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永遠の生命
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今日はNHKこころの時代5月14日の「鈴木大拙先生と私」の録画を見ていました。
世界的な仏教哲学者、鈴木大拙の側近で長年教えを受けていた岡村美穂子さんが、鈴木大拙について語っていました。
紹介されたたくさんのエピソードの中に、禅、そして生命についてのエッセンスが詰まっていました。
その中で、印象に残った言葉を。

意識は常に意識できるものの中にこたえを見つけようとする。

そうか、そうそう。
何か、袋小路に入り込んでしまっているときは、いつも今の意識レベルで答えを出そうとしているから、なのですよね。
真実は、主体と客体を前提とする”思考”では、とらえることはできない。


**********

キリスト教にとっても神は人間の外にあるだけはなく、自分の内にあって、自分を生かしてくれているものです。
今まで長い間、神は外にあるものとして人間がそれを仰ぎ見るという感じでしたが、そうじゃなくて、神は自分の中にもある大きな生命です。
そして、死によって人間はその大きな生命の中に戻って行く。
それを復活というのです。
復活は蘇生ではないのです。
死んだ人間が突然息を吹き返したということではないのです。
大きな永遠の生命の中に戻って行くことなのです。

禅については、私はよくわかりませんが、執着や妄執から解脱して、いわゆる悟りをひらくということが、この永遠の生命に触れたということではないでしょうか。
お茶をやる方はご存じのように、お茶室のなかは静寂です。
しかしその静寂とは、何もない空虚な虚無ではありません。
そこに宇宙と生命とのふれあう接点があるのを茶人は感得しているのでしょう。
それと同じように、我々の人生の苦しみや我々の死に対して、神は沈黙しているように見えるけれど、それは必ずしも氷のような沈黙ではないかもしれません。

ひょっとすると、別世界の言葉を私たちは理解できないから、それが沈黙に見えるだけかもしれない。
それを日常の言葉では理解できないから、沈黙としか我々には思えないのかもしれない。
その理解できなかった世界へ、老年ののち死という通過儀式を経て入るのだというふうに、私は次第に思うようになりました。

遠藤周作著『死について考える』より



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# by ramram-yoga | 2017-06-07 19:39 | ことば・メッセージ | Comments(0)
維摩経
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今月のNHK100分de名著でピックアップされているのは、「維摩経」。
サブタイトルには、このような言葉が。

「自分」の枠をばらし、あらたな「私」を組み立てる。

なんてタイムリー。

紹介してくださったのは、私のかかりつけ医である斉藤クリニックの斉藤先生です。
心・身体・魂をも含めて深~い視点から診てくださる先生。
初めて診察を受けた時は、静かな衝撃を受けました。
まるで大海の中に放流されて自由に泳ぎ回る魚になったかのような感覚を覚えました。
治療者としての器が、とても、広く深いのです。
まだ、私には、その底が見えません。

先生のクリニックには本棚がたくさんあって、ぎっしりと本が詰まっていて、毎回のように本を貸し出してくださいます。
ものすごい読書家。
70歳を超えていらっしゃるのに、本当に真摯な追求をされていて、私も大いに触発されています。

さて。
第1回目の再放送は、明日の早朝です。



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# by ramram-yoga | 2017-06-06 19:38 | | Comments(0)
人生の正午
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正常な人間が、
自分には生涯形而上学的事態が
およそ生じないなどという空想をするならば、
彼は形而上的事件を一つ忘れている。
それは自身の死である。

