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カテゴリ:drawing( 13 )
満を持して
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先日、あるお方のからだに触れていると、こちらが突き返されそうなほどのエネルギーを感じました。
初めてお会いしてから数年間、ただただ無色透明の深い静寂が広がっていたその方の内側が急に一転して、豊かで明るい色彩を放ちながら躍動しているように感じられました。

まさに、満を持して訪れた変化です。
「満を持する」、「時が満ちる」という言葉があるように、本当に物事にはそれぞれに”時(とき)”というものがあると感じています。
それより早くも遅くもなく、まさに”そのとき”なのですよね。

あ、つながったのだ、と思いました。
その人において個人として現象している”私”と、その私をいつも観ている側のもう一人の自分が。
根源的・普遍的な根源的いのちが、人間存在としてその姿をあらわそうとするとき、その存在においていのちがより十全にあらわれるほど、現象としてのその人はよりエネルギッシュに、色彩も個性的な豊かさを放つようになると感じます。

真ん中の白いのは、スシュムナ―管。
尾骶骨から頭頂まで貫かれる、プラーナ(気)の通り道です。
ホースの中を勢いよく水が流れているようです。

物質世界(現象界)は気の状態(潜象界)との間に時差があるので、今回感じたこの状態は、これからこの方が自己を十全に発揮しながら生きていくようになることを、少し前もって垣間見させてもらったものなのだと思います。
さて、これからどうなっていかれるのでしょうか^^



愛と感謝をこめて




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by ramram-yoga | 2018-08-08 21:38 | drawing | Comments(0)
丹田の力

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8月になりましたね。
最近感じている感覚を、書き留めておきます。

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自分の立ち位置が決まると、肚(はら)が決まる。
肚は「決める」のではなく、自分が自分の人生を主体的に生きて行こうと決断をした時に、満を持して「決まる」。
肚が決まると、ポン!と、存在する世界が変化する。
それまでとは、自分への圧力のかかり方が違ってくる。
つまり、人からの注目度合い、期待のかけられ方、そして責任の重さがそれまでより増える。

肚が決まっていないと気弱になり、受け身になる。
すると、外界からの注目や期待はプレッシャーとなり、それによって潰されてしまう。

逆に、圧力に圧倒されないだけの、肚の決まり方ができていると、その圧力を逆に利用して、大きな力を発揮することができる。
圧力を観察していると、それらは丹田にかかってきているのがわかる。
というより、丹田ができている(肚が決まっている)と、圧力を丹田に集約させることができる。
丹田に圧がかかるこの感覚が、とても気持ちいい。

人が何かを成し遂げていく時、大きなものを創造していく時には、肚から力が出てくる。


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時々、爆発しているように見える人がいますが、その人もやはり肚が決まっています。
トップにある絵は、6月に参加した「宗教と科学の対話研究会」で講師にいらっしゃった、科学者の川田薫先生。
90歳代で小柄な方ですが、ものすごい存在感で、この方もやはり爆発しているようにみえました。
しかも放射する光が黄金色に輝いていて、人間界にもこんなお方がいるのだなぁと、驚きました。

川田先生は、自分がピュアになることで、すべての存在物との対話が可能になるとおっしゃっていました。
まさに、私の目指さんとしていることです。

ただ今、ピュアになるために、試行錯誤中です。
そのためには、瞑想中に生じる深い意識状態を、瞑想中だけでなく日常生活においても維持できるようになることが必要なのではないかと思っています。
ずっと、瞑想中のような意識でいる、ということです。
また、その実験経過についても、書いてみたいと思います^^


愛と感謝をこめて



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by ramram-yoga | 2018-08-02 22:20 | drawing | Comments(0)
意識とは何か
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意識とはなにか。
元々、他と区別されるような個としての意識というものがある訳でないような気がしています。
上の絵のように、連続性の中で濃淡のようなものが出現し、ある程度密集して濃度の高まった部分が、まるで個の意思を持ったかのように自律的に方向性を持ち出す。
そんな感覚を持っています。

