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聴くということ
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相手の人に見えるイメージを題材にして相手の人とやりとりをすると、やりとりというものが普段の会話と質が違ってくる、というようなことを、最近鍼灸でお世話になっているくつろかの院長さんに話したら、「それって、本来の意味の会話なんちゃう?」と言われました。
「会話」はもともと「会和」という漢字だったらしく、ただ言葉でのやりとりというより、”和”のための交流のような意味合いが、会話にはあったのだということでした。

確かに、イメージというものは相手側に固定しているものではなく、必ず見る側の存在があって成立していて、相手だけでも私だけでも成り立たつことのない、まさに関係性の中で生じてくる現象であるわけです。
そして、そのイメージは驚くほど、その時のその人との間で、溶け込むようにマッチしているのですね。
もうちょっと、この自分と相手との間に立ち現れてくる光景(イメージ)と、じっくり付き合ってみたいと思っています。

昨日は釈撤宗著「死では終わらない物語について書こうと思う」という本を読んでいました。
そこには、過去に様々な信仰修行を行ってきた人がどのように死に、死の前にどのような言葉を口にしたか、ということについて、バラエティ豊かに記されていて、とても面白かったです。

その中で著者が最後に書いていてことが、印象に残りました。
死に対する問いや、恐怖に対して対応できるのは、物語(ナラティブ)なのである、と。
なぜなら、「なぜ生きているのか」「死んだらどうなるのか」という問い自体が事実そのものではなく、生きて死ぬという事実に意味づけを加えようとする物語の中で生まれてくるものなのですから。

そのようなことを前提として、人の苦しみとは何なのか、ということをもう一度考えてみると、これはもう、疑いようもなく、物語の中で生じてきているものなのだ、ということが分かります。
その意味では、肉体上の健康とか病気等と、苦しみとは、あまり関係していないのではないでしょうか。
たとえ病気でも、その人の苦悩を、究極的に受け入れ、寄り添ってくれる存在がいるとすれば、それはその人は、もう苦しみの中にいないのではないでしょうか。
反対に、健康であっても、孤独感にさいなまれ、絶望している状態は、苦しみそのものです。

それでは、苦しんでいる人の前で、私に何ができるのか。
それは、聴くことなのだと思います。
ただ、言葉を耳でとらえるのではなく、その人全身から発せられるものを、こちらも全身で聴く。
その人と私との間に、一回限りで立ち現れてくる言葉は、まさに一期一会です。

本当の意味で”聴く”ことができた時、セラピスト側にクライアントを治そうとする意識が生じなくなり、セラピストはクライアントの中に完全性を見ることができるようになるのではないかと思います。
そしてその時に初めて、クライアントはセラピストを鏡のようにして自分自身を見ることができ、本当の意味で自立していくことができるのではないか。
そんな風に感じている、今日このごろです。






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# by ramram-yoga | 2017-07-10 15:53 | 心理学とヨーガ | Comments(0)
無意識の発見
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今、力動精神医学発達史についての歴史的大著として知られる、アンリ・エレンベルガ―著『無意識の発見』を読んでいます。
心理臨床に携わる者の必読書‼と、前々から心理の師匠に言われていたにもかかわらず、やっと今になって、なのですが^^;
力動精神医学がどのようにして生まれ、どのように発展していったのか、ということについて、フロイト、ユング、アドラーをはじめ、様々な人物について詳細に触れながら展開されていきます。

読んでいると、この大作を一人の人が書き上げたという事実に驚きを禁じ得ません。
歴史的背景をはじめ、登場人物の家族構成、幼少期の様子や学校の成績、交友関係、趣味、他人からの評価等、とにかく資料が膨大なのです。
その意味では、あくまで客観的事実に忠実に構成されています。
ですが、それに加えて本書を面白くしているのは、エレンベルガ―独特の個人的な興味?に基づく見解が随所で述べられているところにあります。
あるところでは、フロイトが精神分析家ではなく、作家になったら…と、想像を膨らませてみたり、あるところでは、フロイトとユングの思想を比較するところで容姿(主観的な印象)まで比較していたり…。


********


私がこの本を読んでいて、新たな発見があった箇所がいくつかありました。
その内のひとつは、アドラーの思想体系について。

単一性(人間存在は心身の関連という点でも心のさまざまな活動や機能の点でも単一かつ不可分である)や、力動性の原理(心的過程においてフロイトが原因の面を強調したのに対し、アドラーは目的と指向性を強調した)等、アドラーはフロイトと決別後、まったく独自の心理学体系を創り上げていったということは、学んでいたところです。

