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カテゴリ:本( 86 )
オニババ化する女たち
a0118928_10184610.jpg「オニババ化する女たち」
  女性の身体性を取り戻す
    三砂ちづる著
          光文社



女性として生まれてきたことの意味と、日本人女性としての自分について考えさせられた一冊でした。

1970年代に盛んになったリベラル・フェミニズムのおかげもあって、社会においての女性の立場は大分強いものになったと思うのですが、一方で女性の女性としての特性とか機能といったものが軽視されていくような一面もあり、そこを著者が独自のの調査や研究に基づいて指摘しています。

世代をつないで、どうやって気持ちよく生きて、スッと枯れていくか。
どうやって満たされた一生を送るか、ということを考えるとき、やはり、女性はからだに向き合うしかないのだと思います。(本文より)


今どき「女は○○するべきだ」とか「早く結婚して・・・」とか口にしようものなら、セクハラ!とまでも言われかねない世の中で、猛反論されそうな内容もあるのですが、あえて世の中の風潮に真っ向から反対するようなこんな提言は普段なかなか触れることもなく貴重です。

それに、興味深いのは本の前半、日本人女性が伝統的にどのような身体感を培い、受け継いできたのか、この辺りの著者の幅広い調査と考察は、感動ものです。



sachie
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by ramram-yoga | 2011-04-27 10:02 |
分娩台よ、さようなら
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偶然見つけた本なのですが、出産前に出逢えてよかったなと思える本でした。
いえ、願わくば出産前にではなく、妊娠前の女性に読んでもらいたい一冊です。

この本の著者である大野明子さんは、現在はお産の家という自然出産のための診療所を開いている産婦人科医なのですが、もともとは東大理学部卒の地球化学者でした。
そんな著者が、自身の出産の経験を通してお産について深い興味を持ち、そこから勉強をして産婦人科医になったのです。

この本には、現在の産婦人科でとり行われている一般的な分娩がどのようなものであるかから始まり、流産や早産、妊娠中毒症や骨盤位(逆子)についてなど、妊婦なら知っておきたい情報も分かりやすく書かれています。
それに加えて、自然分娩とは何か、会陰切開の必要性、陣痛促進剤の使用についてなど、とても詳しく説明されています。
この一冊を読むと、妊娠・出産についての大体の概要がつかめるとともに、では自分はどんなお産がしたいのか、少し具体的に描くことができると思います。

逆に言えば、現在は妊娠・出産に関して情報があふれるくらい氾濫しているにもかかわらず、私達妊婦が本当に知っておきたい情報があまりにも少なく、意図的に隠されているのでは?と思わず思ってしまうほどです。
つい最近まではほとんど自宅で行われていたお産が、医療の名の下に行われる「管理された分娩」になり、それが当たり前となってしまったからなのだと思います。

でも、そのような産科医療の体制にならざるを得なかったのは、決して医療者側の責任だけとは言えない現状も分かってきました。
やはり、産婦が安全を求める分、医療者側はお産をマニュアル化し、より管理するものとしていかなければならないからです。
産婦が医療介入をしない自然なお産を望むなら、それだけ本人が主体的にお産にかかわり、責任をもつことが必要になってきます。
本来、出産というのはそれだけいのちと直結した、生きものとしての体験なんだなぁと、本を読んでいて改めて思いました。

私は、だから「会陰切開がダメ」とか「自然分娩がマル」とか、頭から決め付けるのではないと思います。
「よかった」「悪かった」というのはあくまで出産した本人が決めることであって、どのような経験をするかは産婦さん次第でもあると思います。
でも、納得するお産をするには事前にそれなりの知識を持っておくことが大切だと思うし、その知識を得るためにとてもいい一冊なのではないかと思います。



sachie
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by ramram-yoga | 2011-04-06 23:05 |
情緒と日本人
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ある読書家の人に、おすすめの本を尋ねたら、教えてくれたのがこの本。

