。

上の写真はRam-Ram's Roomの窓越しのグリーン。
引っ越しする前、初めてこの家を訪れた時にこの風景にすっかり魅了され、引っ越すまで毎日恋焦がれるような気持ちで過ごしたのを覚えています。
そして今も、やはりこの部屋が好きです。

実は、こちらに引っ越すことを決めた直接のきっかけになったのは、ある仕事をするためだったのですが、なんとその仕事とのご縁は無くなってしまいました。
つまり、別にこっちに引っ越してこなくてもよかったのです^^
にもかかわらず、ここに引っ越してきたのがまるで必然であったように、すべてがしっくりおさまっている感覚でいます。


最近は、自分の感覚を研ぎ澄ませていくのが面白くて、日々実験です。
すると、それらの感覚とは、「~~するべき」「〇〇しなければ」という固定観念や、世間体や常識から導き出されるものとは全然ちがうところにあることが分かってきます。

簡単に言うと、理由がない。
理由は思考が作りだした産物であり、本当の答えはからだが知っている。

どんな感覚かというと、私の場合は胸(アナハタ・チャクラ)のあたりが奥から躍動するように湧き立ちます。
その感覚を感じながら、胸が躍動するものに接触する時間を増やしていく。
言い換えると、見聞きし触れるものをひとつひとつ吟味して、それらと意識的に接するようにするのです。
すると、自分の発する波長が変化し始め、それに同調する出来事や人と出会うようになります。
もしくは、同じ状況や人と遭遇しても、また違った一面に遭遇することになります。

でもそれはよく考えると当然のこと。
だって、自分が周りに見ているのは、自分自身の心の映し鏡に他ならないのですから・・・。

こんな風にして自分の感覚に従っていくと、自分に精神的な軸が一本、スーッと中心にできていきます。
これが肚が決まっているということであり、実際に腰骨が立って丹田にプラーナ(エネルギー)が集約されている状態です。
一点に集約することで存在のプラーナの密度が高くなり、かつ意識化できる範囲も細部にわたるので、きめ細やかなプラーナになっていきます。

すると次第に、「自分が世界の中にいる」という感覚が一転し、「自分を中心として世界が展開している」という感覚に変わっていきます。
この、自分が世界の中心点であるという感覚は、独裁的であるのとは全く違います。
独裁は、周囲を支配して初めて成り立つので、実は周囲のあり様に依存している訳です。

自分が中心というのは、独裁ではなく独尊位(カイヴァルヤ)の状態。



さて、最近また、出会ったことの無いタイプの人に出会ったり、聴いたこともないような話を聴いたり、いろいろなことが展開し出しています。
わたし自身も、以前の自分からは想像もつかないことを始めたり。

そのひとつが、英語の勉強です。
自分の専門性をさらに深めていく時に、英語論文を読んだり書いたりが必要不可欠だということがだんだんとはっきりしてきて、英文読解を中心に個人の先生に教えてもらうことにしました。
勉強を始めることについても、どの先生を選ぶかについても、頭ではなくからだで選ぶととてもスムーズ。

それにしても、あんなに苦手意識のあった英語に、自分から手を出すなんて・・・。、
人生、どんなことがあるか、本当に想像がつかないものですね。
どんどん自分についているレッテルを取り去って、限界をとっぱらってみたいと思います。
というよりそれは、最初からそんなものは無く、ただ自分が勝手に作っていただけだと、気づいていく過程なのですね^^


愛と感謝をこめて

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# by ramram-yoga | 2018-10-02 23:42 | | Comments(0)
富山へ
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今週はいろいろなところに足を運んでいます。
今日は、サンダーバードと北陸新幹線を乗り継いで、富山へ。

加賀温泉を過ぎたあたりから急に地平がどこまでも開けていき、雄々しさとおおらかさを感じます。

現地で数時間仕事をして帰るというとんぼ返りの旅程でしたが、それでもその土地の雰囲気を十分満喫できました。
北陸の土地と人の、奥ゆかしい華やかさに、魅了されつつあります。
そして、聡明な方が多い印象です。


