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内観懇話会&一日内観のお知らせ
大阪市内にある内観研修施設「ふうや内観研修所」にて行事がありますので、ご紹介します。
私も1週間の集中内観を以前に2度受けたことがありますが、そこで得ることのできた深い気づきは今も自分にとってかけがえのないものです。

今回の行事は、内観を受けたことの無い人や興味があるけど1週間という長期間はちょっと・・・という方にとてもお勧めです。

主催者の橋本さんも、親しみやすくて、そしてお話がとっても面白いですよ。
私も、内観懇話会には参加させてもらおうと思っています。
興味のある方、是非一緒に行きましょう^^


・・・・・・・・・・・・・・・・・ 以下、転載 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

●内観懇話会(詳しくはこちら

「体験された方の発表を聞いて内観の理解を深めましょう」
多くの方から「内観はどうするのですか?」「内観をしたらどうなるのでしょうか?」という質問をいただきます。私自身の体験でもそうですが、内観を理解するのは体験された方の発表を聞いていただいて、ご自分なりに内観の理解を深めていただくのが一番と考えています。そのような思いを込めて内観懇話会の機会を作りました。
当日は内観体験発表に加えまして、10分程度の簡単な内観やシェアリング、そして内観に関する質問やご意見を頂戴したいと思います。
関心のある方は是非、内観研修所に足を運んでいただきますようお願い申し上げます。

日時  4月10日(土)午後1時より受付 午後2時-3時半

 場所  ふうや内観研修所(阪急淡路駅徒歩7分)
 参加費 無料



●一日内観(詳しくはこちら

「はじめての内観の体験やおさらい、ご家族・知人への内観の紹介に...」
内観に関心のある方で、時間や費用等により集中内観が難しいと思われている方、集中内観を体験された方で内観の継続に不安を抱かれている方は、是非この機会をご活用ください。

日時  3月27日(土)午前10時より受付 午前10時半‐午後5時
4月 4日(日)午前10時より受付 午前10時半‐午後5時
4月25日(日)午前10時より受付 午前10時半‐午後5時
*ご希望の日時をお知らせください。


 場所  ふうや内観研修所(阪急淡路駅徒歩7分)
 参加費 1,000円(定員6名) 昼食費300円(希望者のみ)



a0118928_19332282.jpg申込・問合せ先:
 ふうや内観研修所(橋本 俊之)
  電 話:06-6323-7267
  fax:06-6325-8615
  メール:info@fuya.jp



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sachie
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# by ramram-yoga | 2010-03-10 07:01 | Infomation
ハイチ義援金ライブ
今日、神戸市長田区の大正筋商店街で、お友達がゴスペルチャリティーライブをすると聞いて、聴きに行ってきました。

a0118928_2345988.jpg先日ハイチで起きた大地震の支援活動としてのチャリティーライブでした。

ゴスペルのメンバーさんたちの躍動感あふれる素晴らしいステージ。
歌詞は英語で分からなかったけど、メッセージは直球で胸に届いてきました。
人の想いって、言葉以外のルートでこんなにも伝わってくるものなんだなぁ、と思いました。

阪神淡路大震災から15年。
ステージのあった長田は激震区で、多くの住宅が震災の後焼けたのだそうです。
そして今年のハイチの地震は、神戸の大震災よりも遥かに大規模だった。
震災の痛み・つらさを知っている神戸から、ハイチへの支援を呼びかけていこう、広げていこう。
歌の合間にそんな呼びかけを聞きながら、どこか遠い国の出来事と思っていた自分に気づきました。
それに対して、自分のことのようにハイチの人々を思い、支援をしようと一生懸命になっている方々の熱意に心を打たれました。

歌を聴いている間、思いがけず涙があふれてきてずっと止まりませんでした。
自分でもびっくりしてしまいましたが、歌い手の純粋な心に触れたような気がして、胸が熱くなってきました。
涙とともになにか自分の中で凝り固まっていたものもすっと流れ落ちていくような気がしました。


そんな素晴らしいゴスペルメンバーを率いるそのお友達はクリスチャンですが、彼の信仰に対する真摯な態度にはいつも、頭が下がります。

我欲を超えて何かに自分を捧げている人って、どうしてこんなに人に「美しい」と思わせるのでしょうか。
見た目がゴージャスとか目立つとかではないのに、何か独特な輝きを放って人を惹きつけて放さない。
私の周りにも、ヨーガの先輩や知り合いの中にそういう方々がいて、今日のお友達もその一人です。
そして、その人の周りでは、ちょっと普通では考えられないような「奇跡」が起こりはじめる、そんな気がします。


この素晴らしいゴスペルグループの皆さん(と言っても、今日初めて結成されたらしいのですが)第10回・新開地音楽祭にも出場されるみたいですよ。
お近くの方、是非どうぞ。
とっても、お勧めです^^



sachie
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# by ramram-yoga | 2010-03-08 00:04 | 最近のいろんなこと
病院の職員さんに対するヨーガ療法
3月より、新須磨病院にて、「院内ヨーガクラブ」のクラブ活動が始まりました。
クラブには普段病院で勤務していらっしゃる看護師さんをはじめ、医師、介護職、事務職の方々が入部され、週に1度終業後にヨーガ療法のプログラムを行っていただくことになっています。

プログラムには、ヨーガ療法の特徴でもある、心身相関(ソマトサイキック)アプローチをふんだんに取り入れ、身体を使って精神面への働きかけを行っていきます。
ゆっくりとした動作・呼吸に合わせ、普段知らず知らずのうちに緊張しがちな身体と心を、少しずつ解きほぐしていきます。

a0118928_1817964.jpg60分という短いヨーガの時間でしたが、参加されたほとんどの方の呼吸数が減少、つまり呼吸状態がゆったりと穏やかなものになっていました。