この本の著者である岡潔という人はエッセイストである前にとてもすぐれた数学者で、多変数複素関数論という数学の大難問を20年以上かけて解決した人でもあるそうです。
本人曰く、数学というのは人格と深い関係があって、人格的に未熟な人は数学は本当の意味で突き詰めていけない、そうなのです。
そのくらい数学は、究極的には哲学的というか、本人の言葉を借りれば「情緒」という感性がとても大切なのだそうです。


本の内容は、短いエッセイの集まりで、結構すぐに読めます。
ちょっと今まで知らなかったような独特な感性でいろいろなことが描写されていたり、時々はっとするような綺麗な日本語が出てきて思わず引き込まれてしまいました。

中には、この文章を理解するにはまだわたしは不足だなぁと思うような部分も。
でもそんなことも含めてとても魅力的な一冊でした。


何節か、印象に残った文章を・・・。



中学一年生のとき、試験の前夜おそくまで植物の勉強をやり、翌日起きたところ、気持ちがさえないでぼんやりとしていた。
ところが、寄宿舎の前の花壇が手入れされてきれいになり、土が黒々としてそこに草花がのぞいているのが目に入ると、妙に気持ちが休まった。
日ざしを浴びた土の色には妙に心をひかれてあとに印象が残るようである。

・・・

心の悦びには、だいたい二種類あります。
一つは生命の充実感がもたらすもの、もう一つは発見の鋭い悦びです。
この発見の鋭い悦びは、まるでなにか砂糖分が体内に長く残っているといった感じの悦びなのです。

・・・

数学の目標は真の中における調和であり、芸術の目標は美の中における調和である。
どちらも調和という形で認められるという点で共通しており、そこに働いているのが情緒であるということも同じである。
だから両者はふつう考えられている以上によく似ている。




それにしても、やっぱり読書をよくする人を見ていると、読書はその人を知的にしてくれるんだなぁと思う今日このごろです。



sachie
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by ramram-yoga | 2011-01-27 17:29 |
素読のすすめ
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久しぶりの更新です。
先日、同じく妊娠中のヨーガセラピスト仲間と話していたのですが、お腹に赤ちゃんが宿ってから不思議と、あまりあれこれと考えることが無くなってしまいました。

とても平和で穏やかな時間が流れています。
以前マタニティヨーガ協会の代表である森田俊一先生が、「妊婦さんの時間はゆったりと流れている」と仰っていましたが、その意味がよく分かりました。
そこにいるだで、なんともいえない赤ちゃんとの一体感を感じられる幸せは、今しか感じることのできない感覚だと思うので、大切にしたいと思います。

そのかわり、以前は「こうなりたい!」「あれしたい!」という野心的な感情が結構あったのですが、最近はそういうこともなく、よく言えば穏やかで女性的、悪く言えば(?)向上心がないような感じです。

向上心が無いのとだらけてしまうのは、同じでは無いのかもしれませんが、先日久しぶりに読書をして、最近あまり脳に刺激を与えていなかったんだなぁと思いました。

とても綺麗な日本語で書かれた文章を読んで、脳細胞が反応し始めたというか、活性化していくのがはっきり感じ取れたのでびっくりしました。
その本のことは、また次の記事でご紹介します。

やっぱり、いい言葉に触れたり、綺麗な言葉を話す人の話を聞いたりすると、頭がクリアになっていくんですね。

・・・ということで、先日知人が沢山貸してくれた本を、読んでいます。

なんでも、いい文章を素読(声に出して読むこと)すると、また黙読とは全く違った脳の活性化が起こるそうです。

早速、宮沢賢治の言葉を声に出して読んでいるところです。
とても気持ちのいいひと時です。



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by ramram-yoga | 2011-01-25 09:52 |
断捨離のすすめ
「断捨離のすすめ」
a0118928_2251388.jpg最近、私の生活に大革命を起こしてくれた本です。
断捨離(だんしゃり)とは、もともと「断捨離行法」といって、心の執着を手放す行法哲学なのだそうですが、最近それを日常生活の中で使えるの整理術のメソッドとして提唱した人(日本人)がいるのです。
近頃はテレビでも取り上げられ話題になっている断捨離ですが、私も本を買って読んでみました。

