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カテゴリ:出産・子育て( 34 )
どうであれ
前回の投稿から2週間以上も空いてしまいました。

結局息子は、あれから1週間学校を休み、翌週から通い始めました。

毎朝「今日は行けるかな?」と、様子を見ていますが、やっぱりだめ。
それを繰り返しながら、本当にいろんなことを考えました。



このまま学校に行かなくなったら?
この子の勉強は?
この子の将来は?
社会とのつながりは?
私の仕事復帰は?


そして毎回、最終的にたどりつく結論がありました。
それは、どうなったとしても、それを引き受けていくということ。
そして、どんな状況であれ、いつでも自分の心の状態は自分で選択できるのだということ。
日々を楽しむことができるということ。


歓迎しない出来事に遭遇したときに
「あぁこれはいつも自分の覚悟が問われているんだぁ」
と感じました。

それと同時に、人のあたたかさ、仲間の大切さを有難く思いました。

学校を休んだ時、担任の先生が夕方訪問してくれました。
先生は息子の顔を見るなり玄関にしゃがみこんで、息子と目線をしっかり合わせ、手を握って
どんなことがあっても息子のことが大好きだと言ってくれました。
先生が帰った後、息子は文字通り水を得た魚のように、からだ中に元気をみなぎらせて、家の中を飛んだり跳ねたりしていました。


1週間ぶりに課外授業に一緒に顔を出すと、クラスメイトと先生が息子の名前を叫びながら走り寄ってきてくれました。
それを見て、照れくさそうに、でも嬉しそうに、その輪の中に入っていった息子。
次の日から、学校に行くことができるようになりました。


登校渋りはまだ続いていて
今は車で送り迎えしています。
私も今はしっかりそんな息子に対応しようと思っています。


もう大分お兄ちゃんになったといっても、まだ小学2年生。
まだまだこれからたくさんたくさん手をかけられるのだと思うと、それが有難くも感じます。


************


下の子は3か月になりました。

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元気いっぱい。



お兄ちゃんが学校に行けるようになったら、今度は下の子が日中寝なくなってしまいまして・・・
YouTube配信「こころのレッスン」の更新は少し遠のきそうです。

リクエストあれば、おっしゃってくださいね^^



愛と感謝をこめて

by ramram-yoga | 2019-09-24 16:17 | 出産・子育て
生後2か月
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「生まれました」の記事からずいぶんあいてしまいました。

生後2か月が経ちました。
赤ちゃんはとても元気で毎日ぐんぐん大きくなっています。


出産してからというもの外の世界に働きかけることにほとんど興味が無くなってしまい、ひたすら赤ちゃんと関わる日々でした。


この育児に没入していく感覚。

精神分析家であるウィニコットが、産後数週間の母親のこの様子を


”原初の母性的没頭”
primary maternal preoccupation


という言葉で表しています。




原初の母性的没頭は、新生児が生まれる前から出生後の数週間にわたり続き、このとき母親は乳児に心をとらわれた状態になり、引きこもりと思えるほど外界に注意を払わなくなる。



普段なら異常ともいえる母親のこの心理状態ですが、それだけ生まれたての赤ちゃんは自分だけに注意を向けお世話をする存在が必要だということですね。


なるほどね~。
と身を持って体験しています。



といいながら。


8月初旬には公認心理士試験があったり、仕上げなければならない論文があったりとなかなか頭を使った2か月間でもありましたが・・・。
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なかなかハードな試験であった💦


やっと今日ひとくぎりがつきました^^かなりマイペースになると思いますが少しずつ発信も再開したいと思います。



愛と感謝をこめて


HPはこちら
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by ramram-yoga | 2019-08-22 10:34 | 出産・子育て
2人目の出産を控えて
昨年の10月中旬に妊娠が分かってから、8か月。
6月17日が出産予定日なのでもういつ生まれてきてもおかしくありません。


・・・にもかかわらず今日まで仕事を入れていた私(笑)

6月以降の仕事は「もし生まれたらすみません!」と了解をいただいて引き受けていましたが、いざ予定を入れると仕事が全部終えてから出産したいという思いが強くなっていきました。

そしてついに予定日4日前の今日の午後の仕事が産前最後のお勤めになります。
陣痛は今のところまだないので大丈夫と思います。

お腹の赤ちゃんは察してくれているのかまだ生まれてくるのを待ってくれているようです。



そして・・・・7月のスケジュールは真っ白!

