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カテゴリ:music( 40 )
David Fray のピアノ
今宵はDavid Frayのピアノを。

初めて彼の演奏を聴いた時は、ちょっとした衝撃が走りました。

躍動感があって、一音一音の隅々にまで生気がいきわたっているような響き。

バッハピアノコンチェルトBWV1055。


同じくバッハのピアノコンチェルトBWV1056。主旋律がうたいます。


バッハのパルティータも、彼にかかればこんなに鮮やかで独創的な演奏に。



最後に、シューベルト即興曲Op.90 No.3



それでは、おやすみなさい^^



愛と感謝をこめて




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by ramram-yoga | 2018-05-09 23:30 | music | Comments(0)
ベートーヴェンの第九
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今夜はテレビの特番で、熊本地震復興支援コンサートをやっていました。
有名な楽曲を地元の演奏家の方々が演奏されていて、復興への強い想いと人々の絆を感じました。

最後にはベートーヴェンの第九。
今さら私が言うまでもないですが、やはりベートーヴェンの曲は本当に素晴らしいですね。

ベートーヴェンは、曲の完成度もさることながら、生きるということに全くといっていいほど妥協の無かった人だったのではないかと思います。
人間的な苦悩を、ごまかすことなく、逃げることなく舐め尽くした人。

苦悩無しには生まれなかったであろう、ベートーヴェンの楽曲の数々。
例えばこの曲の出だしからは、絶望としかいいようのないものを感じます。

ベートーヴェン作曲 ピアノソナタ第8番 ハ短調 タイトルはその名も「悲壮」。
アシュケナージの演奏で。




そして、その苦悩を、群を抜いて美しく洗練された音楽にまで昇華していったところに、ベートーヴェンの偉大さがあります。
ちなみに、「悲壮」の第二楽章は本当に美しいです。
こちらも、アシュケナージの演奏。


この完成度の高い美しい音の重なりや和音進行は、極めて緻密に推敲を繰り返し繰り返し行うという、ベートーヴェンの作曲スタイルから出来上がったものです。

第九を聴いていると、もはや、人間的な苦しみや喜びとは明らかに次元の違う、万人の祈りや歓喜に圧倒されるような感覚を覚えます。
多分、ベートーヴェンは、人間的な苦悩を経験することを通して、最終的に高みに達していったのだと思います。

バッハのような、人間離れした、天から大地に降りてくるような音色も美しいですが、ベートーヴェンの楽曲は逆に大地から光指す天に昇っていくようで、またバッハにはない美しさがある。

**************

よく、悩んでいる人に、「まぁまぁ、そんなに気にしないで」と言ったりして、深刻に悩むこと自体を悪い事のように捉えてしまうケースがありますが、悪いことでは全然ないのではないでしょうか。
でも、その人が悩んでいるのなら、今、その人には悩むという経験が必要なのです。
悩んで悩んで悩みぬいて、もがいて悶えて、納得するまでとことん苦しめばいいと思うのです。
きっと、苦しみ抜くという経験を通して、他の誰にも表現できない、唯一無二の美しさを表現していく人なのです。

ベートーヴェンの楽曲は、精神的にしんどいと感じる時に聴き、これまで何度も何度も助けられてきました。
聴いていると、今直面している苦しさから目をそらさず、その中に自ら入っていく勇気をもらえる気がするのです。

さて、こちらでは小澤征爾さん指揮のを貼り付けています。
ベートーヴェン作曲 交響曲第九番





愛と感謝をこめて


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by ramram-yoga | 2018-04-29 20:54 | music | Comments(0)
意識的領域と無意識的領域の狭間
普段の覚醒水準を少し落として、意識的領域と無意識的領域の狭間を漂いたい時に聴く、ラヴェルの曲。
去年後半あたりからバッハに代わり、一番よく聴いています。

今宵はSokolovのピアノで。
ハッとするほど垢ぬけたタッチ、そして情緒的。

最近繰り返し聴いている曲はこちら。
Le Tombeau de Couperin (V. Menuet)