そんな風に感じるようになったのは、最近のある経験からです。
ある晩、なぜか寝付けず、しばらく手をつけていなかった論文のことが気になって仕方ありません。
布団から起きだし、久しぶりにその論文をひっぱりだすと、その論文自体が何か意思を持っているように感じられました。
しばらくその意思に意識を向けていると、その論文が論文化する方向性を持っていることを感じました。
そして、そこに、論文化されることで自己を発揮し、役立つという目的も感じられました。
この体験には、少し驚きました。

これまで、人間以外の動植物や物に意思や方向性のようなものがあることは感じていましたが、論文という、元々は実体のないものにまで方向性が生じうることを感じたのが初めてだったのです。
方向性や意思というのは、言い換えるとヨーガや東洋医学で言うところの”気(プラーナ)”と同じもののように思います。
この論文は大学院で修士論文に関係していたのですが、意思のようなものが生じたのは、人間という意識生命体がなんども同じところ(修士論文)に意識を向けたことで生じてきたのではないかと考えています。
つまり、人間がある一定の事柄に繰り返し繰り返し意識を集中することで、そこに密集して濃度が濃くなって意識体が出現し、それ自体が方向性を持ち出した。

そんな風に感じられてから、論文は論文としてすでに具現化という方向性を持っているので、その流れを手助けしてあげればいいのだと考えるようになりました。
私が一人でがんばって論文を書く、という感覚が減り、論文の方向性を読み取りながら共同作業をしているという感覚です。
その他のいろいろな事柄との付き合いも、いっぺんに変わりました。


外に敵はいなかったし、私を苦しめるものもなかった。
そして、私は独りではなかった。
最初からずっと。


それが今の実感です。


愛と感謝をこめて







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by ramram-yoga | 2018-07-14 01:09 | drawing | Comments(0)
久しぶりのお絵かき
久しぶりに絵を描きました。
どちらも女性です。

ある方がお話をされているときの様子。
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爆発的に燃えている炎のように、すごいエネルギーです。
みずみずしく躍動感があり、放射力と同時に求心力もある。
まぁこんなすごい人がいるものだなぁと、驚きました。

そして、色っぽい。
色っぽさというのは必ずしも性的興奮を掻き立てるものではなく、個人において生命力が表れるほど出てくるものなのだと感じています。
私にとって魅力的な人とは色っぽい人でもあります。
どこかしっとりとしたうるおいを感じさせ、そのしっとりさとは、他の生命をひきつける吸引力でもある。


*****

こちらの女性は、かれこれ2年ほどお付き合いのある患者さんです。
先日部屋に入った瞬間、醸し出すものが変化していました。
お話を聴いてみると、ある大きな決心をしたようです。
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まばゆく、清浄で、それでいてどっしりとした落ち着きと強さを持ち合わせている。
彼女はこれから、彼女にしかない唯一無二の花を咲かせていくのでしょう。


それにしてもなんと美しい。



愛と感謝をこめて


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by ramram-yoga | 2018-05-15 23:39 | drawing | Comments(0)
パステルアート
今日は、素敵な友人がやっている、JR桂川駅近くのファーバル薬局に併設されている”ファーバルカフェ”へ。
パステルアートを教えていただきました。
先生の作品を何点か見させていただきましたが、私が感じている感覚ととても近く、初対面にもかかわらずご縁を感じたのでした。

今日は、ある方のことを描きたい!と決めてきていて、無心に描くこと1時間あまり。
こんな仕上がりになりました。
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私の中で浮かんでいる映像の半分も、表現できませんでした。
これは、またの機会にリベンジですね^^




こちらは、先日自宅で描いた、別のお方。
求心力・放射力ともにエネルギッシュ、そして、非常に颯爽としてさわやかです。
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こちらは、あるイベントの様子。
実はこのイベントには、先日の台風で参加できなかったのですが、離れていても感じるものがあり、それを表現してみました。
主催者の方にこの絵を送ると、「まさにこの通りでした!」と、喜んでくださいました。
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こちらは、今日のファーバルカフェでいただいたランチ「梅ちゃんごはん」。
やさしさのある、おいしいひと時でした。

