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人生の正午
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正常な人間が、
自分には生涯形而上学的事態が
およそ生じないなどという空想をするならば、
彼は形而上的事件を一つ忘れている。
それは自身の死である。

カール・グスタフ・ユング


35歳という年齢になって直面化した、自分にとっての”死”の問題は、しばらく解決しそうにありません。

どうにか納得しようと、落としどころをつけようとすればするほど、それが早合点であることに気がづきます。

まるで、泥沼に足をとられてどんどん沈んでいくようです。


日常の雑事や、直面している世俗的な問題が途切れた時、突如として表れてくるこの”わたしとは何か”という問題。

なぜ、私は私なのか。

この目の前に広がる巧妙な世界は、一体誰が作ったのか。

すべてを根底で支えているものとは、何なのか。

小さい頃に考えていた事と全く同じ疑問ではあるのですが、その時よりもっと差し迫った形で繰り返される毎日。

これまでたくさんの数えきれない人達が、この問いに挑んできた訳であって、納得して死ぬ人もいれば、全く納得することなく死んだ人もたくさんいたのだろうと思います。

でも、わかっていることはただ一つ。

どうであれ、例外なく全員に、いつか必ず死が訪れるということ。



******


そんな、行ったり来たりの、混乱気味の毎日を送っている中、あるユングの言葉に出逢いました。

ユングは35歳から40歳を「人生の正午」と呼び、人生の重要な転換期、また心理的危機の時期として取り上げたそうです。

人生の正午はその人らしい人生を作り上げていく個性化の契機でもある。と。


・・・人生の後半に足を踏み出すとき、人生の前半に属しているものを脱皮しなければならない。

人生の後半とは精神の元型と自己の元型に直面する時期である。

・・略・・

個性化を達成すると人格の中心はもはや自我ではなくなる。

意識と無意識を統合する自己との出会いによって人は平静を手に入れ、死を恐れなくなる。

ユングは『人生の自然な終点は老いではなく、叡智である』と弟子たちに述べた。

アンリ・エレンベルガ―著『無意識の発見(下)』より





人間はそんな境地に、到達することができるのですね。
中でも、個性化とは自我のなせる業というような印象を受けますが、ユングによるとそうではない。
真の個性化とは、自我を脱したところにある、ということ。

私の年齢は、まさにユングの言う「人生の正午」にさしかかったところです。
心理的危機が訪れているなら、じっくり腰を据えて向き合っていきたいと思います。
もう、わかったフリと平気なフリは、しないように…。



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# by ramram-yoga | 2017-06-04 22:44 | ことば・メッセージ | Comments(0)
公開シンポジウムのお知らせ
6月25日(日)、公開シンポジウムを開催いたします。
このシンポジウムを主催するのはプロジェクト「いのち」という、「いのち」に関する共通認識を深めるための学際的な研究会です。
医学、科学、宗教学、哲学、教育学、芸術学、心理学等様々な分野の研究者・実践者が集い、また専門家に限定されることなく、誰もが参加し対話できる開かれた場でもあります。
私も4年前からほとんど毎回参加していますが、いつも新鮮な視点と深い示唆をいただいています(プロジェクト「いのち」のHPは こちら)。

今回のシンポジウムでは、≪いのち≫の立場から、現代の問題の一つである“孤独”に焦点を当て、つながりの中で感じる孤独の正体とは何かを考えます。
現在私が毎週授業を聴講させていただいている広井先生もご登壇されます。
一般の方でもどなたでも参加できますので、ご興味のある方は是非どうぞ(事前申し込み不要)。
私も受付でお待ちしております^^




日 時:平成29年6月25日(日)  14:00~17:00
場 所:キャンパスプラザ京都2階 ホール
    〒600-8216 京都市下京区西洞院通塩小路下る
    TEL: 075-353-9100
    (京都駅ビックカメラ前、JR京都駅ビル駐車場西側)