ラヴェルの曲、他にもいろいろ。
同じくSokolovのピアノ。


愛と感謝をこめて




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by ramram-yoga | 2018-03-23 01:14 | music | Comments(0)
春のラムラム・ルームより
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春がやってきましたね。
ラムラムルームの窓から見える木が、やっと何の木か判明!
梅の木でした。
ただ今、満開。
ヨーガに来てくださった方と、お花見をしています。
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花壇には椿。
咲き誇っています。
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いのちの息吹が一気に噴き出し躍動する、歓びの季節になりました。






愛と感謝をこめて 



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by ramram-yoga | 2018-03-16 21:39 | music | Comments(0)
満月
今日は、美しい満月の夜ですね。


ドビュッシーの「月の光」。
大好きなアシュケナージの演奏で。



併せて、素敵な表現だなと思った言葉を。


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「幸せは深い海のようなものだと考えればいい。
水面は波立っていても、底はいつも穏やかだ。
同様に、とても幸せな人にも悲しく感じる日はある。
だが、その悲しみの下には、揺らぐことのない幸せの大きな深みがある。」

この美しいたとえは穏やかさと回復力にも当てはまる。
もし、自分の心の中の深い内面の穏やかさにアクセスできれば、
日常生活の浮き沈みがどれだけあっても、いつも回復力を保てる。
何があっても、長い間心が沈み続けることはない。

チャディー・メン・タン著
「サーチ・インサイド・ユアセルフ」より

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愛と感謝をこめて

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by ramram-yoga | 2018-03-02 22:58 | music | Comments(0)

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生の歓喜

絶対的な今






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by ramram-yoga | 2018-02-08 17:39 | music | Comments(0)
自我から大我へ
自我とは何か。
ヨーガではそれは”我執(ahamkara)”と呼ばれ、はっきりと非我であると述べられています。
つまり、自我とは自己の本質ではないというのです。

物心ついた頃から、「私は・・・」「私が・・・」「私の・・・」という感覚が当たり前で、疑うことすら知りませんでした。
しかしそれが絶対的なものでもなければ先天的なものでもないのだ、ということが、だんだんと分かってきました。
ここに来るまで、時間がかかりました。
まだまだ自我を取り払っていく必要があります。

思っていたより、難しいことではなさそうです。
自我は、後天的にできたものだとすれば、元に戻ればいいのではないでしょうか。

わたしが行為者であるという意識を薄め、万所に遍在する普遍的・根源的な意識(観照者)に、意識を合わせる。
極地へ昇り詰めるというよりは、溶け出して一体化する。

来年は、そんな年にしてみたいです。



**************

最近はラヴェルのピアノ曲がしっくりきて、よく聴いています。


フランス印象派の中でも、ラヴェルの曲は、意識の深みにいざなってくれる感じがします。
絵を描く時は、いつもラヴェルを聞きながら。
微細な情報が具現化していきやすいです。
無意識的領域と意識的領域の、橋渡しをしてくれています。


  愛と感謝をこめて





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by ramram-yoga | 2017-12-23 17:18 | music | Comments(0)
光へ
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光、  光、  光、  光。



昨日から、今まで感じたこともないような、強烈な光を感じるようになりました。
今まで、人や自然などを通して感じられていた光が、何者も介さずに光そのものとして、私の前に顕れています。
眩しくて眩しくて、今まで影になっていた部分も一瞬にして明るく照らし出すような光です。
もう、この強烈に眩しい光を前にして、迷いはありません。
なんとなく感じている、というのではなく、確かにはっきりと感じるのです。


時々電話で話す親しい友人と、昨日電話で話していました。
私が「また、想像もつかなかった展開になってきてる」と話すと、「最近電話で話すたびにそう言ってるよね」と、笑われてしまいました(笑)



光に向かって、まっしぐらに行きたいと思います。
一緒に行きませんか^^
光に満ち溢れる世界へ。




バッハ:カンタータ BWB61 "Amen(アーメン)”
バッハの音楽も、光に溢れています。







今年の7~9月に、どんどん浮かんできたことを言葉にして作った日めくりカレンダー。
この内容は、いわゆる”私”の考えではありません。
感覚的にキャッチしたものを翻訳した、というのが、しっくりくる感覚です。
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当時はただただ、その内容に驚いていました。
ですが、今、このカレンダーの世界観がそのまま私の世界観になっているような気がします。

