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カテゴリ:music( 42 )
自分の価値を上げようとすること
エネルギーを浪費せず、使うべきところに出し惜しみをしない。
これを実践しようとするとき、何にエネルギーを浪費しがちなのかについても、考えてみる必要があると思います。
ひとつ、エネルギーを浪費しがちなものとして ”自分の価値を上げようとすること” があるように思います。

普段カウンセリングで、しんどい辛い思いをしている人の話を聴いていると、そこには例外なく”自分の価値”というキーワードが存在しているように思います。
要するに、自分にある条件を課して、その条件を満たすか満たさないかによって、自分自身の価値を決定づている訳です。
その条件とは、人によって色々です。

例えば
・ある特定の人(親や上司や配偶者)に認めてもらえるかどうか、気に入ってもらえるかどうか
・周りの人にとって歓迎されているか、役立っているか、一目置かれているか
・仕事や引き受けた役割を全うできているか、失敗したり迷惑をかけたりしていないか
・段取りよくスムーズに物事をこなしていくことができているかどうか
・自分の中で決めた ”これができればOK、できなければダメ” といったラインを満たしているかどうか
・世間的な風潮(恋人・配偶者・子どもがいる、勝ち組・負け組、学歴、職業)

これらがいろいろと絡み合って、その人はそれぞれの基準と照らし合わせ、自分がそれを満たしていればOKつまり価値があり、満たしていなければ価値がない、というような捉え方をする。
そして、それら自分が設定した”基準”を満たすため、もっともっと必死にがんばる。

何かを目指して頑張っている姿は、一見前向きで向上心があるように見えますが、よくよくその動機を観察していると、それが不安と恐怖からきているように思えることが、少なくありません。

何もしないのが怖い。
だらだらする自分が許せない。
頑張らない自分を想像できない。

もしそうだとすれば、一度、自分を条件付けで評価しているかどうかを、省みてみるといいかもしれません。
つまり、自分の価値がある・ないという、相対的な価値観の中で自分を評価していないかどうかということ。

そして、不安や恐怖から頑張る人というのは、基本的にそもそもの前提として”自分には価値が無い”と思っているのです。
自分がただそのまま在るだけでは価値が無いので、いろいろとプラスして評価を得たり業績を上げようとしている、ということです。

カウンセリングで、頑張りすぎる人に時々率直にそれを伝えることがあります。
本当は自分に価値がないと思っている、あるいは本当は自分に自信が全然ないから、がんばっているのでは?
満たされて安心している人が、今あなたがやっているやり方や考え方をすると思いますか?と。
すると、その方は”ウッ”と、図星のような顔をされます。

かくいう私も、ずっと、自分を条件付けで受け入れる・受け入れないをずっとやり、頑張り続けてきました。
でももう、少しずつ手放しつつあります。
それがいかに、無駄なことかということに、気づきつつあるからです。

だって、外側に自分の評価基準を求めている限り、どこまでいっても安心できませんからね。
本当は、手に入れたいのは”好かれている”とか、”評価される”とか、そういうこととはおよそ関係のないところにあるはずです。
真に手に入れたいものとは、安心なのではないでしょうか。

そしてそれは、本当は手に入れるものではなく、気づくものだと思うのです。
すでに自分は安心の中にいて、大丈夫なのだということに、気づく。
すると、思考や行為が、恐怖や不安からではなく、安心から出てくるようになっていきます。

だんだんと苦しみから自分を解放し、安心していく人達に共通するのは、「ま、いっか」という言葉が増えていくということと、失敗や失態をおかしても深刻にならず笑い飛ばせるようになるということのように思います。
要するに、だんだんお気楽・お気軽に、”抜けた人”になっていくのですね。
そして、身軽で颯爽とし、本当に自分がやりたいことにドバッとエネルギーを投入し、そこで絶大な集中力を発揮していくのです。


自分には価値があることを周りに認めさせることにエネルギーを注ぐより、いっそのこと自分は誰からも期待されない役立たずと思ってしまうのはどうでしょう。

「クズがここにいるぜ~!」と、元気いっぱいの清志郎さんです^^




宮沢賢治の「アメニモマケズ」の中で”ミンナニデクノボウトヨバレ”という一節があり、小学時代からその意味がよく分からなかったのですが、最近やっと、少し分かり始めました。




愛と感謝をこめて


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by ramram-yoga | 2018-09-09 18:51 | music | Comments(0)
花ひらく

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その方とはもう、長い付き合いになります。
先日その方のからだに手をあてていると、それまでずっと、ただただ静かで静寂だったところから何かがうごめき出そうとしているのを感じました。