シンポジウム:「孤独なコミュニティーをどう生きるか」
       ― つながりの中で感じる孤独の正体 ―

シンポジスト:
・京都大学  広井良典 教授「いのちとコミュニティー」
・大阪経済大学 德永光俊 学長「いのち」から見た農業の歴史と未来
・関西大学 近藤誠司 准教授「災害から浮かび上がる現代社会の脆弱性」


タイムテーブル:
13:30−14:00 開場
14:00−14:05 開会挨拶
14:05−14:35 「いのちとコミュニティー」        広井良典先生
14:35−15:05 「いのち」から見た農業の歴史と未来    德永光俊先生
15:05−15:35 「災害から浮かび上がる現代社会の脆弱性」 近藤誠司先生
15:35−15:45 休憩
15:45−16:55 パネルディスカッション 進行:丘山願海 所長
16:55−17:00 閉会挨拶


略歴:
〇 広井 良典(ひろい よしのり)京都大学こころの未来研究センター教授
1961年岡山市生まれ。東京大学教養学部卒業(科学史・科学哲学専攻)、同大学院修士課程修了後、厚生省勤務をへて1996年より千葉大学法経学部助教授、2003年同教授。この間、2001―02年MIT客員研究員。2016年4月より現職。専攻は公共政策及び科学哲学。社会保障、医療・福祉、都市・地域等に関する政策研究から、ケア、死生観等に関する哲学的考察まで幅広い活動を行っている。
『日本の社会保障』(岩波新書、1999年)でエコノミスト賞、『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書、2009年)で大仏次郎論壇賞受賞。他の著書に『死生観を問いなおす』(ちくま新書)、『定常型社会』(岩波新書)、『ポスト資本主義』(同)など多数。
この間、教育再生懇談会委員、国際協力機構(JICA)社会保障分野課題別支援委員会委員、内閣府・幸福度に関する研究会委員、厚生労働省・統合医療のあり方に関する検討会委員、総務省・緑の分権改革の効果の評価手法等に関する研究会委員等を務める。

〇 德永 光俊(とくなが みつとし)大阪経済大学学長
1952(昭和27)年愛媛県生まれ。京都大学農学部農林経済学科卒業後、同大学院農学研究科後期博士課程単位取得。京都大学農学博士。大阪経済大学経済学部教授を経て、現在、同大学学長。『日本農書全集』(共編著、農文協)、『日本農法の水脈-作りまわしと作りならし-』(農文協)、『日本農法史研究-畑と田の再結合のために-』(農文協)、『日本農法の天道-現代農業と江戸農書-』(農文協)、『写真でみる朝鮮半島の農法と農民』(共編著、未来社)、『黒正巌と日本経済学』(編著、思文閣出版)など
編著書多数。

〇 近藤 誠司(こんどう せいじ)関西大学准教授
京都大学大学院情報学研究科博士後期課程指導認定退学。博士(情報学)。
元NHKディレクターとして災害報道に従事。NHKスペシャル『メガクエイク 巨大地震』で科学技術映像祭・内閣総理大臣賞を受賞。人と防災未来センター・リサーチフェロー、京都大学防災研究所巨大災害研究センター非常勤講師、神戸学院大学非常勤講師を兼務。主な著書に『ワードマップ 防災・減災の人間科学 いのちを支える 現場に寄り添う』(新曜社, 2011)、分担執筆で『現場でつくる減災学 共同実践の五つのフロンティア』(新曜社, 2016)など。年間50本ほど、各地で講演活動をおこなっている。テーマは、地域防災や防災教育、災害情報とメディアなど。日本で唯一の「災害ジャーナリズム論」のゼミナールを開講。2016年度「ぼうさい甲子園」で優秀賞受賞。