カール・グスタフ・ユング


35歳という年齢になって直面化した、自分にとっての”死”の問題は、しばらく解決しそうにありません。

どうにか納得しようと、落としどころをつけようとすればするほど、それが早合点であることに気がづきます。

まるで、泥沼に足をとられてどんどん沈んでいくようです。


日常の雑事や、直面している世俗的な問題が途切れた時、突如として表れてくるこの”わたしとは何か”という問題。

なぜ、私は私なのか。

この目の前に広がる巧妙な世界は、一体誰が作ったのか。

すべてを根底で支えているものとは、何なのか。

小さい頃に考えていた事と全く同じ疑問ではあるのですが、その時よりもっと差し迫った形で繰り返される毎日。

これまでたくさんの数えきれない人達が、この問いに挑んできた訳であって、納得して死ぬ人もいれば、全く納得することなく死んだ人もたくさんいたのだろうと思います。

でも、わかっていることはただ一つ。

どうであれ、例外なく全員に、いつか必ず死が訪れるということ。



******


そんな、行ったり来たりの、混乱気味の毎日を送っている中、あるユングの言葉に出逢いました。

ユングは35歳から40歳を「人生の正午」と呼び、人生の重要な転換期、また心理的危機の時期として取り上げたそうです。

人生の正午はその人らしい人生を作り上げていく個性化の契機でもある。と。


・・・人生の後半に足を踏み出すとき、人生の前半に属しているものを脱皮しなければならない。

人生の後半とは精神の元型と自己の元型に直面する時期である。

・・略・・

個性化を達成すると人格の中心はもはや自我ではなくなる。

意識と無意識を統合する自己との出会いによって人は平静を手に入れ、死を恐れなくなる。

ユングは『人生の自然な終点は老いではなく、叡智である』と弟子たちに述べた。

アンリ・エレンベルガ―著『無意識の発見(下)』より





人間はそんな境地に、到達することができるのですね。
中でも、個性化とは自我のなせる業というような印象を受けますが、ユングによるとそうではない。
真の個性化とは、自我を脱したところにある、ということ。

私の年齢は、まさにユングの言う「人生の正午」にさしかかったところです。
心理的危機が訪れているなら、じっくり腰を据えて向き合っていきたいと思います。
もう、わかったフリと平気なフリは、しないように…。



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# by ramram-yoga | 2017-06-04 22:44 | ことば・メッセージ | Comments(0)
公開シンポジウムのお知らせ
6月25日(日)、公開シンポジウムを開催いたします。
このシンポジウムを主催するのはプロジェクト「いのち」という、「いのち」に関する共通認識を深めるための学際的な研究会です。
医学、科学、宗教学、哲学、教育学、芸術学、心理学等様々な分野の研究者・実践者が集い、また専門家に限定されることなく、誰もが参加し対話できる開かれた場でもあります。
私も4年前からほとんど毎回参加していますが、いつも新鮮な視点と深い示唆をいただいています(プロジェクト「いのち」のHPは こちら)。

今回のシンポジウムでは、≪いのち≫の立場から、現代の問題の一つである“孤独”に焦点を当て、つながりの中で感じる孤独の正体とは何かを考えます。
現在私が毎週授業を聴講させていただいている広井先生もご登壇されます。
一般の方でもどなたでも参加できますので、ご興味のある方は是非どうぞ(事前申し込み不要)。
私も受付でお待ちしております^^




日 時:平成29年6月25日(日)  14:00~17:00
場 所:キャンパスプラザ京都2階 ホール
    〒600-8216 京都市下京区西洞院通塩小路下る
    TEL: 075-353-9100
    (京都駅ビックカメラ前、JR京都駅ビル駐車場西側)

シンポジウム:「孤独なコミュニティーをどう生きるか」
       ― つながりの中で感じる孤独の正体 ―

シンポジスト:
・京都大学  広井良典 教授「いのちとコミュニティー」
・大阪経済大学 德永光俊 学長「いのち」から見た農業の歴史と未来
・関西大学 近藤誠司 准教授「災害から浮かび上がる現代社会の脆弱性」


タイムテーブル:
13:30−14:00 開場
14:00−14:05 開会挨拶
14:05−14:35 「いのちとコミュニティー」        広井良典先生
14:35−15:05 「いのち」から見た農業の歴史と未来    德永光俊先生
15:05−15:35 「災害から浮かび上がる現代社会の脆弱性」 近藤誠司先生
15:35−15:45 休憩
15:45−16:55 パネルディスカッション 進行:丘山願海 所長
16:55−17:00 閉会挨拶