何と表現したらいいのか、春に植物たちが一斉に芽吹き始める少し前のような、そんな感じです。
そしてそれから少し経ってまた彼女と会った時、花が開いていくようなイメージが繰り返し浮かんでくる。

「いのちの細胞が輝くことをしたい」

と言った、彼女の表情を眺めながら、あぁ、彼女にしか咲かせられない花を、これからひらいていくのだと思いました。
愚直なまでに真っ直ぐで、そして豊かな感受性と深い洞察力を持ちながら生き抜くその姿が、すでに人(私)にこんなにも影響を与えているのですけれどね^^

それにしても、”いのちの細胞が輝く”って、すごい言葉です。
それがどういうことが、分かっている人にしか、口にできない言葉だと思うのです。


**************


今日は、タテタカコさんの歌を。







愛と感謝をこめて



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by ramram-yoga | 2018-07-24 11:41 | music | Comments(0)
David Fray のピアノ
今宵はDavid Frayのピアノを。

初めて彼の演奏を聴いた時は、ちょっとした衝撃が走りました。

躍動感があって、一音一音の隅々にまで生気がいきわたっているような響き。

バッハピアノコンチェルトBWV1055。


同じくバッハのピアノコンチェルトBWV1056。主旋律がうたいます。


バッハのパルティータも、彼にかかればこんなに鮮やかで独創的な演奏に。



最後に、シューベルト即興曲Op.90 No.3



それでは、おやすみなさい^^



愛と感謝をこめて




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by ramram-yoga | 2018-05-09 23:30 | music | Comments(0)
ベートーヴェンの第九
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今夜はテレビの特番で、熊本地震復興支援コンサートをやっていました。
有名な楽曲を地元の演奏家の方々が演奏されていて、復興への強い想いと人々の絆を感じました。

最後にはベートーヴェンの第九。
今さら私が言うまでもないですが、やはりベートーヴェンの曲は本当に素晴らしいですね。

ベートーヴェンは、曲の完成度もさることながら、生きるということに全くといっていいほど妥協の無かった人だったのではないかと思います。
人間的な苦悩を、ごまかすことなく、逃げることなく舐め尽くした人。

苦悩無しには生まれなかったであろう、ベートーヴェンの楽曲の数々。
例えばこの曲の出だしからは、絶望としかいいようのないものを感じます。

ベートーヴェン作曲 ピアノソナタ第8番 ハ短調 タイトルはその名も「悲壮」。
アシュケナージの演奏で。




そして、その苦悩を、群を抜いて美しく洗練された音楽にまで昇華していったところに、ベートーヴェンの偉大さがあります。
ちなみに、「悲壮」の第二楽章は本当に美しいです。
こちらも、アシュケナージの演奏。


この完成度の高い美しい音の重なりや和音進行は、極めて緻密に推敲を繰り返し繰り返し行うという、ベートーヴェンの作曲スタイルから出来上がったものです。

第九を聴いていると、もはや、人間的な苦しみや喜びとは明らかに次元の違う、万人の祈りや歓喜に圧倒されるような感覚を覚えます。
多分、ベートーヴェンは、人間的な苦悩を経験することを通して、最終的に高みに達していったのだと思います。

バッハのような、人間離れした、天から大地に降りてくるような音色も美しいですが、ベートーヴェンの楽曲は逆に大地から光指す天に昇っていくようで、またバッハにはない美しさがある。

**************

よく、悩んでいる人に、「まぁまぁ、そんなに気にしないで」と言ったりして、深刻に悩むこと自体を悪い事のように捉えてしまうケースがありますが、悪いことでは全然ないのではないでしょうか。
でも、その人が悩んでいるのなら、今、その人には悩むという経験が必要なのです。
悩んで悩んで悩みぬいて、もがいて悶えて、納得するまでとことん苦しめばいいと思うのです。
きっと、苦しみ抜くという経験を通して、他の誰にも表現できない、唯一無二の美しさを表現していく人なのです。

ベートーヴェンの楽曲は、精神的にしんどいと感じる時に聴き、これまで何度も何度も助けられてきました。
聴いていると、今直面している苦しさから目をそらさず、その中に自ら入っていく勇気をもらえる気がするのです。

さて、こちらでは小澤征爾さん指揮のを貼り付けています。
ベートーヴェン作曲 交響曲第九番





愛と感謝をこめて


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by ramram-yoga | 2018-04-29 20:54 | music | Comments(0)
意識的領域と無意識的領域の狭間
普段の覚醒水準を少し落として、意識的領域と無意識的領域の狭間を漂いたい時に聴く、ラヴェルの曲。
去年後半あたりからバッハに代わり、一番よく聴いています。

今宵はSokolovのピアノで。
ハッとするほど垢ぬけたタッチ、そして情緒的。

最近繰り返し聴いている曲はこちら。
Le Tombeau de Couperin (V. Menuet)