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愛と感謝をこめて



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by ramram-yoga | 2017-11-14 20:54 | drawing | Comments(0)
精妙な光
絵にしてしまうにはあまりに粗雑でもったいない、精妙で美しい光。
敢えて絵に描いてみる。


こちらは、呼応する2人のブラフマランドラ(頭蓋内部)の光。
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瞑想時の集中状態。
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幾重にも重なって広がりを持つ人間関係。
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大体、最小単位は2人ペアのようです。
夫婦とか、仕事のパートナー等、持ちつ持たれつ、お互いがお互いを必要とする関係にある2人。
その2人は、S極とN極のように、お互いに引きあいます。
引きあって関係しはじめると、2極性がそこに生まれます。
例えば陰と陽、静と動、吸収と発散、表と裏、といったように、お互いの間に両極が出来上がっていきます。

例えば、2人のうちの1人が太陽だとすると、もう一人は月となって太陽に相対します。
太陽は発散、放射、活動的、外交的、昇華、直線的。
月は吸収、引性、静的、内向的、排出、円環的。
そんな特徴があるように感じます。
女性同士のペアもありますし、男性同士のペアもあります。
もちろん、異性同士のペアも。

自分は、ある特定の人を思い浮かべ、その人と相対したとき、陽なのか陰なのか、もしくは太陽なのか月なのか、そんなことを意識すると、相手との付き合いがやりやすくなるかもしれません。
あの人に対しては自分はおしゃべり、でも別の人のまえではだんまり黙りこくってしまう、というように、人によって自分のあり様が変わってしまうのも、とても自然なことなのだと思います。
なぜならきっと、人間のあり様というのは、いつも誰かに対する”間”の部分にこそ、決定付けられるのですから。
こうしてみると、人間というのは一人では存在できないことが、分かります。


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真理を悟るということは、分かるとか、知ることではないのですよね、きっと。
分かるとか知るという行為にはまだ、自分と真理との間に距離があります。
そうではなく、対象が無くなってしまった状態のことを言うのではないでしょうか。
自分が真理そのものになること。
自分が真理を体現しながら生きること^^






10月から始まる新しいクラスの案内は、こちらです。






愛をこめて






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by ramram-yoga | 2017-09-15 03:41 | drawing | Comments(0)
曼荼羅
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曼荼羅は、人間が精妙な光を表象に落とし込む過程で、粗雑化したものなのではないかな?

というのが、最近の実感です。

粗雑化というには、あまりに美しく精巧なのですけれど^^


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10月に新たにOPENするヨーガクラスのご案内はこちらです↓
少しずつ、お問合せ&お申込みをいただいています^^


愛をこめて






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by ramram-yoga | 2017-09-09 06:36 | drawing | Comments(0)
放射する光
わが道をぐんぐん突き進むような推進力の強い人や、周囲の注目を浴び人が集まってくる人というのは、外側に向かって放射するような光を放っているように感じられます。
以下、そんな方々のイメージ図。


前も記事に載せたこのお方。
放射する力が強い人は、同時に吸引力も持ち合わせています。
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白い閃光を放つ人。
まばゆい光でその時いた広い部屋全体が真っ白になり、その人の姿も見えなくなってしまったように感じられました。

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こちらは、ある医療従事者の方。
強くはないのですが、一隅を照らすような、なんとも温かみのある光を感じました。
”愛”という言葉がぴったりでした。

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こちらは、ヨーガ療法士の先輩。
とても純粋で、何年も誠実な修行をしている方です。
ある時、その方が人前で話をしている姿を眺めていたのですが、胸のあたりから眩い光が噴き出し、あたり一面がキラキラと明るくなっていくように感じました。
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ヨーガを長年やっている人には、美しい光を発しているように感じられる人がたくさんいます。
私自身も、そんなヨーガの先輩方に憧れて、ヨーガに没頭していきました。

