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Who am I ?

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私は、誰?
ヨーガでは、aham asmi (私は…である)という自我意識を生じさせるのは ahamkara(我執)という内的心理器官であるとされています。
この ahamkara は自己の本質ではないのだと、ヨーガで学び、何度も確認して理解していたつもりでした。
なのに、これまでずっとずっと、自我意識本位で物事を見聞きしていた…。
数日前に、視点が突然ガラッと変わる体験をして、そのことに気付きました。
自分の心臓が鼓動する大元である chaitanya (純粋意識)に向けて、ひたすらマントラを唱えながら瞑想をしていた時のことでした。

私たちは、「私」という個人が他の生命と分離して存在しているということに、何の疑いも持たず暮らしています。
しかし、それが、自分の想念が作り上げた幻想だったとしたら?
常に欠乏感を持ち、到達したいと渇望しながら終わりのない探求を続け、個の意識を強め続けることにならないだろうか。

逆に、「こうありたい」「よりよく変化したい」という想いを手ばなし、個の意識を弱めていく先に広がる世界に、行ってみたい。
力を緩め、委ねて、任せきる。




あなたの源を探し求めなさい。
「私」という想念が湧き上がってくるところを発見しなさい。
どんなものをわれわれはより確かだと思うことができますか、
またわれわれの真我よりいっそう確かなものを知ることができますか。
これは直接的な経験であり、それ以上説明することができません。

もし今の「私」が消え去ると、
心はそれが神話に過ぎないということがわかります。
残っているものが純粋な真我です。
深い眠りの中では真我が身体や世界を知覚することなしに存在しており、
そして幸福が君臨しています。

『不滅の意識ーラマナ・マハルシとの会話―』より





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by ramram-yoga | 2016-08-13 00:09 | 瞑想 | Comments(0)
山の日のヨーガ
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毎週木曜日に段上公民館で行っているヨーガクラス。

今日は祝日でしたが、通常通り行いました。

久しぶりに来てくださった方がいたり、知り合いが初体験に来てくれたり、嬉しいレッスンとなりました。

******

私たち人間は知的に非常に発達していますから、ともすれば思考の世界で生きてしまいます。

過去の嫌な出来事を思い出すと、それが今あたかも目の前で起こっているかのようにイメージする高度な想像力を、私たちは持っています。

そして、その時、体もその嫌な体験をしたときと同じような反応をしているのですよね。

息が浅くなり、体がこわばり、萎縮してしまいます。

未来に対する不安もしかり。

でも。

それは私たちの頭が作り出した幻想。

「今・ここ」には、ないのです。

そのことを、よーくよーく観察していく。

何度も、何度も、みていく。

そして、ただ起こっていることと、頭の中の幻想とを、はっきりと区別していく。

そうしていくことで、普段私たちの頭の中で延々と続く思考のおしゃべりや、移ろいゆく感情が、自分の本質ではないことが、少しずつ分かっていきます。

私たちの本質は、動き回り、移ろいゆくものの背後に在る、不変なるもの。

常にそこにあるもの。

静けさと、歓喜と共に。

そこに意識を合わせていくのが、ヨーガです。

焦らず、自分のペースで大丈夫。

「できない~!!」と焦っても、自責の念が増えるだけであまりいいことはないですよ(経験済みです・笑)

私自身も、年数を重ねるごとに少しずつ少しずつ、深まっていく感覚を持っています。

一緒に、やっていきましょう^^

*******

この段上公民館クラスのお月謝は3000円ですが、単発1500円でも受けていただけます(2回以上はお月謝制で3000円となります)。

お気軽に、お越しくださいね。

皆さまと一緒にヨーガをする時間は、私にとって本当に幸せな時間です。


(写真は、昨日仁川の清流にて、子どもと水遊びをした時のものです。)

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by ramram-yoga | 2016-08-11 17:47 | YOGA | Comments(0)