********

断捨離が面白いのは、それがただの整理術ではないところにあります。
普段自分がモノに対してどう向き合っているのかを考え、突き詰めては自分と向き合うことになっていきます。

もうひとつ興味深いのは、自分にとって必要なものかそうでないかを見分ける方法として、「時間軸」を手がかりにするところです。
「いつか」「そのうち」使うかもしれないものではなくて、現在自分がそれを使うのかどうかを、モノを取捨選択する基準にします。
そのような視点で押入れやタンスにしまわれているものを見てみると、「いつか」「そのうち」使おうと思うものがどれだけ多いかに驚いた以上に、自分が普段家にあるモノの中の本当に限定されたものしか使っていなかったことに気づき本当にびっくりしてしまいました。
もしかして私は、自分が思っていたより、ずっとシンプルに生きていけるのかも?

a0118928_22504835.jpgまた、どんなものを多く溜め込んでいるかで、自分のコンプレックスが分かったりするというのも面白いです。
私の場合は音楽CDと書籍がすごく多いのですが、特に本棚に入りきらないほどの本は、知識に対する欲というか、ひっくり返してみればコンプレックスでもあるのかなぁと思ってみたりもしました。
でも、よくよく見てみると学会誌や専門書などはもう古くなっているものも多く、ただ単に本をたくさん持っていることで安心しようとしていたような気もして、この際ばっさりと処分することにしました。
まだ読めそうな本は、こちらに寄付。

そんなこんなで、部屋の中がどんどんすっきりしていくと同時に、心の中も雲が晴れて青空が広がっていくような気がしている今日このごろです。

ちなみに、同じくこの本を読んだ夫曰く「当たり前のことしか書いてない」。
整理整頓が上手な人って、日ごろから断捨離ができているらしい。
部屋が散らかるのはほとんどいつも私のせいなので、来年から改めます…。


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by ramram-yoga | 2010-12-21 00:03 |
サウンド・エデュケーション
前回の記事に引き続きます。
今回は、とっておきの「音への意識化」のための参考書をご紹介いたします。

R・マリー・シェーファー著
「サウンド・エデュケーション」
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著者のマリー・シェーファーは、この本のことを「耳掃除の課題集」と呼んでいますが、その通り音を意識化するための100の課題が提示されています。
この課題集、ミソはとっても楽しく課題をこなしていけるところにあります。

まず初めに、次のような課題から始まります。

「聞こえた音をすべて紙に書き出してみなさい」

他にも・・・

「賑やかな街に立ち、一種類の音だけに注意してみよう」
「いろいろな店に入ってみて、店内が一番静かな店を探してみよう。それはどんな種類の店だろう?」
「あなたの人生で経験した最も心に残る音は何だろう?」


楽しみながら音を新たな視点から発見できるって、いいですよね。

私も学生時代、音楽の教育実習や音楽療法の実習で、学生や子供達と一緒にこんな音遊びを沢山しましたが、みんなとっても集中して、目をキラキラさせてやってくれていました。

ヨーガでも、制感(プラティヤハーラ)という感覚の制御をする修行法の中に、このような音に集中する瞑想法があります。
それと、「サウンド・エデュケーション」は、とっても似ていると思います。


きっと、今まで聞こえなかった音が聞こえてきて、新しいサウンドスケープ(音風景)が目前に広がるはずです。



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by ramram-yoga | 2010-10-20 00:00 |
月刊雑誌 致知
a0118928_2253889.jpg今月も、来た来た。
月刊雑誌「致知」の11月号が、家に届きました。

毎月心待ちにしている、この雑誌。
心のエネルギーを充電してくれます。

いつの時代でも、
人生にも仕事にも真剣に取り組んでる人がいる。
そういう人たちの心の糧となる雑誌をつくろう。


このような理念で、致知は作られています。

1,000円では安すぎるんじゃないかと思うほど、質の高い雑誌です。

インタビューや対談に登場するのは、各界の第一線で活躍する著名人の方々。
その方々の過去の苦労や未来への希望、そして胸に抱いている想いを垣間見させてもらえます。


私達の先を走る日本の先輩方は、こんなにも素晴らしい人たちかと思うと、勇気と希望をもらえると同時に、日本人に生まれたことを誇りに思います。


中でも一番好きで、真っ先に読むのが、文学博士鈴木秀子さんの「人生を照らす言葉」。
彼女はクリスチャンなのですが、読むといつも感動して泣いてしまいます。
致知はいつも、仕事に向かう電車の中で読むのですが、今日も電車の中で泣いてしまいました(汗)。