清らかな人の光は、それを見る人の心をも照らし出す。
純粋な人の心に触れると、それだけでこちらも浄化されるようです。






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by ramram-yoga | 2017-07-13 00:06 | drawing | Comments(0)
もうひとつの顔
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ある方の、幼い子どものような姿。
この人の中の、もう一面の顔ですね。
純真で、無垢。
影響を受けやすく、外側からの承認無しでは不安で仕方ない様子も伝わってきました。

一方で、何か言いたげ。
そう、この子はこの子なりにちゃんと感じていることがあり、「こうしたい」「ああしたい」といったはっきりした意見も持っています。
きっと、子どもの頃からずっと、はっきりとあったのです。

その、もうひとつの自分の顔に気づき、その声を聞いてあげられるかどうか。
それがひとつのポイントになりそうです。


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人には、普段全面に出ている表面的な私とは別に、もうひとつの顔があるように感じます。
まるで人格が分裂しているのかと思うかもしれませんが、そうではなくて、人間の意識とは一面的ではなく、重層的であることによるのだと思います。

ストレス性疾患にかかっている人、生きづらさを感じている人は、そのもうひとつの顔の存在を忘れてしまっているか、その顔と表面的な私との調和がうまくいっていないのではないかと感じることが多いです。
周囲の目に映る自分のことにばかり意識がいって、実際にどう感じ、何を思っているのかに、自分自身でほとんど気が付いていません。

そうすると、それに代わって身体が症状やしんどさという形をとって表現してくれます。
症状とは、もうひとつの顔からの無言のメッセージなのだと思います。

症状や生きづらさを今感じているなら、もっと自分と調和して幸せになるために変化しようとしている兆しなのだと捉えてみてはどうでしょうか。
そのような理由から、時々、症状をもっていらっしゃった方に、「おめでとうございます」と言いたくなることがあります。








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by ramram-yoga | 2017-07-11 04:57 | drawing | Comments(0)
いろいろなからだ
引き続き、色々な人を見て感じていることを、絵に描いています。

話をしていると言葉ではとても不安そうだったり、大丈夫かな?とこちらが心配してしまうような人でも、からだの方をみると、「大丈夫っ!!」っていう言葉が飛び込んできたり、じわじわと安定感・安心感のようなものが伝わってくる人がいます。
そういう人のことは、ある程度安心して見守ることができます。

その反対の人もいます。
会話していても一見笑顔だったり、穏やかだったりする人の中に、とても痛々しいからだの人がいます。
まるで、少しでも触れると痛くて飛び上がってしまいそうなくらい、ヒリヒリとした生々しい傷口を、皮膚一枚の下に潜ませている。
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青い四角形の、小窓のようなものが、ありました。
このお方の外界とのつながり、もしくは突破口を示唆しているように、感じました。


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いろいろとミスをしてしまうとおっしゃっていたまた別のお方。
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頭の中で、灰色をしたマナス(意思・意識の流れ)が、混乱して錯綜しています。
よく見ると、アナハタ・チャクラ(胸)の方ではもっと混乱していました。
そして、胸のあたりで、とても悲しそうな顔をしているその方が見えるのです。
自分に自信が持てない、OKを出すことができない。
人間関係や仕事上のタスクについての混乱の元凶は、そこにあったようです。



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こちらは、最初何を観ているのか全く分かりませんでした。

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ただ、眺めていると、このような印象がどんどん強まっていくのです。
女の方なのですが、男性的な勇ましさを感じました。
だんだんと、これは人生で何かをやり遂げようとする、強靭な意志の表れのように感じられてきました。

後でご本人に確認してみると、大きく頷きながら「そうです」と即答されました。
ただ、しんどくなっていたのは、そこに義務感が加わっていたからのようです。
ずっとずっと、義務感に支配されてきたのだそうです。
それでは、なぜそんなに義務感を感じたのか?
そう問うと、過去にあった喪失体験のお話をされました。


みんな、いろいろな人生を、いろいろな”からだ”と共に、生きています。




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by ramram-yoga | 2017-07-08 17:21 | drawing | Comments(0)