Ram-Ramのホームページはこちらをクリックして下さい
”わたし”との対話
今年が終わる前に、ひとつ、書き留めておきたいことがあります。
今年、自分自身の認識が大きく転換した一番大きな転機となったのは何だったのかというと、ある日突然始まった不思議な”対話”でした。
7月中旬の夕方のことです。
ある論文の構想を練ろうと自室に座り、ノートを開いてペンを持ち、アイディアが浮かんでくるのを待っていました。
すると、胸の中心から頭に向かって、何か意識の流れのようなものが生じてきたのです。
その意識は次から次へと浮かんできました。
それを私なりに言葉に変換して、ノートに書き始めました。
なんだか、人格を持った何かが、私に語りかけてくるような文章が、どんどん出来上がっていきました。
こんな経験が初めてだった私は、ノートに向かってその存在に「あなたは誰?」と問いかけました。
すると一言、「わたしはあなた」という答えが返ってきます。

それから毎朝、その”わたし”と名乗る存在との対話が始まりました。
早朝に起き、呼吸法と瞑想をし、聖音のマントラを唱え、心を静めて待っていると、スーッと言葉がやってきます。
それをひたすら、ノートに書き留めていきました。
書き出さずに放っておくと、その言葉がおでこのあたりにぎゅうぎゅうに詰まってきて、書き出すまでずっとおでこに居座るのです。
私はその”わたし”から、色々なことを教わりました。
その内容は一貫して、愛に満ちたものでした。

この世界は愛なくしては成り立たないこと。
私たちは愛そのものであり、愛無しには存在し得ないこと。
生きているということは、愛されているということ。
愛について最初に学ぶべきことは、愛されていることに気づくこと。
愛を目いっぱい受け取って、満たされて歓ぶこと。
そして、安心感から動くこと。

その存在から、毎日毎日、まるでシャワーのように愛していますと言われました。
時には、あなたの細胞すみずみにまで行きわたっている愛を感じるようにと言われ、また別の時には、「あなたがどんなに愛されているか!どうやったらこの愛が伝わるのか!」と、もどかしく身悶えするような感じが、その”わたし”から伝わってくることもありました。
そして私はだんだん、自分がすでに絶対的な愛の中にいること、そして愛されると感じることがいかに心に平安をもたらすかに気づきました。

その対話が始まる直前、私は日々「なぜ生きているのか」「自分とは何なのか」という考えに圧倒され、寝ても覚めてもこの考えに取りつかれて、深刻な状態から抜け出せなくなってしまっていました。
しかし、その対話が始まってからというもの、それまで私の心を占領していた、深刻さ、欠乏感、虚無感、孤独感などが嘘のようになくなり、代わりに安心、愛、平和、穏やかさといった感覚に満たされていきました。


今年10月に自費出版した日めくりカレンダー。
このカレンダーも、”わたし”から作るように言われ、作りました。
そして、あれよあれよという間に、完成しました。
これは、その”わたし”から受け取ったメッセージをできるだけそのまま載せています。
そのままでは分かりにくいと感じた部分は、できるだけニュアンスを損なわない形で表現を変えています。
始めは、どのくらいの方が読んでくださるか、見当もつきませんでした。
ですが、ひとつひとつ、ご縁のある方の元へ届いています。
a0118928_19132203.jpg
Ram-Ram's Roomにヨガや個人セッションで来てくださる方が買ってくださったり、仲間の手から渡っていったり。
中には2冊、3冊と買って下さり、プレゼントとして大切な方に渡してくださったり。
ヨガの先生が、クラスの瞑想でこのカレンダーの言葉を題材にしてくださったり。
私の尊敬するいく人かの先生のクリニックや治療院などに、置いていただいたりもしています。

親しくさせていただいている書家の方が、カレンダーの中の一節を、美しい字体で書いてくださいました。
a0118928_19133107.jpg


今は、以前のように毎日ではありませんが、時々”わたし”からメッセージが届きます。
つい先日は、「自我にまだ未練がありますか?」と、言われました。
”わたし”によると、もうそろそろ、自我としての私の人生は、終焉を迎えるようです。
言われた時は、そんなにすぐなのですか?と驚きましたが、ここ数日間で畳みかけられるように、また大きく認識が変わりました。
さて、どうなるのでしょう^^

あ、まだ死ぬわけではないのでご安心を(笑)