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こんなことも人生でなかなかないよなぁと見る度に新鮮です。


********


仕事の引継ぎや産後の家庭内のことなど、産前に終わらせておきたいことをひとつひとつ終結させていくたびに、なぜか自分の肉体としての生を終える時のことを連想していました。


死に向かうということは、個の肉体を持って行為することに関してある日を境に永遠に続く空白のスケジュールが待っているということでもある。

それを目前にした時に、こんな風に自分の意思でひとつひとつのことを終結させていけたらいいな、と。


実際に産前の区切りをつけていく作業の中で、ずっと捨てられなかったものをふと思い立って捨てることができたり今まで行き届かなかったところの整理整頓ができたりもしました。


断捨離や整理整頓は自分では意図していなかったのですが、こんな風に普段当たり前のようにしている事を一旦手放そうとした時、今の自分にとって何が必要で何がそうでないのか、そういうことも整理できたように思います。


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先週息子が撮影してくれました。



そして出産を目前に控えて今回の妊娠生活の感想を一言でいうとすれば・・・「悔い無し!」です^^


そりゃ〜「もうちょっとこうすればよかった」と思うことは多々ありましたが(特に予定を詰め込みすぎたこと)、とにかくその時その時でやりたいことをやりたいようにやらせてもらいました。


そしてわたしはとにかく仕事が好きなんだということが改めて分かりました。
思う存分仕事をさせてもらい思い残すことなく産休に入れます。

といっても・・・月曜日に心理の師匠から、産前最後の指導を受けた時、産休の間に新たなネタを仕入れてくるようにと言われました。
子育てネタと夫婦ネタで自分のおもしろ失態エピソードのバラエティを増やしてこいと(笑)

つまりこの機会に心理士としての経験を積めということですね。
その意味でも出産と育児を楽しみたいと思います。


またどこかでご一緒できるのを楽しみにしています。



愛と感謝をこめて


HPはこちら
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by ramram-yoga | 2019-06-13 10:29 | 出産・子育て
夏休み
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息子が小学生になって初めての夏休みが、終わろうとしています。
来週月曜日が、始業式です。
この頃は夏休みが終わるのが、早いのですね。

この夏、いろいろとこなしたい事々があったのですが、夏休みに入ってそれらはほとんど実行されませんでした。
子どものいる夏休みというのはそういうものなのだ、ということに気づきました。
その代わり、プール、川遊び、そうめん流し、夏祭りなど、子どもと夏を満喫しました。

また、仕事でいろいろな場所に行くのですが、子どもにも同伴してもらっては各地の遊び場へも行きました。


こちらは、福井県立恐竜博物館。
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奈良公園では、鹿に餌やり。
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和歌山県の玉川峡へ(こちらはプライベートで)。
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**********


今日は、亀岡運動公園にあるプール、通称”かめプー”へ。

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水に触れると、フッと緩みます。
この安心感は、母親の羊水の中でくつろいでいた頃の記憶、あるいは太古に海中で生きていた頃の名残でしょうか。
退行とも言えるのでしょう、周りの大人たちの顔を見るとみんな緩んで少し子供っぽく、無邪気な表情をしています。

特に、お父さんたち。
普段の通勤電車でみるような、あの硬くて無表情で、疲れ切った顔とは全然違います。
そんな、なんともいい表情を横目に、そしてキャッキャと遊ぶピッチピチのからだの子供たちをほほえましく眺めながら、私も浮き輪にのってぷかぷかと流れるプールで流されながら過ごしました。