しかし、以下のことに関しては、私が考えていた理解よりももっと深く、広がりをもった言葉だったということが分かってきました。
以下、本文を一部改変して紹介します。



勇気:
アドラーが勇気(Mut)と呼んでいるのは、ノイヤーによると魂の本質である高次の心的エネルギーのことである。

共同体感覚(感情):
宇宙的影響の原理からとらえられたものである。
個人というものは、それに数限りない形の影響をおよぼす宇宙から切り離して考えることができない。
共同体感情は宇宙の全体的な相互依存関係がわれわれの内部の生命に反映したものであり、われわれはそれから自己自身を完全に切り離すことができない。
そのような共同体感情は他者の中に感情移入し、他者と共感する能力をわれわれに与えてくれる。
またそれはなによりも、人間共同体の自然的および法律的要求に合致した生き方の自発的な受容でもある。

全体における部分の自発的構造化:
心を構成するすべての成分は個人が自ら定めた目標へと向かってひとりでに組織され平衡を獲得する。
感覚、近く、心像、記憶、空想、夢ーこれらのすべてが個人の向かう方向に沿って一点に収する
人類全体としても同様に、この自発的構造化は仕事の分配という形で現れている。
個人にとっても人類にとっても、この自発的構造化は自己自身の法則への適合という原理の発言である。




これらから、アドラーは人間を社会的存在という枠組みのみに限定することなく、宇宙や魂といったもっと大きな次元から捉えていたことが分かります。
全体との調和や関係性から個人を捉えるという感覚は、ある意味で東洋的であるようにも感じます。
学べば学ぶほど奥深いアドラー心理学です。
一方でとらえる側の私が感性を深めていくことで、さらに深みを発見し、恩恵にあずかることができるのではないかと思います。
アドラー心理学に関してだけではなく、全てのことに関して。

今年は、今まで意外にもあまり学ご縁の無かったユング心理学についての素養も深めていきたいと思っています。





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# by ramram-yoga | 2017-07-02 10:06 | | Comments(0)
摂食障害・ヨーガ・セラピー
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今日は、東京の赤羽ヨーガ療法研修センターにて、ヨーガ療法士向けの専門講座の講師をさせていただきました。
医療現場でヨーガ療法を行うケースもだんだんと増えてきている中、最近は疾患別に高度に専門化されたヨーガ療法士養成が始まっています。
今回担当させていただいたのは摂食障害の方に対するヨーガ療法の専門講座。
国立国際医療センター国府台病院の心療内科で摂食障害の治療に携わっていらっしゃる医師の河合先生、そして病棟で10年以上にわたり摂食障害患者さんへのヨーガ療法を実践されており、尊敬すべき大先輩の須田先生とともに、2日間の講座を分担して担当させていただきました。
お二人の先生方のご講義は、本当に勉強になりました。

今回、参加してくださったヨーガ療法士の方々の中には、私の尊敬する大先輩の先生方もいらっしゃいましたし、実際に摂食障害をはじめ依存症の方々、医療機関でヨーガ療法を指導している先生方も来てくださっていました。
皆さんとても熱心に聞いていただき、ディスカッションも非常に盛り上がりました。

私の方からは、黒川内科での摂食障害の方へのヨーガ療法グループと、臨床心理士の立場からは摂食障害の方への心理カウンセリングについてを講義しました。
その一方、元摂食障害の当事者としての経験も、いろいろとお話させていただきました。
摂食障害の方が、自己理解を深め、そして回復への道を一歩一歩進んでいこうとする時、ヨーガ療法は力強い助けになると実体験から思っています。


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帰りの新幹線の中で、今日の自分の講義の録音を聴いていました。
すると、最初の方はゆっくりだったのですが、だんだんとしゃべるのが速くなり、後半は2倍速に(汗)
たくさんのことをお伝えしたいという気持ちが大きく、知らず知らずの内に早口になっていたようです。
これはまさに、本日の内容にもあったヨーガでいうところの意思鞘(意識・思考の流れ)が暴走気味の状態ではないですか(笑)
…ということで、この私の早口になりやすい傾向は、次回以降の課題となりそうです。

ですが、何はともあれ、とても楽しくて、あっという間の一日でした。
私にとっては一大イベントだったので、無事に終わって本当にほっとしています。
そして、間違いなく、今回の講座で一番たくさんの学びをいただいたのは、私自身です。
このような機会を与えていただき、本当に感謝いたします。




