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花と人間の関係
今日は、精妙なものに意識を合わせやすい日でした。
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庭で花々のお手入れをしていると、お花たちが普段は人間には見せることのない、自分たちの奥深い世界へとすぅーっと誘ってくれたような気がしました。
花と人間との関係について、今日感じたことを、書き留めておこうと思います。


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お花の苗は、華やかな花が、たくさん、そして長く咲くように、実はかなり人工的に加工・改良されています。
最近、その生産過程を聴き、ちょっと驚いてしまうほどでした。

でも、花たちは(”花たち”というより、花を表現している意識体といった方がいいでしょうか)、自分たちが人工的に加工されることを嫌がっているのでは、どうやらないようなのです。
それよりもむしろ、人工的に加工されることを積極的に引き受け、より人間と親密になる、という道を選んでいる。
そんな風に感じました。

花は、人間に対してとても好意的に存在している。
人間に自分を加工されてまで、人間とともにあろうとするその姿に、感動を覚えます。
無防備に自分を差し出すということはこういうことなのか、と。

そんな、懐の深い愛の表現を私たちに見せてくれるお花たちですが、一方で可愛らしさもあってとってもキュートです。
お花は人間の手入れをとても喜びます。
人間に注目されること、「きれいだね」と愛でられることが、大好きです。
時々「私を見て!」とアピールしてくれる花も^^
そして、自分たちの美しさで、人が幸せになると、満ちたります。


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庭に咲いている、なでしこのお花。
最近釘付けにされるのは、つぼみから開花するところです。

見てください・・・時計回りの渦。
まさに開かんとしています。
発散・放射のエネルギーが、一つ一つのちいさなつぼみにこうして形となって現れています。

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そして、数時間後には見事に開花していました。
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なでしこの花びらはやわらかくて、虫さんが大好き。
咲くたびに虫に食べられてしまいますが、次々と可憐な花を咲かせていきます。


ほら。
今日の夕方に撮影した、開こうとするつぼみ。
やっぱり、時計回りの渦巻き。

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明日には開花でしょうか^^




愛と感謝をこめて


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# by ramram-yoga | 2018-05-25 22:12 | 最近のいろんなこと | Comments(0)
自分のスタンスが変化するとき
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今年に入ってから、意識的に仕事や予定を入れるのを減らしています。
すると、時々空白の時間が訪れるようになりました。
それは、過去の印象や条件付けされた行動パターンを一度客観視し、手放していく時間でもあります。

ずいぶん長い間、忙しいことがいいことだと、どこかで思っていました。
そして、ここ数年間は実際忙しかったし、その、時には猛烈とも言える忙しさが好きでもありました。

この傾向は、どこから来たのか…。
何気なく考えていると、ふとある著書との出会いを思い出しました。

『まず歩き出そう』米沢富美子著

子どもを出産した7年前の夏、当分は思うように動けなくなることを考え、これから子育てをしながら10年の間に何かひとつ自分のものにしよう、と思いました。
その時に母に紹介されたのが、この本です。
著者の米沢登美子さんは世界的に有名な物理学者。
3人の子育てをしながら猛烈に研究に打ち込んでいく様子と、人生論が綴られています。
女性も子育てをしながらここまでできるんだ!と、私の中で”カチっ”とスイッチが入りました。
当時の記事は こちら

それからというもの、頭の中から”不可能”という文字を消し、”子どもがいるから”という理由付けを消すことにしました。
下記の米沢富美子さんの5つのモットーを信条とし、とにかく勉強しました。

 1、自分の能力に限界を引かない
 2、まず歩きだす
 3、めげない
 4、優先順位をつける
 5、集中力で勝負する

目の色を変えて猛烈に走り出した私を見て、本を紹介した張本人である母親は、「しまった…」と思ったそうです(笑)
しかし、時すでに遅し・・・。


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それから放送大学に編入学して卒業し、大学院での学びを経て臨床心理士の資格を取得し、自分のフィールドも定着してきた今。
改めて、ニュートラルな意識状態で、自分のスタンスを再構築しています。

で、気が付きました。
目的が変化していたにもかかわらず、手段は以前と同じままでそこに固執していたことに。

米沢富美子さんはある時期、私の人生のモデルでした。
だから、富美子さんのように猛烈にやろうとしていた。

けれど今、よく考えると、富美子さんのような人を目指してはいないことに気づきました。
今はもっとゆったりとして地に足をつけ、誰も追いかけず、自分のスタイルを確立していく時なのだと思っています。
にもかかわらず、外側の情報にパッと飛びつき、動こうとする自分の傾向は変化していなかったのです。
しばらく、こういうことで、不調和を起こしていた部分があったようです。