月間「致知」、お勧めです。
毎日届く、メールマガジンも、お勧めですよ。



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by ramram-yoga | 2010-10-06 22:53 |
内観への招待
今日は、ヨーガレッスンの瞑想の時間に、自分の体に対する内観をしました。

普段何不自由なく動いてくれる体を当たり前と思いがちですが、改めて体に「してもらっていること」「負担をかけていること」について調べ、最後に自分の体に「ありがとう」と感謝といたわりの言葉を心の中で言って終わりました。

ある摂食障害の女性は、自分の体に対する内観で、このようなことを思われたのだそうです。

・・・過食しては吐くということを毎日繰り返していました。体をいじめ続けていたのに、それでも体はちゃんと機能してくれていて、生きていることができました。今思うと本当に申し訳ないことをしました (木村秀子著「伯耆の国から」より)

この女性のように、私も日々自分の体に無理をさせてしまっていることに反省したと同時に、それでも健気に働いてくれている体に対して改めて感謝しました。


先日、奈良で内観セミナーを受け、また10月にはふうや内観研修所にてヨーガ療法WSをさせていただくことにもなり、最近もう一度“内観”というものを自分の中で反芻しています。

また、先日ある方からヨーガと内観の違いについて尋ねられてペラペラと説明した後、果たして自分はどのくらいヨーガと内観それぞれについて理解できているのだろう?実はそんなに理解できてなかったりして、とも思いました。


内観とは字に書いてあるがごとく「内を観る」ということでありまして、それは「己を知る」近道なのであります。


a0118928_2273974.jpg現在の内観療法のスタイルを確立された故・吉本伊信先生のご著書「内観への招待」は、上記の文章から始まります。

先日大和内観研修所にお邪魔したときに購入した本ですが、内観についてとても分かりやすくかかれている本だと思います。
吉本先生自身の内観面接者になるまでの並大抵ならぬ苦悩と情熱、そして純粋で真摯な姿勢は、私が食の師と密かに仰いでいる甲田光雄先生と重なるものを感じさせられました。


最後に、「何のために内観をするのか」について書かれた文をご紹介して終わります。

われわれは、この世に教育を受けに生まれてきたのです。
その教育というのは何かといいますと、どんな逆境にさいなまれようとも、また他人の目には「あの人はかわいそうやなぁ」と映ろうとも、どんな地位、境遇、立場、状況にあろうとも、

「ありがたいなあ、わしみたいな悪い奴が今日も元気で達者に、こうして暮らさせてもろうて、幸せやな。
 どこ痛い、どこ痒いっちゅうことあらへん。
 本当に幸せやなぁ。」

と、感謝報恩の気持ちで暮らせる、そういう心のすみかに大転換すること、これがこの世に生まれた目的であり、そのために教育を受けるのであります。(本文より)




a0118928_2283837.jpg右の写真は、吉本先生が建てられた大和内観研修所です。

とても立派で、数十名の方が一度に内観できるのだとか。

中の雰囲気も厳かで、いい内観ができそうです。


sachie
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by ramram-yoga | 2010-09-17 21:20 |
わが聖地放浪 カイラスに死なず
a0118928_625218.jpgずっとずっと、心待ちにしていたチベット聖地巡礼への出発まで、あと1ヶ月余りとなりました。

「わが聖地放浪 カイラスに死なず」
            色川 大吉 著


チベットの数ある聖地の中でも特に、仏教徒、ヒンドゥー教徒、ボン教徒、ジャイナ教徒の最高の聖地として知られるカイラス山。
巡拝を前に、ヨーガの先輩が読むよう薦めてくださった本です。