略歴:
〇 広井 良典(ひろい よしのり)京都大学こころの未来研究センター教授
1961年岡山市生まれ。東京大学教養学部卒業(科学史・科学哲学専攻)、同大学院修士課程修了後、厚生省勤務をへて1996年より千葉大学法経学部助教授、2003年同教授。この間、2001―02年MIT客員研究員。2016年4月より現職。専攻は公共政策及び科学哲学。社会保障、医療・福祉、都市・地域等に関する政策研究から、ケア、死生観等に関する哲学的考察まで幅広い活動を行っている。
『日本の社会保障』(岩波新書、1999年)でエコノミスト賞、『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書、2009年)で大仏次郎論壇賞受賞。他の著書に『死生観を問いなおす』(ちくま新書)、『定常型社会』(岩波新書)、『ポスト資本主義』(同)など多数。
この間、教育再生懇談会委員、国際協力機構(JICA)社会保障分野課題別支援委員会委員、内閣府・幸福度に関する研究会委員、厚生労働省・統合医療のあり方に関する検討会委員、総務省・緑の分権改革の効果の評価手法等に関する研究会委員等を務める。

〇 德永 光俊(とくなが みつとし)大阪経済大学学長
1952(昭和27)年愛媛県生まれ。京都大学農学部農林経済学科卒業後、同大学院農学研究科後期博士課程単位取得。京都大学農学博士。大阪経済大学経済学部教授を経て、現在、同大学学長。『日本農書全集』(共編著、農文協)、『日本農法の水脈-作りまわしと作りならし-』(農文協)、『日本農法史研究-畑と田の再結合のために-』(農文協)、『日本農法の天道-現代農業と江戸農書-』(農文協)、『写真でみる朝鮮半島の農法と農民』(共編著、未来社)、『黒正巌と日本経済学』(編著、思文閣出版)など
編著書多数。

〇 近藤 誠司(こんどう せいじ)関西大学准教授
京都大学大学院情報学研究科博士後期課程指導認定退学。博士(情報学)。
元NHKディレクターとして災害報道に従事。NHKスペシャル『メガクエイク 巨大地震』で科学技術映像祭・内閣総理大臣賞を受賞。人と防災未来センター・リサーチフェロー、京都大学防災研究所巨大災害研究センター非常勤講師、神戸学院大学非常勤講師を兼務。主な著書に『ワードマップ 防災・減災の人間科学 いのちを支える 現場に寄り添う』(新曜社, 2011)、分担執筆で『現場でつくる減災学 共同実践の五つのフロンティア』(新曜社, 2016)など。年間50本ほど、各地で講演活動をおこなっている。テーマは、地域防災や防災教育、災害情報とメディアなど。日本で唯一の「災害ジャーナリズム論」のゼミナールを開講。2016年度「ぼうさい甲子園」で優秀賞受賞。


◎定例会参加費(当日お支払い)
一般の方は2,000円
学生・高齢者は1,000円


尚、出欠の御返事を6月16日(金)までに、下記メールアドレスに御連絡頂ければ、シンポジスト3名の抄録を、事前に添付資料にて送付させて頂きます。

inochi.project@@gmail.com
(@をひとつ除いてください)

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# by ramram-yoga | 2017-06-03 11:17 | Infomation | Comments(0)
息子の誕生日
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6月に入ると、自宅の周りの田んぼに一斉に水が張られ、急にあたりが静けさに包まれます。
水には、不思議な力がありますね。

明日は息子の誕生日。
6年前に息子が生まれた時、退院してから実家に帰省するまでの数日間、自宅で息子と二人きりで過ごしました。
外は今と同じように田んぼに水が張られ、とても静かだったのを覚えています。
その静かな中、横でほとんどの時間寝ている息子を眺めながら、私もまだまどろんでいて、思考も働かないでいました。
つい数日前まで私とひとつだった息子を眺めながら、でもまだひとつのような感覚も持ちながら、2人寄り添って、ただただずっと寝転んでいた数日間でした。

あの時のことが、毎年この季節になると、よみがえってきます。
なんともいえない静けさと、幸福感を伴って。


********


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さて。
書いている間にスポンジが焼けました。
明日は息子と一緒に、これにデコレーションをします。











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# by ramram-yoga | 2017-06-02 13:01 | 出産・子育て | Comments(0)