この、猛烈に何かをしようとする自分の客観視が最近やっとでき、それに伴って活動を自制できるようになってきました。


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このように、自分のスタンスが変化するときって、ありますね。
その時、以前とっていたスタンスを否定的に評価するのではなく、肯定して次のステップに行きたいものです。

「前のは、良くなかった。今のはいい。」ではなく、
「以前の自分にはあれが良かった。そして、今の自分にはこれがいい。」という風に。

スタンスだけでなく、人や環境、手段、価値観などもそう。
以前縁のあったものに、いかに多くの恩恵を受けてきて、それがいかに現在の自分の血肉となっているのか。
まずはその事実に心を開き、大いに認識し、大いに喜ぶ。
そしてもはや、それに対して退けようとか、接近しようとかという意図を生じさせず、ひたすら自分のあるべき立ち位置を決めることに専念する。
すると、立ち位置が決まった自分に相応する風景が、自分の前に立ちあらわれてくる。
ご縁のあるものとは必然的につながり、ないものとは離れていく。



最後に、著書より一言ご紹介。

「自分の能力に限界を引かない」
何かの事態に直面して、こんなハイレベルのことは自分には絶対できない、と自分で自分の可能性を限ってしまうのは、自分自身に対する侮辱である。
何事もやってみなければ分からない。
無理だと思ったことが、意外とすんなりできてしまったりする。
人間のほんとうの底力なんて、じつは本人にも把握できていないのだ。
だから、自分の可能性に限界を引かないことが、すべての大前提である。
               『まず歩き出そう』米沢富美子著 より


米沢語録、やはりいいです。
富美子さん、今まで本当に、ありがとうございました。



愛と感謝をこめて





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# by ramram-yoga | 2018-05-21 23:11 | ことば・メッセージ | Comments(0)
捨てる潔さ
植物を育てる、ということを、こちらに引っ越してきて初めてやってみています。

今日はたくさんの苗を買ってきて、せっせと植え替えをしました。

寄せ植えにも、初挑戦。
大好きなアイビーも、我が家の一員に加わりました。
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花壇には、珍しいクリーム色のマリーゴールド、ブルーのサルビア、そして色とりどりのペチュニアを。

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改めて、光が差す中での彼女たちのベストショットも、お届けしたいと思います。


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お花の育て方を色々調べている中で、”摘芯”という言葉を知りました。
花が長く綺麗にたくさん咲くために大切なプロセスです。

その方法とは、お花がきれいに咲いているにも関わらず、その花がついている茎を切ってしまうのです。
しかも、主要な茎、つまり”芯”の部分を、根元の方からバッサリと。
しかし、そうすることで、茎が2方向に分かれ、摘芯で最終的には多くの花が華やかに咲くようになるのです。

野菜や花を普段から育てている方にとってはごく当たり前のことなのでしょうけれど、これを知った時は衝撃が走りました。
だって、最も華やかで中心的な部分を、バッサリ切り捨ててしまうのです。

何か、人生にも通じる教訓を受けているようになりました。
これまでよりさらに発展していくためには、これまで積み上げてきたもの、信じてきたもの、エネルギーを注いできたものすら、捨てていく潔さも時には必要なのだ、と。

その他にも、植物を育てていると、それまで気にも留めなかったいろいろなことに、意識が向くようになってきました。
草花がこんなにも日々刻々と変化しているとは、知りませんでした。
この変化はまさに、いのちの躍動そのもの。
植物は本当にいろんなことを教えてくれます。
毎日の土いじりが日課となっている、今日この頃です。


愛と感謝をこめて


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# by ramram-yoga | 2018-05-19 22:10 | Ram-Ram's Room の四季 | Comments(0)
不動智神妙禄
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『沢庵 不動智神妙禄』池田諭著

友人に紹介してもらったこの本。
不動智とは、心は四方八方、右左と自由に動きながら、一つの物、一つの事には決してとらわれることのない智恵をいいます。

”総ての物に心を止めないこと”
この言葉が印象に残りました。
人間の心には”本心”と”盲心”とがあり、本心とは、一つの所に止まらずに、総てにのびひろがった心を指します。
それに対して”妄心”とは、何かを思いつめて一か所に固まってしまった心を指します。


「本心と妄心」
たとえば、本心は、水のように常に流動するもの。
それに反して妄心は氷のようなものなのです。
心を一つの事に止めてしまうことは、水を氷らせてしまったようなもので、氷が自由に使えないと同じように、心も自在に働かせることができません。(本文より)