日々人を観察し関わる職業柄からでしょうか、参加者の方々は初回からとても上手に身体の力を抜き、身体へ意識を向けておられたように感じました。

普段忙しくハードな職員の皆様にとって、ヨーガ療法の時間が「ほっ」と一息つけるリラックスタイムとなれば、と思います。

心と身体に向き合い、上手にストレスマネジメントをしていただけるよう、少しでもお手伝いできれば幸いです。

また、これから医療分野にも導入されつつあるヨーガ療法を、実際現場で働く医療職の方々に知っていただくとてもいい機会にもなると思います。



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# by ramram-yoga | 2010-03-06 18:11 | YOGA
2極の対立からの脱却
現在、いくつかのクラスでは毎月最終週のクラスで瞑想を行っています。
ヨーガの智慧のことばをもとに過去の経験を振り返り、自分の心の在り方を調べていきます。

a0118928_21135750.jpg今月は、次のような智慧の言葉をもとにして、瞑想を行いました。

「物心の富は 艱苦(かんく)の結晶なり」

少し難しい言葉ですが、これはつまり、物の豊かさや心の豊かさを得ようとしたとき、そこに困難や苦労があって初めてもたらされるという教えです。

この言葉をもとにして、瞑想の中で皆さんにそれぞれの過去を思い出していただき、今までの人生での困難や苦労によって得られたものについて、調べました。

私の場合ですと、瞑想の中で二度と戻りたくないような苦しかった頃を思い出しました。
しかし、実はその時期に一番成長できていたことに気づかされ、その経験があってこそ今の自分がいる、あれは自分の成長にとってありがたかったのだ、と思い直した時期がありました。

人生における打撃、それは困難であればあるほど、ハードルが高ければ高いほど、その後に得られるものは実は大きいのかもしれません。
と、未熟なりに考えさせられた今月の智慧のことばでした。

過去を振り返ると、できれば避けたい不幸に思える出来事も、後で振り返るとありがたい出来事だった、という認知の転換がときに起こる・・・。
このように、「善い」「悪い」とか、「好き」「嫌い」とか、自分が物事に対して加えている意味づけのことを、ヨーガでは“2極の対立感情”といいます。

その2極の対立感情から解放されて自由になる、それがヨーガが目指している境地なのだ、ということです。
今後も皆さんと一緒に、少しずつ少しずつ、瞑想を深めていきたいと思います。


最後に、インドの偉大な叙事詩「マハー・バーラタ」の中でクリシュナという神様がアルジュナという男に、行為の仕方について説いた言葉をご紹介いたします。

アルジュナよ。
   執着を捨て成功と不成功とを平等のものと見て、
           ヨーガに立脚して諸々の行為を為せ。
                 ヨーガは平等の境地といわれているのだ。 

                       (「バガヴァッド・ギーター」Ⅱ-48より)



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# by ramram-yoga | 2010-02-28 21:26 | YOGA
経験からの解放
先日、インドの聖典であるヨーガ・スートラの勉強会がありました。
今回勉強した第Ⅱ章-20節には、下記のように記されています。

被観照者の本質は、観照者のための性質に他ならない。

a0118928_2216241.jpgこれはつまり、普段目に見えている世界(=被観照者)は、本当の自分(=観照者)を見出すためにあるのだ、ということ。

普段私たちがどんなものを見聞きしているのか、それによって自分の心のあり方に気づき、本当の自分を見出す手がかりとします。


この教えを題材として、今日は「自分は何に対して存在感を大きくしているか」について瞑想をほどこしました。

・・・・・・・・・・・・・・・


例えば、テーブルの上にケーキが置いてあるとすると、甘党の人はそのケーキが気になって仕方がありません。
その人にとって、ケーキの存在はすごく大きい、ということになります。
しかし、甘いものに全く興味の無い人にとっては、目の前にケーキがあってとしても、ケーキの存在を大きく感じることはありません。

また、自分の体型が気になる人は、他の人の体型についてもとても気になります。
その人にとって、“体型”の存在感が大きい、ということになります。

他にも、学歴やルックス、収入、その他のステータスもそうです。

存在を大きく感じるものが多ければ多いほど、時には苦しみの原因ともなり得る「捉われ」が多い、ということになります。


そしてその存在感の大きなものとは、自分のコンプレックスや劣等感、執着と密接につながっているといことに、気づかされるのです。


私は瞑想の中で、小さい頃自分の鼻の形にコンプレックスを持っていたことを思い出しました。
すっかり忘れていましたが、その頃は人の鼻ばかり見ては、自分と比べていたと思います。
何かの劣等感を持っていたのでしょうか、不思議ですが、その頃の私にとっては、「鼻」の存在感がとても大きかった。
しかし、いつ頃からか人の鼻も自分の鼻も、全く気にならなくなりました。
自分にとって鼻の存在感が、小さくなって今は無いに等しいと言っていいと思います。


ヨーガでは、このように何かに対する存在感が小さくなる時、「経験からの解放」という表現が使われます。
このように過去の捉われから少しずつ解放され、全ての経験から解放されたとき、真の自分に到達する、という教えです。


      ヨーガを行ずると 見えなかったものが 見えてくる

                 聴こえなかったものが 聴こえてくる



対象に投影されている自分の心を見つける、という自己探求の方法が、すでに2000年前に確立されていたということに、感動と驚きを覚えます。



sachie
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# by ramram-yoga | 2010-02-16 22:46 | YOGA