購入されたい方はご連絡いただけたら、お送りいたします。
1冊1000円、送料は164円(5冊以上は無料)です。


  感謝と愛をこめて







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by ramram-yoga | 2017-11-01 11:30 | music | Comments(0)
気づきはバッハの音楽とともに
昨日のブログ記事を書き終えた後、京大のゼミへ。
あの体験は、そのゼミに提出するレポートの内容を論考していた時に突然やってきました。

気づきというのは、最初は体験からやってくるものであるけれど、それを自分のものとして落とし込んでいく時に知的に理解する過程が必要となってくるのだと思います。
深い気づきの体験は身体感覚を伴います。
しかしそれは、理性的な働きによって考えを進めているときなのです、いつも。

昨日の気づきをもとに、今の私の真実を、簡潔に文章にしてみます。
それは…

*****

目に映る世界のすべてのものは、わたしの意識(こころ)に、即時即応的に応答している。
世界は、わたしの意識そのものである。

*****

この、世界と自分とに全く隔たりや距離の無い感じが、まさに ”わたしが世界” なのです。
だから、意識が変容すると、たちどころに目に映る世界が変化するのですね。
私は、世界を観ることで、実は私自身をみていたのです。


このことを何度も反芻するときに聴いていたのは、この音楽。
バッハのブランデンブルグ協奏曲第5番第1楽章ニ長調。
カラヤン指揮、ベルリンフィルの演奏で。


この音楽は、私が中学時代、生きていることにほとんど絶望していた時に、掃除の時間に毎日流れていました。
永久とも思える時間の流れの中で、瞬く間に消えていく自分の命のことを思うと、気が遠のいていったものです。
このことに気が付いてしまったことを後悔し、こんなことに考えが及んでしまう人間として生まれてしまったことを、憂いていました。
そんな自分の心境とは裏腹の、明るいこの曲の出だしが、そんな私の絶望感を余計に掻き立て、孤独感が増していきました。

でも。
この1楽章は、中盤から曲調が変わります。
チェンバロのソロの部分、この部分までは、確かあの掃除の時間には流れていなかったはず。
でも、そのソロの部分が、圧巻なのです。
躍動しながら迫ってくるように感じられる部分があります。
今回のこの気づきが、そのソロの部分にフィットしました。

チェンバロのソロの部分からはじまる動画も発見。



絶望感を感じていた頃から、こうしてある種の死生観ともいうべき見解に至るまでを、このバッハの1曲が包含してくれた、そんな不思議な音楽との関係です。



いつも思うのですが、バッハはなぜ、こんなすごい作曲ができたのでしょう。
それも、おびただしい曲数です。
その中に人間らしい感情に寄り添うメロディーは、ありません。
そうではなくて、常に天の高いところから降りてくるような、そして、本質的なものに気づく感性を呼び起こしてくれるような響きがあります。

振り返ってみると、私の形而上学的な気づきは、いつもバッハの音楽とともにあります。


溢れる愛と感謝をこめて




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by ramram-yoga | 2017-10-26 20:48 | music | Comments(0)
AUM
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最近、空を見上げると、それがスカスカの何もない空間ではなく、ぎゅうぎゅうに遍満している何かがあるように感じていました。
そして、それを音で表すと「オーム」である、ということが分かってきました。
万所に遍在している響き、音なき音、それがオーム。
そういうことだったのですね。


自宅の窓から田んぼや山々、広がっていく空を、ぼーっと眺めていると、世界の側の方から、お誘いをいただきます。
「おいで」と、両手をいっぱいに広げて、待っていてくれているかのように、感じます。
あぁ、このまま、もう溶けてしまって、ひとつになってしまいたいなぁ…。
ひとつになってしまったら、この肉体は、どうなってしまうのかな。


今朝、バッハの Cello Suite を聴いていましたが、これも空から響いてくるオームと近い響きに感じました。
バッハはやっぱり、天とつながりながら作曲していたのですね。



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まだ死にませんので、ご安心を(笑)



愛をこめて


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by ramram-yoga | 2017-09-11 16:17 | music | Comments(0)