◎定例会参加費(当日お支払い)
一般の方は2,000円
学生・高齢者は1,000円


尚、出欠の御返事を6月16日(金)までに、下記メールアドレスに御連絡頂ければ、シンポジスト3名の抄録を、事前に添付資料にて送付させて頂きます。

inochi.project@@gmail.com
(@をひとつ除いてください)

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# by ramram-yoga | 2017-06-03 11:17 | Infomation | Comments(0)
息子の誕生日
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6月に入ると、自宅の周りの田んぼに一斉に水が張られ、急にあたりが静けさに包まれます。
水には、不思議な力がありますね。

明日は息子の誕生日。
6年前に息子が生まれた時、退院してから実家に帰省するまでの数日間、自宅で息子と二人きりで過ごしました。
外は今と同じように田んぼに水が張られ、とても静かだったのを覚えています。
その静かな中、横でほとんどの時間寝ている息子を眺めながら、私もまだまどろんでいて、思考も働かないでいました。
つい数日前まで私とひとつだった息子を眺めながら、でもまだひとつのような感覚も持ちながら、2人寄り添って、ただただずっと寝転んでいた数日間でした。

あの時のことが、毎年この季節になると、よみがえってきます。
なんともいえない静けさと、幸福感を伴って。


********


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さて。
書いている間にスポンジが焼けました。
明日は息子と一緒に、これにデコレーションをします。











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# by ramram-yoga | 2017-06-02 13:01 | 出産・子育て | Comments(0)
5月の読書本
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24.『学生・研究者のための学会ポスターのデザイン術』宮野公樹著
25.『依存と虐待』斎藤学編集
26.『響存的世界 (鈴木亨著作集第四巻)』鈴木亨著
27.『人類の未来ーAI、経済、民主主義』ノーム・チョムスキーほか著★
28.『「気」の死生観』河野十全著
29.『「気」で生きる』河野十全著(再読)
30.『河野十全の宇宙意識の言葉』心理生活研究所 人間社 編
31.『封印された叫びー心的外傷と記憶』斎藤学著
32.『生活保障ー排除しない社会へー』宮本太郎著★
33.『ヘンでいいー「心の病」の患者学ー』斎藤学・栗原誠子著
34.『唯識の心理学』岡野守也著
35.『続・ゆかいな仏教』橋爪大三郎・大澤真幸著
36.『シンナー乱用の治療と回復』小沼杏坪著
37.『あなたを変えるダウジング』堀田忠弘著
38.『薬物乱用と家族』斎藤学著
39.『幸福の政治経済学』ブルーノ・S・フライ、アロイス・スタッツァー著★
40.『ウニヒピリ』イハレアカラ・ヒューレン、KR著(再読)
41.『地方消滅 東京一極集中が招く人口減少』増田寛也編著★
42.『自分の居場所のみつけかた』斎藤学著
43.『仏の教え ビーイング・ピース』ティク・ナット・ハン著(再読)
44.『ホ・オポノポノ』イハレアカラ・ヒューレン著
45.『その後の不自由』上岡陽江、大嶋栄子著
46.『「家族神話」があなたをしばる』斎藤学著
47.『呼吸による気づきの教え』井上ウィマラ著
48.『ケア学ー越境するケアへー』広井良典著

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4・5月で、それまで狭かった視野が開けていく経験を多くしました。
中でも、京都大学で広井良典先生の「現代社会論演習」を聴講させていただいていることはひとつとても大きなきっかけとなりました。
★マークのついている4冊は授業のテキストでもあります。
これまで読んだこともないような政治経済についての本を、最初は恐る恐る手にとって読んでいました。
初めて見る言葉、視点、価値観、提言、そして、目をそむけたくなるような現代社会のリアルな問題。
しかし、テキストを読んで咀嚼し、何とか自分の考えとしてレポートにまとめ、他の方々の意見と共にディスカッションしていく中で、これは決して自分と無関係のことではないのだという実感がつかめてきました。
そして、この現代の社会経済を読み解いていくマクロな視点の中に、個人レベルのミクロな視点で読み取れる事と同じような現象を見ることができる、という感覚が出てきました。