カイラス山を巡拝しようとすると、どのルートも標高5000mを超える峠がある過酷な場所。
しかし人間の世界を離れ死神の領域へと近づくほどに、その目に映る光景は叫びたくなるほど美しい・・・と。


― この峻険(しゅんけん)をひたすら越えてくる過程で人間は浄化される。
  カイラスこそ世界の辺境を訪ね歩くことの好きな放浪者の最後の目標の一つであろう。
  そこには人間の生と死を考えるのに最もふさわしい場所がある。
  引導を渡してくれる僧も僧院も、遺体をきれいにしてくれる鳥葬場もそろっている。
  そして何よりもそこには魂が半ば“彼岸”に行ってしまったような、
  この世とあの世を往ったりきたりしている人びと、
  霊的な雰囲気を持つ巡礼者たちが集っている。     (本文より)



この本は著書の色川さんご自身が65歳で念願のカイラス山巡拝を果たした旅行記であり、巡拝中に生死の間をさまよう中で死について生について問う手記でもあります。
ご自身は神や他界の実在は信じていなくとも、巡礼者の純粋な信仰心、こちらには見えないが彼らの目に確かに映っている神、そのような宗教的な事柄にどうしようもなく惹かれていく著者の気持ちを綴られた部分が、またとても興味深く深い感動を覚えます。

言葉での描写がなんてきれいなんだろうと著者の経歴を見ると、文学部のご出身でした。
文章そのものを楽しめる本でもあります。


川口慧海「チベット旅行記」とあわせて読みたい、チベット関連書籍シリーズです。



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by ramram-yoga | 2010-04-09 07:08 |
ラージャ・ヨーガ 本能的性質の克服
a0118928_225877.jpg日本ヨーガニケタン主催のYIC(ヨーガインストラクター養成講座)のテキストにもなっている本。
『ヴィヴェーカナンダ・シリーズ(←私が勝手に命名)』第Ⅰ弾。
(第4弾まであります)

ラージャ・ヨーガの“ラージゃ”とは「王様」という意味で、その名のとおりさまざまなヨーガの要素が統合された修行体系、ということです。

また、よくヨーガで持ち出されるたとえがあります。

湖の底に、光る宝石がある。
しかし、水面がさざ波で覆われていたら、また水がにごっていたら、水底の宝石の輝きは見ることができない。
この宝石に例えられているのは、私たちの本質である。
そしてさざ波や水のにごりは、私たちの心の状態である。
水面に宝石本来の持つ輝きが現れ出るように、波立ったりにごったりしている心を、静かに、澄み渡った状態にするのが、ヨーガである・・・。


ラージャ・ヨーガの根本経典である「ヨーガ・スートラ」の書き出しには、次のような言葉があります。

ヨーガとは、心素(心)の働きを止滅することである。 

つまり、絶えず活動している心の働きが静まったとき、その背後にある本質が輝きだす、というのです。
そして、心について探求し、心の働きの制御法を確立している修行体系が、ラージャ・ヨーガということです。

この本の著者であるスワミ・ヴィヴェーカナンダ大師は1893年、シカゴで開催された世界宗教者会議でヨーガの智慧であるヴェーダンタを説いたのだそうです。
それをきっかけにヨーガは世界的に認知されるようになり、まさにスワミ・ヴィヴェーカナンダは世界に最初にヨーガを知らしめたその人でした。

この本では、ラージャ・ヨーガのとっている立場について、またラージャ・ヨーガの概要、そして根本経典であるヨーガ・スートラの簡単な解説が書かれています。
少し難しいのでなかなか全部理解できないでいるのですが、文中でのスワミの語りかけは、心の奥まで浸透して後々まで残るような、不思議な力がある気がします。

とても洞察が深く読むたびに発見があり、また言葉の表現が素晴らしくって、何度も読み返すヨーガ・シリーズの1冊です。


a0118928_2293412.jpg著者のスワミ・ヴィヴェーカナンダ。
この写真に引き寄せられるようにしてこの方の本を読み始めたのが、私がヨーガを学び始めるきっかけになりました。



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by ramram-yoga | 2009-12-14 21:21 |