***************

カレンダーは、1冊1,000円です。
4冊までのご注文でしたら送料は164円、5冊以上ご注文の方は、送料は無料です。

日めくりカレンダーのご注文はこちらよりどうぞ↓

もちろん、普段お会いしている方でしたらお持ちいたしますし、ラムラムルームでも販売しています^^

**************



  愛と感謝をこめて





[PR]
# by ramram-yoga | 2017-12-30 00:48 | "わたし”との対話
わたしたちを惹きつけてやまない彼
a0118928_13144856.jpg
少し長い引用ではありますが、私たちを絶えず引き付けてやまないものの本質について、端的に文章に表しているヴィヴェーカナンダの文章を。


人が知性の段階よりさらに高く、単なる思考の段階よりも高くのぼるとき、彼が霊性の段階、神的霊感の段階に達するときには、彼はそこに至福の境地を見いだします。
それにくらべたらすべての感覚のたのしみは、いや知性のたのしみさえ、無にひとしいのです。
月が光りかがやくと星々のすがたはかすかになります。
そして太陽がかがやくと、月そのものがかすかになります。
ちょうと、もっとつよい光の前ではよわい光はつぎつぎにかすかになってゆき、ついには全部がきえてしまうようなものです。

われわれにほんとうに必要なのは、うつくしいものへの渇望を神に向ける、ということです。
人の顔の、空の、星の、月のうつくしさは何ですか。
それは真の、いっさいを抱擁する神の美の、部分的な理解にすぎないのです。
「彼がかがやいて、あらゆるものは輝く。
 すべてのものがかがやくのは、彼の光によってである」
あなたにあなた方の小さな個体性のすべてをただちに忘れさせる、バクティのこの高い境地をおとりなさい。
すべての、この世の小さな利己的なしがみつきから、自分をおはなしなさい。
ときどきは小さな摩擦もおこります。
しかしそれはただ、もっと高い真の愛を成就するための努力の過程です。
ときどきは小さなたたかいや小さな堕落もあります。
しかしそれはすべて、途中のものにすぎません。
わきに立って、これらの摩擦を自由におこさせておやりなさい。
あなたは摩擦を、自分がこの世のながれの中にいるときだけ、感じるのです。
単に目撃者として、またまなぶ者としてそれのそとがわにいるときには、そこに、神が愛としてみずからをあらわしておられる幾百万の通路を、見ることができるでしょう。

「すこしでもよろこびのあるところにはかならず、たとえもっとも官能的なものの中であっても、そこには主おんみずからであるところの、かの不滅の至福のひらめきがある」もっともひくいたぐいの魅力の中にも、神の愛の芽があります。
実は彼の魅力が、人間のハートをひきつける唯一の魅力なのです。
誰がたましいを、ほんとうにひきつけることができますか。
彼だけです!

われわれはたえず彼にひきつけられており、すべてが、彼に到達しようともがいているのです。
この世におけるわれわれのこの奮闘はすべて、決して利己的な目的のものとにおこなわれているのではありません。
彼らの生涯の仕事は結局、かの巨大な磁力に近づくことなのです。
人生の膨大な努力とたたかいのすべては、われわれをして彼に近づかせ、ついには彼と一体にならせるためのものであります。

スワミ・ヴィヴェーカナンダ「バクティ・ヨーガ」より



    愛と感謝をこめて

[PR]
# by ramram-yoga | 2017-12-29 17:44 | ことば・メッセージ
至福をめざして
a0118928_11115259.jpg
先日の記事 でも触れましたが、今年は個としての幸せを、思う存分享受した一年でした。
いえ、正確には下半期ですね。
”足りない” ”もっと欲しい”という欠乏感から動くのをやめ、”すでに持っている” ”満たされている”という感覚から動くとはどういうことか、ということを学びました。

もっと端的にいうと、”受け取る”ということを選択した一年だったと思います。
それまでいかに、自分が受け取っていなかったか、ということに気づきました。
いつもいつも懐の深い豊かさに包まれていたにもかかわらず、それまで気が付かず、足りない、もっともっと、と思っていたのです。
その原因は、自分の意識にありました。
「自分はその恩恵を受け取るに値しない」と、無意識的に思っていたところがあったのですね。
言ってみれば、豊かさを享受することを、「受け取れない‼自分でやりますからっ‼」と、かたくなに防御していたのでした。