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# by ramram-yoga | 2017-07-01 23:28 | 活動記録 | Comments(0)
6月の読書本
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49.『シーラという子』トリイ・ヘイデン著
50.『家族パラドクス』斎藤学著
51.『あかるく拒食 ゲンキに過食』伊藤比呂美・斎藤学著
52.『ゾウの時間 ネズミの時間 -サイズの生物学-』本川達雄著
53.『仏教教団の誕生』佐々木閑著
54.『般若心経』佐々木閑著
55.『死について考える』遠藤周作著
56.『宗教を心理学する ーデータから見えてくる日本人の宗教性ー』松島公望・川島大輔・西脇良編著
57.『タイガーと呼ばれた子』トリイ・ヘイデン著
58.『マインドフルネス 気づきの瞑想』バンテ・H・グナラタナ著
59.『道元 正法眼蔵』ひろさちや著
60.『身体感覚を取り戻すー腰・ハラ文化の再生ー』斎藤孝著(再読)
61.『意識に直接与えられたものについての試論』アンリ・ベルクソン著
62.『笑い』アンリ・ベルクソン著
63.『風土-人間学的考察-』和辻哲郎著
64.『感性の覚醒-近代情念論の再検討を通じて-』中村雄二郎著
65.『無意識の発見(上)』アンリ・エレンベルガ―著
66.『野口体操 おもさに貞く』野口三千三著
67.『手放す生き方』アーチャン・チャー著
68.『身体の宇宙性-東洋と西洋-』湯浅泰雄著
69.『「からだ」と「ことば」のレッスン』竹内敏晴著
70.『「聴く」ことの力-臨床哲学的試論-』鷲田清一著
71.『森林の思考・砂漠の思考』鈴木秀夫著
72.『聖書と歎異抄』五木寛之・本田哲郎著
73.『〈いじめ学〉の時代』内藤朝雄著
74.『肉食の思想ーヨーロッパ精神の再発見ー』鯖田豊之著
75.『維摩経』釈徹宗著

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今月は、今までの自分の視野がいかに狭く限定されたものであったかを教えてくれるような本にたくさん出合いました。
自分の生きている風土、この人間という生体のあり様、寿命の長さ、心臓の鼓動の速さ、食べているもの等。
そのようないろいろな要素によって、無自覚の内に、世界観のとらえ方が限定を受けている、ということ。
また、”わたし”という感覚が如何に曖昧なものであるか、ということについても。

さて、ただいま東京行きの新幹線の中からブログを更新しています。
明日は、赤羽にあるヨーガ療法研修センターで開催される、ヨーガ療法士向けの専門講座の講師を務めさせていただきます。
アウトプットをすると、そのたびに新たな世界が開けていくので、とっても楽しみにしています。

明日から、7月ですね。

(写真は、北海道大学の植物園にて。)





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# by ramram-yoga | 2017-06-30 20:55 | | Comments(0)
愛の言葉
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数日前から、口に出して唱える愛の言葉を、考えていました。
自分を愛でいっぱいに満たす言葉。
フォーカスする先を、欠乏感から、満ち足りた感じにシフトしていくことで、どんどん満たされていきます。
意識というのは、不思議ですね。

自分を愛するということは、周囲の人を愛するということ。
どんな言葉がいいかな…と、色々なアファメーションの言葉も参考にしながら、今の私の中から湧いて出てくる言葉を並べてみました。
そして、一番いいな、と思う言葉の一連が完成しました♪
愛の言葉の力は、とってもパワフルです。
繰り返し唱えていると、疲れも吹き飛び、愛で満たされてあふれ出していくようです。

今日は、ヨーガのクラスでも、皆さんとこの言葉を一部唱えました。
もし、この言葉が気に入ったようなら、毎日胸の前で手を合わせて、唱えてみてください。
微笑とともに…。

もっともっと、ともに満ち、満たされていきましょう。
いいえ、正確には、すでに、あり余るほど満ちたりていることを思い出し、心ゆくまで味わいませんか^^

*********


わたしは、わたしのあるがまますべてを受け入れ、愛します。
わたしは、今までいつも、わたし自身がその時できる最善の選択を取ってきたことを、知っています。
わたしの中で、欠点に思えるところも、実は魅力的なかけがえのない部分であり、周囲の人が親しみを感じる部分でもあることを、理解しています。
わたしには歓びを手にする価値があります。
わたしに必要なものはすべて、いちばんいい時機にわたしの元へやってきます。
わたしは健康で、エネルギーに満ちています。
わたしはいつも完全に満たされ、守られています。
わたしは、わたしのあるがまますべてを受け入れ、愛します。








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# by ramram-yoga | 2017-06-29 20:56 | ことば・メッセージ | Comments(0)