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さて。
いろいろなことに一区切りがつき、今日は車中でゆっくりと読書できました。
自分が日々やっていることを「本当にやりたいか?」とひとつひとつ自分の心に訊いてみたのですが、読書はやっぱり好きなんだということは再確認できました。

じっくり腰を据えて読もうと思っていた、この本。
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心深くに響いた何節かを、ご紹介します。


*あなたたち、本当のあなたたちは、外側のもの、目に見える形ではなく、また、現象我が本当のあなたたちでもない。
 なぜならそれはあなたたちの真我の相とは遙かに隔たっているからである。

*見えるものと見えないものとの間に或る壁があってわたしたちを引き離しているように思われるが、それは事実ではない。
 自分の心の中以外には障壁などないのである。
 互をへだてる障壁は心の中のみにあるのである。
 ではこの障壁、この隔てを、理解と愛とによって除くがよい。

*時間というものは存在しない。
 わたしは過去に存在したように今も存在しており、今後も常に存在する。
 このことを悟得すれば、あなたたちは自分も又全能者の生ける表現であることを銘記しなければならない。

*認識がまず第一である。
 次に十分に把握をし、静寂の時間(複数)を置くようにすれば、わたしの力があなたたち自身の意識の中で発達して行く。
 しかし意識は実は只ひとつあるのみであって、それが全宇宙にわたって具象化しつつあるのである。
 それが大生命自身の中なる意識である。
 大生命がすべての形態あるものを創り給い、その形態の中に大生命がその栄光を意識的に顕現しうるようにし給うたのである。

*此の故にわたしは本性という最奥の面に現れる。
 此処には何ら死の如きものの存在しえないことをわたしは知っていた、それは人間の制約された心の中にしか存在しないからである。
 この驚くべき久遠生命の真理をあなたたちが把握しえた時、この生命自身はいわゆるの死に影響されることはない。


愛と感謝をこめて

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# by ramram-yoga | 2018-09-26 22:41 | ことば・メッセージ | Comments(0)
満月
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前回記事を書いていた土曜日の晩からなんだか調子が悪くなり始めたと思ったら、珍しく風邪で熱を出しました。

日曜日は東京に出向き、東邦大学医学部でCBT‐E(神経性過食症のための認知行動療法)の研修会に参加していましたが、朝からからだ中が痛いわ寒気がするわ‥。
昨日の月曜日(祝日)は奈良で仕事があり、からだを引きずるようにして出かけ、帰ってきてお風呂も入らず布団へ直行。
朝起きたら気持ちよく汗をかいていて、排便を済ませると意識もすっきりと澄み渡って視界も開け、気力と食欲が一気に出てきました。

私がダウンしている間、洗濯や食事作り、子どものお風呂から寝かしつけまで全部やってくれ、おまけに梅干しと甘酒とゼリーを買ってきてそっと置いておいてくれた夫に感謝です。

風邪は風邪なりの症状の進み方があって、その波にからだを委ね、ゆったりとした呼吸で痛みや寒気をふんわり抱きしめるようにしてみる。
すると、症状がからだをすぅーっと通り抜けていく。
そうすると、風邪がやってくる前よりからだの“通り”が良くなり、生命力がみなぎっている。
そんな感じです。

心理的に大きな区切りがひとつついたところだったので、今回の風邪はなんだか禊(みそぎ)のように感じました。
やはり、心理面の変化と肉体面の変化には、少し時差がある。
肉体面に変化が現れる場合は、その変化に先行してまず潜在的な部分が必ず変化しているように思います。
心が変わるとその人の発するものが質的に変化し、物理次元での変化として顕在化してくる。
つまり、すべての現象は必然、ということですね。


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さて、今宵は満月です。
また今日から、心新たにまいりましょう^^


愛と感謝をこめて






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# by ramram-yoga | 2018-09-25 23:23 | "わたし”との対話 | Comments(0)