でも、なんでもかんでも自力で頑張るのではなく、力みを緩めて、助けてもらえばいいのですね。
周りに自分よりできる人がいると、「私も頑張らなきゃ」と思っていたものですが、最近は、私よりできる人にどんどん助けてもらうことにしています^^
そういうことでいえば、ポカをすることが多くなりました(笑)
しかし、自分ひとりで頑張ろうとしていた時より、格段に穏やかで和やかで、人の親切や愛情にいっぱい触れることができています。
あぁ、豊かだな~…と、しみじみ思うことが、本当に増えました。

自分には無限の可能性があり、物質・非物質共に無限の貯蔵庫から必要なものをいつでも引き出せることができる。
なぜなら、”わたし”とは実は、米澤紗智江という個人に限定されたものではなく、目に映る世界そのものだから。
そうやって、”わたし”というもののアイデンティティが個という垣根を越えて広がった上で動く。
すると結果として、個としての私において豊かさがもたらされる。
感覚としては、そんな感じでした。

**************


ですが、個としての幸せを求め続けるのは、もういいかな、と、思い始めています。
個としての幸せは、どうしても物質的な諸条件と関連があります。
健康状態、人間関係、経済面。
そして、それら諸条件の先にある幸せとは、どこまでいっても状況依存的です。

段階としては、個としての幸せや満足を得ることは、必要だと思っています。
今幸せじゃないのに、今苦しいのに、今欠乏感でいっぱいなのに、その原因が我執(自我)や執着が強いために生じてきていて、そこから離れられないからだめなんだという風に捉えてしまうと、その人は一層自分の至らなさに苦しめられることになります。
何かを犠牲にしたり抑圧してがんばっているうちは、どこかで必ず無理が生じてきてしまいます。
今考えると、私は長い間このループにはまってしまっていたのではないかと思います。

でも本当は、そうじゃない。
そういう状態にある時こそ、満たされて安心する体験が、まず必要だと思うのです。
そうして、満たされて安心して、たくさんの豊かさをいっぱい享受して満たされた時に、自我意識に縛られていることがいかに自分を限定してしまっているかが分かり始めます。
そして、そうなってはじめて見えてくる次の世界があります。

それは、個としての人生における物質的・精神的な満足とは比べ物にならないほどの、強烈な至福の世界。
なんとも静かな、光と愛に満ち溢れた世界。
今ちょっと、垣間見ているだけです。
でも、そちらに強烈に、惹きつけられつつあります。
そっちに行きたい。
なぜか懐かしく、恋焦がれています。

個という意識を弱め、個を解放していくことに、以前のような恐れや気後れはありません。
個の意識は、もともとあったものではなく、後天的なものだったのだ、ということが、腑に落ちつつあります。


   愛と感謝をこめて






[PR]
# by ramram-yoga | 2017-12-28 12:24 | 死生観
美構造®開脚システム指導者養成講座


a0118928_17194611.jpg
今日は、Ram-Ram in the Greenにて、美構造開脚システム指導者養成講座を開催しました。
チーム瑛の開脚システムマスター渡邉先生と私のW講師での開催。
今回は沖縄と岡山より、お二人の方に受講いただきました。

まずは、渡邉先生から美構造姿勢についてのレクチャーから(上の写真)。
身体のこと、気のことに関しては達人級の先生より、かなりコアな内容をたくさん学ぶことができました。

美構造メソッドは、古武術や礼儀作法など日本の伝統のエッセンスを元に開発されたからだの使い方メソッドです。
メソッドそのものの質が、上質なのです。
バストアップ、ヒップアップ、ウエストが上がる、肌がきれいになる、顔がリフトアップする…といった美容上の効果。
丹田が活性化し、重心が下に降りてバランスが良くなり、身体に一本軸ができるといった、身体的効果。
意識状態が変わる、平安や安心を感じる、相手と一体感を感じる等の、精神的効果。
人生が拓ける、出会いが変わる、ひいては運命が変わる…といった、運勢の変化。
人それぞれ、実感している効果は様々です。
それぞれが受けたい恩恵をそれぞれに享受できる、それが美構造の懐の深さだと思っています。

レクチャーの後は、実践。
やりあいっこをしながら、みっちり練習しました。
美構造姿勢をとると、たちどころに身体が変化していきます。
a0118928_22204591.jpg

また、丹田が活性化していきます。
これがとても面白いのですが、アシストしている側の丹田も、共鳴現象によって活性化し、どんどんする側とされる側の距離感が無くなっていくのですね。
受講されたお二人それぞれに、いろいろと体感し、感じてくださったことがあったようです。
a0118928_22234334.jpg


