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幸せになる覚悟
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今、苦しんでいます。
先日、大切に思っている人に自分がとってしまった行為について。
珍しくぶっきらぼうに接しました。
確かに、私なりの相手への要求がありました。
感情とは、相手なにか要求がある場合の非言語的表現なのですよね。
普段カウンセリングを学び、育成側にも携わっている自分としては、よくよく分かっているのですが^^;

その後数日間、苦しんでいます。
相手がそれで傷ついたのかは、分かりません。
そもそも私が苛立っていたことにも、気づいていないでしょう。
にもかかわらずかなり、堪(こた)えています。
愛のない行為が、その行為をした本人にこんなにもダメージを与えるものだったとは。

当初は苛立ちとしてしか感じられなかった感情。
この感情は一体どこから来ているのか、時間をかけてよくよく、観察してみました。
すると、ついに核心に行き当たりました。
それは、劣等感でした。
「キャー。まだ、あったか‼」と、思いました。

自分に対する自信の無さが、相手と接する中で苛立ちという感情にすり替わり、結果としてぶっきらぼうという行為となって顕れていたのでした。
劣等感の根深さを、改めて感じました。

でも、本当にそうですね。
満ちたりている人が、相手の言動に傷ついたり苛立ったり、しないですから。
あらゆるネガティブな感情の根底には、劣等感が横たわっていると、感じます。


さて。
もう少し苦しむことにします。
敢えて積極的に苦しみます(笑)
もう、自分がこのようなことに陥らないように。
私が体現したいのは、苦しみや恐怖ではなく、愛なのです。

私と接したすべての人が、幸せな気持ちになるような人になろう。
と、最近結構本気で思っています。
そして、そのためにはどうすればいいのか、具体的に考えています。
まずは、自分が幸せでいること。
満ちたりていること。

幸せでいるということは、覚悟のいることだなと感じます。
ミリオンセラーとなった「幸せになる勇気」とも共通しているかもしれません。
幸せでいるということは、どんな状況の中であっても、与えられたものを引き受けて立つ覚悟が必要です。

でも。
覚悟を決めたら、その後は意外とカンタンなんじゃないでしょうか^^



愛と感謝をこめて



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# by ramram-yoga | 2017-12-15 20:41 | 最近のいろんなこと
問いを発することで見えてきたもの
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今年の春から通年で通わせていただいていた、京都大学の広井良典先生の「現代社会論演習」の授業。
昨日は、今年最後の授業でした。
授業は、社会経済や政策について幅広い視点から見識を深め、考察を深めていく内容ではあるのですが、この広井ゼミのすごいところは、死生観や無、時間の概念など根本的普遍的な視点からそれらを俯瞰してとらえていくところにありました。

また、参加している人たちも、学部生さんは逆に少なく、フィールドワークや研究に携わっている院生の方、大手メーカーの研究開発に携わっている方、官公庁で実際に政策に携わっている方、医療現場で臨床活動を行っている方、神職の方、僧侶の方と、本当に多種多様でしかも幅広い関心を持つ方々が集い、とても刺激的でした。

私自身はこの授業に通わせていただいて、自分の世界に対する認識が大きく変わりました。
そのくらいのインパクトのある場でした。
授業では主に、参考図書が紹介され、それについて自分の意見をまとめて次の授業で発表する、その繰り返しです。

洗練された参考図書によって新しい視点を取り入れ、まずは自分の中で考察し言語化する。
それを授業で、皆様の前で発表する。
そして、広井先生から頂くコメントはいつも、表面的な部分ではなく、普遍的・原理的な視点からのものでした。
それを持ち帰り、新しい課題図書をいただき、また自分で考える。

新しい視点に対して自分はどのように捉えるのか、どのような立場をとるのか。
これを繰り返し繰り返し突きつけられ、自分に問い続けた1年だったようにも思います。

昨日の授業では、一人一人が自分の関心のあるテーマについて、構想を発表する機会をいただきました。

終了後いつも先生がお茶に誘ってくださり、皆さんでわいわい、長い時には2時間くらいお話しをしてそれがまたとてもいい時間のですが、昨日はその場で広井先生と個人的にいろいろとお話をさせていただき、感謝の気持ちを先生にお伝えすることができました。



私が先生の授業に参加させていただくきっかけになった、広井先生の「死生観を問い直す」という本。
先生にとっても、このご著書は、非常に思い入れ深い本なのだそうです。
この本を読んで、死生観について時間について、ここまで真摯に向き合い考察を深めている人がいるのだと、驚きました。
そして、それは、同じく死生観を得たいと求めている私の、大きな希望となりました。
あきらめずに、誤魔化さずに、まっすぐに誠実に問うという姿勢を、先生から教えていただきました。

自分が本当に知りたいことを、誤魔化さずに、率直に問う。
これをし始めて、私は初めて、問うとそれに対して必ず応答が返ってくるということを体験的に知りました。
でも、それはあくまで応答であって、回答ではありませんでした。
逆に自分が問われているのだ、ということに気がついたのです。
あなたは目に映る現象をどのように捉え、それに対してどのように応答していくのですか?と。


私たちは、生きる意味を問うてはならないのです。
人生こそが問いを出し私たちに問いを提起しているからです。
私たちは問われている存在なのです。
私たちは、人生がたえずそのときそのときに出す問い、「人生の問い」にこたえなければならない、答えを出さなければならない存在なのです。
生きること自体、問われていることにほかなりません。
私たちが生きていくことは答えることにほかなりません。
そしてそれは、生きていることに責任を担うことです。
「それでも人生にイエスと言う」V.E.フランクル著