このような感覚がつかめているのは、まさに広井先生の見識の深さと、様々な意見に耳を傾け、理解することのできる包括力なのだということが、だんだんとわかってきました。
本当の意味で学識が深い人とは、自分の専門分野について深さがあるだけでなく、他分野にまたがって幅広く、しかも深い。
それだけではなく、その隅々にまで自分の考察が行き届いている。
また、基礎教養が揺るぎなくしっかりとしている(ここをおろそかにしている専門家は案外多いのではないかと思うのです、自戒の念を込め)。
だから、どんな意見が出ても、カテゴリーエラーを起こすことなく、包含することができるのだと思います。
そして、そこには前提として、遍在する人間的な温かさがあります。


さて、ここからはお知らせ。
来月は京都で、シンポジウムがあります。
広井先生もシンポジストとしてご登壇されます。
私も受付でお待ちしております^^







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# by ramram-yoga | 2017-05-31 19:37 | | Comments(0)
死と再生のつながりを見つめる
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今日は『呼吸による気づきの教え』を読んでいました。
著者の井上ウィマラ先生は高野山大学で教鞭もとっておられ、学際的に研究をなさっている方でもあるので、学会のシンポジウム等でお話を拝聴したことはありました。
その一方でヴィパッサナー瞑想の実践者でもあります。
本を読んでいると、ご自身が瞑想によってかなり深い境地にまで達していらっしゃることが分かりました。
一貫して、丁寧で、清らかで、洞察の深い内容でした。

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その中で、輪廻思想についての記述がありました。

仏教には「天眼智」という智慧があり、これによって、死んでゆく過程や生まれ育つ過程を繰り返し見つめていると、心の思いや行動のエネルギーによってさまざまな生存領域に輪廻転生する業(カルマ)の法則性に気づくというのです。
それはまるで、観察力のある人が、目の前に行き交う人を見ながら「あの人たちは家に入った。あの人たちは家から出ていった。あの人たちは広場の真ん中に座っている」と観察しているようである、といいます。

そして、死の直前、死後に生まれ変わる世界の様子(Gati-nimitta)が予兆として見えることがあるのだそうです。
例えば、天からお迎えが来るのを見て歓喜にひたる、等。
それらのイメージは極めて明瞭であるため、実際に今ここでこれを実体験しているような意識作用が生じる。
すると、全身で体感した思いの力が時空のほころびを作り、業のエネルギーが瞬時に次の生涯へと転送されるのだというのです。

それに対し、輪廻から解脱する智慧を完成させると、どんなイメージが浮かんできても、それが記憶を介して作られたものであることに気づいて、自覚していることができるのだそうです。
そのおかげで、死の間際にどんなイメージが出てきても、それをありのままに見つめ、それが消えていくことを自覚できる、と。
つまりそれが輪廻転生からの解放(解脱)ですね。

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物事に対する洞察が深まっていくというのは、このようなことなのかと、感動を覚えました。
そのように物事が修行者によって観察される様子を、ブッダは長部経典の『修行者となる成果についての教え(Samannaphala-Sutta)』で下記のように述べています。


そのように、修行者は集中して、澄み切り穢れなく柔軟で揺るぎない心を、生き物たちの死と誕生を知る智慧に向ける。
彼は、超人的に清らかな天眼智で、生き物たちが死んでゆく様子、生まれてくる様子を遍(あまね)く知る。
卑しいものも高貴なものも、美しいものも醜いものも、幸福なものも不幸なものも、業に従って生まれてくる生き物たちのことを遍く知るのである。
               井上ウィマラ『呼吸による気づきの教え』より


偉大なる覚者・ブッダの教えを、改めて学んでみたいと思います。



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# by ramram-yoga | 2017-05-30 18:57 | ことば・メッセージ | Comments(0)