ラヴェルの曲、他にもいろいろ。
同じくSokolovのピアノ。


愛と感謝をこめて




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by ramram-yoga | 2018-03-23 01:14 | music | Comments(0)
春のラムラム・ルームより
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春がやってきましたね。
ラムラムルームの窓から見える木が、やっと何の木か判明!
梅の木でした。
ただ今、満開。
ヨーガに来てくださった方と、お花見をしています。
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花壇には椿。
咲き誇っています。
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いのちの息吹が一気に噴き出し躍動する、歓びの季節になりました。






愛と感謝をこめて 



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by ramram-yoga | 2018-03-16 21:39 | music | Comments(0)
満月
今日は、美しい満月の夜ですね。


ドビュッシーの「月の光」。
大好きなアシュケナージの演奏で。



併せて、素敵な表現だなと思った言葉を。


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「幸せは深い海のようなものだと考えればいい。
水面は波立っていても、底はいつも穏やかだ。
同様に、とても幸せな人にも悲しく感じる日はある。
だが、その悲しみの下には、揺らぐことのない幸せの大きな深みがある。」

この美しいたとえは穏やかさと回復力にも当てはまる。
もし、自分の心の中の深い内面の穏やかさにアクセスできれば、
日常生活の浮き沈みがどれだけあっても、いつも回復力を保てる。
何があっても、長い間心が沈み続けることはない。

チャディー・メン・タン著
「サーチ・インサイド・ユアセルフ」より

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愛と感謝をこめて

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by ramram-yoga | 2018-03-02 22:58 | music | Comments(0)

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生の歓喜

絶対的な今






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by ramram-yoga | 2018-02-08 17:39 | music | Comments(0)
自我から大我へ
自我とは何か。
ヨーガではそれは”我執(ahamkara)”と呼ばれ、はっきりと非我であると述べられています。
つまり、自我とは自己の本質ではないというのです。

物心ついた頃から、「私は・・・」「私が・・・」「私の・・・」という感覚が当たり前で、疑うことすら知りませんでした。
しかしそれが絶対的なものでもなければ先天的なものでもないのだ、ということが、だんだんと分かってきました。
ここに来るまで、時間がかかりました。
まだまだ自我を取り払っていく必要があります。

思っていたより、難しいことではなさそうです。
自我は、後天的にできたものだとすれば、元に戻ればいいのではないでしょうか。

わたしが行為者であるという意識を薄め、万所に遍在する普遍的・根源的な意識(観照者)に、意識を合わせる。
極地へ昇り詰めるというよりは、溶け出して一体化する。

来年は、そんな年にしてみたいです。



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最近はラヴェルのピアノ曲がしっくりきて、よく聴いています。


フランス印象派の中でも、ラヴェルの曲は、意識の深みにいざなってくれる感じがします。
絵を描く時は、いつもラヴェルを聞きながら。
微細な情報が具現化していきやすいです。
無意識的領域と意識的領域の、橋渡しをしてくれています。


  愛と感謝をこめて





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by ramram-yoga | 2017-12-23 17:18 | music | Comments(0)
光へ
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光、  光、  光、  光。



昨日から、今まで感じたこともないような、強烈な光を感じるようになりました。
今まで、人や自然などを通して感じられていた光が、何者も介さずに光そのものとして、私の前に顕れています。
眩しくて眩しくて、今まで影になっていた部分も一瞬にして明るく照らし出すような光です。
もう、この強烈に眩しい光を前にして、迷いはありません。
なんとなく感じている、というのではなく、確かにはっきりと感じるのです。


時々電話で話す親しい友人と、昨日電話で話していました。
私が「また、想像もつかなかった展開になってきてる」と話すと、「最近電話で話すたびにそう言ってるよね」と、笑われてしまいました(笑)



光に向かって、まっしぐらに行きたいと思います。
一緒に行きませんか^^
光に満ち溢れる世界へ。




バッハ:カンタータ BWB61 "Amen(アーメン)”
バッハの音楽も、光に溢れています。







今年の7~9月に、どんどん浮かんできたことを言葉にして作った日めくりカレンダー。
この内容は、いわゆる”私”の考えではありません。
感覚的にキャッチしたものを翻訳した、というのが、しっくりくる感覚です。
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当時はただただ、その内容に驚いていました。
ですが、今、このカレンダーの世界観がそのまま私の世界観になっているような気がします。

購入されたい方はご連絡いただけたら、お送りいたします。
1冊1000円、送料は164円(5冊以上は無料)です。


  感謝と愛をこめて







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by ramram-yoga | 2017-11-01 11:30 | music | Comments(0)