*******


今日、プールサイドで合間に読んでいたこの本。
面白かったです。
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感謝と愛をこめて


by ramram-yoga | 2018-08-25 23:05 | 出産・子育て
息子の誕生日
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6月に入ると、自宅の周りの田んぼに一斉に水が張られ、急にあたりが静けさに包まれます。
水には、不思議な力がありますね。

明日は息子の誕生日。
6年前に息子が生まれた時、退院してから実家に帰省するまでの数日間、自宅で息子と二人きりで過ごしました。
外は今と同じように田んぼに水が張られ、とても静かだったのを覚えています。
その静かな中、横でほとんどの時間寝ている息子を眺めながら、私もまだまどろんでいて、思考も働かないでいました。
つい数日前まで私とひとつだった息子を眺めながら、でもまだひとつのような感覚も持ちながら、2人寄り添って、ただただずっと寝転んでいた数日間でした。

あの時のことが、毎年この季節になると、よみがえってきます。
なんともいえない静けさと、幸福感を伴って。


********


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さて。
書いている間にスポンジが焼けました。
明日は息子と一緒に、これにデコレーションをします。











by ramram-yoga | 2017-06-02 13:01 | 出産・子育て
私は人々の役に立っている
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新年度が、始まりましたね。

息子はこの春から年長さんです。
通っている保育園では、年長さんは一目置かれる存在。
年中以下の子どもたちは年長さんを慕い、年長さんは下の子の面倒をよく見ます。
毎年、年長さんに上がった子供たちをみていますが、顔つきがどんどんお兄さん・お姉さんらしく変わっていきます。
自分は必要とされている、責任があるという感覚が出てくるからなのだと思います。
息子も年長さんになることをずっと楽しみにしていて、4月からはりきって登所しています。
それと同時に、自分からゴミ捨てをしたり植木に水やりをしたりと、家の手伝いもしてくれるようになりました。

そういえば先日、私が体調を崩した時、ホッカイロを引っ張り出してきて「これをお腹に当てれば?」と持ってきてくれた息子。
それが本当に気持ちよく、体調を楽にしてくれました。
息子は、自分の行動が役立ったのかどうか知りたくて、「どう?」と何度も私の顔を覗き込んできます。
そして、私が気持ちよさそうにしているのを確認すると、なんとも満足そうな笑みを浮かべました。
その笑顔が、とびっきり好きな食べ物をほおばる時や、欲しかったおもちゃを買ってもらった時にさえも見られないほど、満足感にあふれていました。

その時に思いました。
あぁ、子どもだって、本当に嬉しいのは、与えてもらう時ではなく、誰かに必要とされ役立っていると感じる時なんだなぁ、と。


アドラー心理学での、子育ての目標は、子どもに以下の3つの感覚を育てていくこと。
 「私には能力がある」
 「人々は仲間だ」
 「私は人々の役に立っている」


そして、改めてはっと気づいたのです。
子育ては、親が子供を満たすために与えて与えて与えて・・、としているようで、実はそうではないのですよね。
本当は与える、つまり必要とされ役立っていると感じることで、他の誰でもない与える側の私が満たされていたのでした。
今まで、ずっと^^






by ramram-yoga | 2017-04-07 05:23 | 出産・子育て
生と死の自覚

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もうすぐ6歳になろうとする息子が、最近毎晩のように、私に死についての話をしてきます。
どこかの誰かの死といった”三人称の死”ではなく、身近な人の”二人称の死”や、そして自分自身の死という”一人称の死”について、です。
自分はやがて死ぬ存在なのだという自覚が、ある日突然彼に訪れたのです。

「僕は死んだらどうなるの?」
「お父さんとお母さんが死んだら、世界は終わっちゃうの?」
「死にたくないよ!ずっと生きていたいよ!」

死のことについて語り始めた同じ頃、息子は胎内記憶と、胎内に入る前の記憶(いわゆる中間生記憶)を、急に話し始めました。
私と息子との今後の関係において、大きな転機となりそうなインパクトがありました。
またの機会に、記事にしてみたいと思います。