心はどこにも置かない。
そうすれば、心は身体いっぱいに行きわたり、のびひろがっていく。

文中には千手観音(せんじゅかんのん)の例えでそれが説明してあります。
千手観音が、もしその千ある手の中の一つだけに心がとらわれてしまえば、残りの九百九十九の手はどれも役に立たない。
一つの所に心を止めないからこそ、千本の手が皆、役に立つ。
そして不動智というものを会得すれば、それが人間にも可能だというのです。


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精神分析には”固着”という概念があります。
固着とは、リビドー(性的欲動)が特定の発達段階に停滞し、その後のパーソナリティ傾向に影響を与えてしまうことを指します。
また、トラウマ理論では、強いトラウマティックな体験を”凍った記憶”というような表現で表されたりします。
これらはまさに、沢庵禅師の言う”心がひとつのところにとどまって氷のようになってしまった状態(妄心)”にあてはまると思います。
苦しみというのは、何らかの考えや記憶を掴んで手放せずにいることから起こっていると、最近感じます。自分の場合でも、患者さんを見ていても。



他にもこんな一文に出会ったり。

此止る心から執着の心起り、輪廻も是れより起り、此止る心、生死のきづなと成り申し候。
(この止まる心から、執着というものが起り、輪廻もここから始まるのです。
 すなわち、この止まる心が、生死のきずなとなるのです。)

輪廻も、止まる心から起こる・・・。
よく考えたらすごいことが、さらっと書かれていたりします。



さて。
Ram-Ram's Roomに新しく本棚がやってきて、先日やっと本が収まりました。
過去のたびたびの断捨離で大分少なくなってしまったのですけれど。

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貸出ノートなるものも、作ってみました^^
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本は色々読みたいと思っても、いちいち買ってると結構高くつきますので、貸し借りし合えたらいいなと思いまして。
Ram-Ram's Room に来て下さる方、読みたい本がどうぞ持ち帰ってお読みください。
偏りはあると思いますが、ツボが合う人にとっては、結構面白い本が揃ってる・・・かも?

みなさまからのおすすめ本も、ご紹介ください^^


愛と感謝をこめて
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# by ramram-yoga | 2018-05-18 22:21 | | Comments(0)
心をひらき、影響を一身に受ける
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人間と動植物との関係性を、ヨーガでいうところのプラーナ(生気)の次元でみたときに、犬と花がもっとも人間のプラーナの影響を素直に受け入れているように感じます。
疎通性がいい、とでもいうのでしょうか。

野生で咲いている花と、プランターで手をかけられている花とは、発しているものが違う。
人の手がかかった花からは、その花本来の生気だけでなく、その手をかけた人の生気が感じられます。
同じ花でも、育てた人によって、咲き方が違う。
特に、丁寧に丁寧に手をかけられた花は、その花びらひとつひとつ、葉っぱの先にまで、その人の生気がぴっちりと行き渡っています。
犬も同じで、手をかけられている犬ほど、毛並みやしっぽの先にまでその人の生気が行きわたっている。

花と犬は、人間に対して非常に好意的に存在していて、人間の影響を一身に受けることをゆるしている。
その無防備さに、驚きます。
自分といものを、他者にこんな風に明け渡すということができるのですね。

そして、そのように花本来の生気に人の生気が合わさることによって、不純になるかといえば、全くそんなことはない。
むしろ合わさることによって、お互いがより幸せになり、周囲にとっては魅力的になるのです。
魅力が増すことが、生命がより十全に顕れ出ることと関連しているとすれば、生気が合わさることによってよりそのものが生命化していくと捉えてもいいのかもしれません。

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人をみていても、周囲の人によって変化する人と、しにくい人がいるように感じます。
周囲によって変化する人は、影響を受けやすいと少し否定的に評価されることがあります。

しかし、ゆるぎない人、自己を十全に発揮しながら進化成長を続けている人をよく見ていると、実に人から多くの影響を受け、変化し続けていることが分かります。
全く止まっておらず、絶えず新しく出会うものに心を開き、そのものの影響を一身に受け、そこからオリジナルの新しいものを生み出している。



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さて、こちらに引っ越してきてから、生まれて初めてお花を育てています。
私が手をかけたお花たちは、どんな生気を放ちながら育っていくのでしょうか^^



愛と感謝をこめて


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# by ramram-yoga | 2018-05-17 16:22 | 最近のいろんなこと | Comments(0)