以前読んだこの言葉。
読んだ時はよく理解できませんでしたが、この言葉が最近腑に落ちました。
同じくフランクルの名著「夜と霧」を昨日読み返していましたが、良かったです。



愛と感謝をこめて





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# by ramram-yoga | 2017-12-14 20:17 | 社会的視点
光の体
ただいま、博多行きの新幹線の中です。
この本を書いた方に会いに。
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合気道なんて、やったことがないのに(笑)
この本を読んでふと、「このお方とは、いずれ会うことになるだろうなぁ」と思いました。
その後、トントンと手はずが整い、今日お会いできることになったのです。
人とのご縁というのは不思議。
距離も年齢も、何も関係なく、必然的に出会えるものなのですね。


***************



こちらは先日、この錦戸先生から実際にお稽古を受けているある人から感じたことを描いたものです。
久しぶりに上の本を引っ張り出して見てみて、なんと表紙に書かれている光と同じ様相をしていたので、少し驚きました。

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さてさて、どんな展開が待っているでしょうか^^


愛と感謝をこめて

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# by ramram-yoga | 2017-12-11 13:13 | drawing
完全とは
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「あなたは今のままで完全ですよ」

というような言葉を時々見聞きしますが、いまいち理解できるようなできないような。
だって、完全と言われても、まだまだ成長の余地があるし…。
と思っていたのですが、今日ひとつ気づいたことがあるので、言語化しておきます。

今日は福井で初級ダルシャナ(カウンセリング)の自主研修会があり、ファシリテーターとしてお伺いしました。
参加者は交互にセラピスト役とクライアント役とに分かれ、カウンセリング・トークの練習を行っていきます。
ファシリテーターや導き手がいるこのような場では、セラピスト役が行き詰っても、ヘルプサインを出せば、そこで助け舟があります。

でも、実際のカウンセリングの場では、そういうわけにはいきません。
30分なら30分のカウンセリングの間、クライアントと一対一。
逃げ場はありません。
クライアントからどんな話が出てくるか、本当に分かりません。
当然、ヘビーな話題も出てきます。
でも、カウンセリングが始まったら最後、誰にも頼ることなく、その与えられた30分を自力で終えなければなりません。
これは、ある意味苛酷な状況です。

でも、このように誰にも頼れない状況になってはじめて、セラピストは今自分が持っているものをフル活用します。
この際、理論がどうとか、技法がどうのとか、あれこれ考えている場合じゃありません。
とにかく、技法あの手この手、そして自分のこれまでの人生経験から使えるものは何でも引っ張り出してきて、目の前のクライアントさんに最善のことができるように、最大限の努力を払います。

この経験が、セラピストとしての器を、大きくしてくれるように感じています。
「自分が未熟で申し訳ない」というような思いを持つことは、一見謙虚なようでいて、お金を払って期待して来てくださっているクライアントさんに対しては、失礼です。

私が最近セラピーにおいて意識していることは、一回一回のセッションにおいて、完結させること。
クライアントさんが楽になりたくて来られているのなら、何回か来ていただいた上で楽になることを想定するのではなく、今日このセッションで、楽を体験していただく。
もしくは楽になることへの希望を持って帰っていただく。

この変化する世の中で、完全性というものを体現することができるとするなら、そのような形で可能なのではないか、そんな風に思いました。
つまり、その時その時に、自分の持つ力を余すことなく発揮すること。
その時その時を、完結させること。

私たちは、そのひと時ひと時に全力投球し、完結させることによって、いつも、完全性をあらわすことができるのだと思います。
これは、非常に能動的要素を伴うことです。

「今のままでいいから」と、好き放題するのとは違います。
与えられた宿命に対して受動的だからです。
一見好き放題しているように思えて、実は翻弄されている訳です、与えられたものに。

完全性というのは、むしろその対極にあるのではないでしょうか。
どのような場であれ文句や言い訳を口にせず、与えられているものを引き受けて立つ。
そして、全力投球して、完結させる。
そういう風に考えてみると、冒頭の言葉は、納得できます。
でももっとしっくりくる表現に変えると、こんな感じかな。

「わたしたちはいつも、自己の中に完全性を見出し、体現することができます」


***************


自主研修会前に、深緑(ふかみどり)というヴィーガンカフェで、ランチをごちそうになりました。
いつもお招きくださる、福井のヨーガ療法士の素敵ご夫婦に、心から感謝。
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そして、本日の自主研修会も、涙あり、笑いありで、とても濃密な素敵な時間でした。



感謝と愛をこめて





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# by ramram-yoga | 2017-12-10 23:55 | 最近のいろんなこと
愛・光・美
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12月に入りましたね。
「愛・光・美」
今月は、これをテーマにしたいと思います。

何かを選択するとき、行動するとき。
そこに愛があるか、光があるか、美しさがあるか。
これらを基準とすると、まず間違いが無さそうです。

中でも最近興味を持っているのは、美しさについて。
生命力が発揮されるほど、そこに美しさが表れるように思います。






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先日、美構造開脚インストラクターの認定試験を受けてきました。
試験後、開発者の藤原先生、試験のモデルになってくださったMasayoさんと。
いつも楽しく、美構造の神髄を教えてくださるお二人です。
この美構造メソッドでも、どんどん美しく魅力的になれるんですよ^^




開脚セッションを受けてみたい方は、こちらよりどうぞ。




開脚インストラクター(開脚セッションを自分で開催できます)の養成講座は、12月27日(水)にRam-Ram's Roomにて開催いたします。




  愛と感謝をこめて


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# by ramram-yoga | 2017-12-01 06:01 | 美構造メソッド