このように、自分の生や死を言語を通して話し始めたということは、息子の中で、他の誰でもない我であるという認識、すなわち自我がある程度確立してきたと言えるのだと思います。
興味深いと思ったのは、”自分”という認識が出来てきたのと同時に、自分が死すべき存在であるという認識、そして時間の概念が確立されていったことでした。
これから息子は、生や死について、どのようにとらえていくのでしょう。
苦しむのを代わってあげたり、回答を与えたりすることはできないけれど、寄り添い見守っていける親でありたいと思います。

***

それにしても、死とはいったい何なのでしょうか。
私たちはなぜ生まれ、なぜ生きているのでしょうか。
このような問いに対し、求めればこの世界に沢山の答えがあふれています。
でも、教えられて頭で理解した回答では、やはり納得できないのです。
そのような意味では、私はやはりまだ探し求めています。

夜中、寝ている時は、自我の殻が少し緩むのでしょうか。
よく、ハッとするような驚きと共に、目が覚めます。
そして、自分は死ぬ存在なのだという強烈な自覚に圧倒されそうになります。
「我に返る」というのは、このことを言うのでしょうか。
小学生の頃からずっと、続いているのに、この驚きの鮮度は全く褪せることがありません。

ただ、少しずつ、実感していることもあります。
生きることと考えることとは、違うということ。
自他の区別や空間・時間とは、絶対的なものではないということ。
これらは自我によって作り出している概念であり、そこ枠組みから外れた時、生と死や分離といったものは意味をなさなくなってしまうのではないか、ということ。


ここで一曲、ご紹介。
バッハのブランデンブルグ協奏曲第5番。

中学校1年生の時、清掃の時間に毎日流れていました。
入学してすぐ別の学校に引っ越したので、3か月も聴いていないのですが、やけに覚えています。
その時流されていたのは原曲ではなくもうちょっと軽快なポップ調にアレンジしてありました。
当時、自分は死ぬのだという事実に気が遠くなるような毎日を過ごしていたのですが、先生も友人も、まるで死のことなど忘れてしまっているように思えて仕方なく、孤独感ばかり増していきました。
おまけに、軽快にアレンジされたこの曲が、当時の心情を逆なでするような明るさでもって、私の孤独感をますます助長させていたのでした・・・。
バッハのブランデンブルグ協奏曲シリーズは好きですが、この曲だけは今聴いていても当時の憂鬱な気分を思い起こさせます。






by ramram-yoga | 2017-03-28 20:32 | 出産・子育て
お母さん、笑って
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今朝、いつものように台所仕事をしていると、傍で朝ごはんを食べていた息子が笑顔で私の顔を見ていることに気づきました。
控え目な声で何か言っているのでよく聞いてみると、「お母さん、笑って」と言っていました。

この息子の言葉を聞いて、驚きました。
なぜならこの言葉は、私が小さい頃よく母親に言っていた言葉だったからです。

小さい頃の私にとって、母がニコニコと笑って自分の方を見てくれていることが一番幸せだったこと。
暗い顔をしたり、イライラしたりしていると、とても悲しく自分を責めたこと。
忙しそうに台所仕事をしている母に、いつ声をかけようかと、ずっと背中を見ていたこと。
・・・そんなことを、思い出していました。

今、私はあの時の母親の立場になり、そして息子があの時の私の立場になっていることになります。
子どもの頃見ていた、独創的で、そしてあんなにリアリティのあった世界。
ぬいぐるみや物にも人格が宿り、自然科学とは全く別の法則で、身の回りの現象が秩序付けられていました。
そして母親は自分にとって否定のしようがない完璧な存在で、自分の全てであったこと。
そんな世界観が今、少し遠くなっていると感じました。
時間が経ったからでしょうか、それとも、それらの世界に没頭するには少し忙しすぎるのでしょうか。