私自身も、美構造に出逢って3か月余り。
いろいろなことが変わりました。
というより、いろいろなことが変容している途上で美構造に出逢い、そのことでまた新たな世界がどんどん拓けていったという感じです。
身体が変われば意識が変わる。
意識が変われば現実が変わっていく。
そういうことを体験した一年でした。

さて。
今年は自分の認識が大きく変容した一年でした。
来年は、自分だけでなく、皆さんとそんな場を共有する方に活動の場をシフトしていきたいと思います。
こちらでも、順次お知らせいたしますね。
どこかでご一緒できればうれしいです^^


※本日開催した美構造開脚システム指導者養成講座は、リクエスト開催です。
 受講をご希望の方は、下記をご覧の上、お申し込みください。


養成講座を受けるより、まずは開脚システムのセッションを受けてみたいという方は、こちらよりどうぞ。







    感謝と愛をこめて





[PR]
# by ramram-yoga | 2017-12-27 21:04 | 美構造メソッド
個としての幸せ、ここに極まる
a0118928_18335301.jpg
大そうなタイトルにしてしまいました(笑)
が、さっきふと、この言葉が浮かんできて、妙に納得しました。

今日は幸せなクリスマス・イブでした。
子どもと一緒にケーキを作り、家族とお祝いをしました。
サンタさんからのプレゼントを心待ちにしている子どもの表情を眺めながら、満ち足りた気分でいます。
家庭生活においてこれ以上何も求めることは、もうありません。

今年は、幸せや豊かさといったものを、思う存分受け取った一年でした。
不足感や欠乏感から動くのではなく、幸せで満たされることを受け入れ、選択し続けました。
私たちは目の前の現実に対して無力で受動的ではなく、実は私たちの意識が現実を創り出しているのだということを、感じさせられました。
そして今、私は幸せで満ちたりています。
これは、「~~だから幸せ」「○○だから不幸」といった、条件付きの幸せではありません。
幸せを選択すると、どんな状況であれ、その人は幸せになることができると思っています。
幸せを選択したその瞬間から、幸せへの道がひらけていくのです。



その一方で、個人としての幸せとはまた違う幸せというものが、その存在感を大きくしはじめています。
そこはとても静かで、光と歓喜に満ちた世界が、広がっていきます。
普段世俗的・物質的な豊かさや幸福にフォーカスしているとなかなか感じられないような、精妙な幸福。

でもよく考えてみると、この幸福は、そういえば以前から感じ、求め続けていたものでもありました。
しかし以前とは、出発点が違います。
以前は、欠乏感から出発し、今自分にはないものをどこかに求めるような感覚を持っていました。
今は違います。
私はすでに、満たされているということを知っています。
そして、その精妙な幸福は、フォーカスのしどころを変えるとすぐにでも一体化できるような、実は私の一番近くにあるようなものなのではないかと思うのです。


私は今までずっと、この世界のたくさんのものに魅了され続けてきました。
日々目にする風景、木々や花々、日々接する人たち。
この世界が本当に好きで好きで、時々この愛おしい気持ちのもって行きどころが分からなくなるなるほどに、気持ちを抑えきれなくなりそうになることがありました。
でも、よくよく観察してみると、その対象物そのものに愛おしさを感じていたのではなかったのだ、ということが分かってきました。
私が絶えず引き付けられ、愛おしさを感じていたのは、それら目に映る対象物の背後に遍在している生命原理だったのでした。
ヨーガではこのことを”ブラフマン”と呼びます。
私はここでは、”いのち”と呼びたいと思います。

その、もともと一つの”いのち”が、個々の生命という様々な様相で、この現象世界に立ちあらわれている。
もう、私はこの個々の生命それぞれにではなく、ダイレクトにこの”いのち”を求めたい。
求めるという言い方も、語弊があるかもしれません。
なぜなら、私自身も、この”いのち”のひとつのあらわれなのですから。


個としての意思から大いなる”いのち”の意思へ。
個としての幸福から、大いなる”いのち”の至福へ。
個としての人生における楽しみや快楽、満足も、大いなる”いのち”の至高の歓びを前にすると、次第にその力を失っていくのではないか。
そんな気がしています。

来年は、個としての我から、大いなる”いのち”に自分のアイデンティティを転換させていく一年となりそうです。
そんなに難しいことでは、きっとありません。
なぜなら、私たちはすでに、その大いなる”いのち”そのものなのですから。
そこに還っていきさえすれば、いいのです。





それではみなさん、素敵なクリスマスを162.png


  愛と感謝をこめて




[PR]
# by ramram-yoga | 2017-12-24 20:09 | 死生観