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2018年 05月 18日 ( 1 )
不動智神妙禄
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『沢庵 不動智神妙禄』池田諭著

友人に紹介してもらったこの本。
不動智とは、心は四方八方、右左と自由に動きながら、一つの物、一つの事には決してとらわれることのない智恵をいいます。

”総ての物に心を止めないこと”
この言葉が印象に残りました。
人間の心には”本心”と”盲心”とがあり、本心とは、一つの所に止まらずに、総てにのびひろがった心を指します。
それに対して”妄心”とは、何かを思いつめて一か所に固まってしまった心を指します。


「本心と妄心」
たとえば、本心は、水のように常に流動するもの。
それに反して妄心は氷のようなものなのです。
心を一つの事に止めてしまうことは、水を氷らせてしまったようなもので、氷が自由に使えないと同じように、心も自在に働かせることができません。(本文より)


心はどこにも置かない。
そうすれば、心は身体いっぱいに行きわたり、のびひろがっていく。

文中には千手観音(せんじゅかんのん)の例えでそれが説明してあります。
千手観音が、もしその千ある手の中の一つだけに心がとらわれてしまえば、残りの九百九十九の手はどれも役に立たない。
一つの所に心を止めないからこそ、千本の手が皆、役に立つ。
そして不動智というものを会得すれば、それが人間にも可能だというのです。


*****


精神分析には”固着”という概念があります。
固着とは、リビドー(性的欲動)が特定の発達段階に停滞し、その後のパーソナリティ傾向に影響を与えてしまうことを指します。
また、トラウマ理論では、強いトラウマティックな体験を”凍った記憶”というような表現で表されたりします。
これらはまさに、沢庵禅師の言う”心がひとつのところにとどまって氷のようになってしまった状態(妄心)”にあてはまると思います。
苦しみというのは、何らかの考えや記憶を掴んで手放せずにいることから起こっていると、最近感じます。自分の場合でも、患者さんを見ていても。



他にもこんな一文に出会ったり。

此止る心から執着の心起り、輪廻も是れより起り、此止る心、生死のきづなと成り申し候。
(この止まる心から、執着というものが起り、輪廻もここから始まるのです。
 すなわち、この止まる心が、生死のきずなとなるのです。)

輪廻も、止まる心から起こる・・・。
よく考えたらすごいことが、さらっと書かれていたりします。



さて。
Ram-Ram's Roomに新しく本棚がやってきて、先日やっと本が収まりました。
過去のたびたびの断捨離で大分少なくなってしまったのですけれど。

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貸出ノートなるものも、作ってみました^^
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本は色々読みたいと思っても、いちいち買ってると結構高くつきますので、貸し借りし合えたらいいなと思いまして。
Ram-Ram's Room に来て下さる方、読みたい本がどうぞ持ち帰ってお読みください。
偏りはあると思いますが、ツボが合う人にとっては、結構面白い本が揃ってる・・・かも?

みなさまからのおすすめ本も、ご紹介ください^^


愛と感謝をこめて
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by ramram-yoga | 2018-05-18 22:21 | | Comments(0)