笑顔で傍に行くと、息子ははにかみながら私に抱きつき、私の膝の上に座ってごはんを食べ終え、機嫌よく保育園に行きました。
いつも息子がどんな世界で生き、どんな想いで私を見ているのか、改めて考えていました。


******


今朝子どもを保育園に送って家に帰ると、なぜか家の中がとてもあたたかいもので満たされていることに気づきました。
なんだろうと思ってしばらくそのあたたかさを感じていると、母の私に対する愛情だと分かりました。
先週末に仕事が入っていたので、母に来て家事や息子の面倒を頼んでいたのですが、きっとその時の気配が残っていたのだと思います。
人の想いというのは、こんな風にリアリティをもって漂っているのだなと驚くと同時に、愛情や祈りというものはとても強い力を持っていると感じます。
大切なのは、どれだけそれに気づく感性を持ち、育てていくかということなのだと思います。

日々の雑事に追われて見失いそうになっても、繰り返し立ち戻ってこれますように。
身近な人の想いに気づき、それを大切にするということ。
今ここに生きているということは、愛されているということ。
by ramram-yoga | 2014-06-18 09:02 | 出産・子育て
クッキー作り
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a0118928_13155060.jpg昨日は2歳6ヶ月になる息子と一緒に、クッキーを焼きました。

最近写真を撮るときはこの、「にこにこポーズ」が、お気に入り。

粉をまぜまぜして・・・

生地を丸め、手のひらで平らにして・・・

アーモンドを、むぎゅっ。

単なる食いしん坊かと思いきや、作る方もなかなかの腕前ではないですか。


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重曹入りの、ふんわりアーモンドクッキーのできあがり。

できたてクッキーを、お父さんと3人で食べました。

よっぽど楽しかったのか、今朝も私の顔を覗き込んでは「クッキー、つくる?」と言っている息子です。
by ramram-yoga | 2013-12-29 13:22 | 出産・子育て
神様がくれた夏休み
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この夏は、今年に懸けていた試験の勉強に、それこそ1分1秒を惜しんで没頭していました。
9月初めにその試験の結果が分かり、それから気が抜けてしまったのか、少し体調を崩していました。
体調が回復し、気持ちにも時間にも余裕が出来た状態になった頃にタイミングよく、普段は“超”がつくほど多忙な夫に奇跡の10連休がもらえました。

きっとこのお休みは、私たちに神様がプレゼントしてくれたのだと思い、普段は一緒に食事をするのもままならない夫と、親子3人の時間を存分に過ごしました。

a0118928_2330143.jpg水族館やお弁当を持ってピクニックなどいろんなところに出かけ、最近の激務で10kg近く痩せた夫に、彼の好きな料理を心ゆくまで作り、3人で一緒にごろごろ昼寝したり。

何気ない生活を家族で一緒に共有することが、こんなに楽しいなんて。
普段息子と2人きりでいると余裕が無くなって感情的になってしまうこともありますが、家の中にもう1人いるだけで、こんなにも気持ちに余裕ができるのかとも思いました。

夫と私のことを「とーしゃん」「かーしゃん」と言うようになった息子も、家族3人でいることがとっても嬉しかったようです。

a0118928_001615.jpgそれと、きっと私に余裕ができたからでしょうね、なんだか甘えたさんになりました。
最近は、私の膝の上でしか食事をしたがりません。

子どもは親の心情に、本当に敏感。
今子どもが出してくる要求にしっかりと応えていこうと、思います。


私は家族によって支えられているのだと、こんなに感じさせられたのは初めてかもしれません。



(写真は上から、万博公園散策の風景、息子の大好きな“にーにー(おにぎり)”のお弁当、六甲山牧場の羊さんを触りたくて追いかける息子)
by ramram-yoga | 2013-09-26 23:26 | 出産・子育て