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1~7月の読書本
今年上半期に読んだ本を記録がてら記しておきます。

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1.『反省させると犯罪者になります』岡本茂樹著
2.『妊婦の』
3.『状況に埋め込まれた学習-正統的周辺参加』福島直人
4.『「気」で知る深層心理学』河野十全著
5.『人間の神秘 第1部 生命の神秘』河野十全著
6.『人間の神秘 第2部 「気」で生きる』河野十全著
7.『人間の神秘 第3部 生命を探る』河野十全著
8.『仏教思想のゼロポイントー「悟り」とは何か』魚川祐司著
9.『看護の力』川嶋みどり著
10.『看護のための精神医学』中井久夫、山口直彦著
11.『ゆるんだ人からうまくいく』ひすいこうたろう×植村紘治
12.『心的トラウマの理解とケア』金吉晴
13.『面白いほどよくわかるフロイトの精神分析』立木康介著
14.『臨床家のためのDSM‐5』森則夫、杉山登志郎、岩田康秀著
15.『ウニヒピリ』イハレアカラ・ヒューレン、KR女史、平良アイリーン著
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by ramram-yoga | 2016-07-31 15:12 |
摂食障害の方へのカウンセリング・ヨーガ療法
この春大学院を卒業し、少しずつ臨床活動を増やしていっているところです。

以前、摂食障害の方へのヨーガ療法グループをヨーガスタジオで開催していましたが、現在は大阪府豊中市にある黒川内科で行っています。

黒川内科では、毎週月曜日の9:45~10:45に、摂食障害の方のためのヨーガ療法グループを行っています(私が担当しています)。
ポーズの完成度や「こうでなければ」という思い、自分へのジャッジ等から解放され、ただただ「今、ここ」に生じてくる身体感覚に意識を向けていきます。
身体感覚を通して自分に気付くこと。
私自身、なんどもなんども繰り返していますが、シンプルながら、やればやるほどその奥深さに驚かされます。
摂食障害からの回復とは、今まで自分の中の目を向けていなかった部分に優しく光を当てていく過程である、と思っています。

月曜日の11:30~17:00は、30分単位で個別に心理カウンセリングを行っています。
(心理カウンセリングは、摂食障害以外の方へも行っています。)
ヨーガが身体感覚を通して自己理解を深めていくものであるなら、言語によるカウンセリングはそれをもう少し理知的に行っていく作業になります。
過食や拒食を始めたきっかけ、どんな時に症状が激しくなるのか、なぜ何年も症状が続いているのか。
現在の生きづらさと症状が、どのように関連しているのか。
一緒に、探っていきます。
絡まってこんがらがってしまった糸を、少しずつ少しずつ解きほぐしていく、そんな感覚でしょうか。



どちらも予約制で、その前に医師の診察を受ける必要があります。
黒川内科の院長である黒川先生は、摂食障害がご専門でもあり、患者様のお話しをいつも丁寧に聴いてくださる優しい先生です。



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黒川内科 (心療内科・内科)

〒560-0023 大阪府豊中市岡上の町1-6-41
電話 : 06-6853-1100 
URL : http://www1.odn.ne.jp/kurokawa/index.htm

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これを見てくださっているあなたが、最適なタイミングで、最適なサポートを受けられることを祈っています。

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by ramram-yoga | 2016-07-26 17:21 | 摂食障害
心的トラウマの理解とケア
臨床心理士の資格試験に向けて、引き続き関連書物を読んでいます。

今日読み終わったのはこちら。

心的トラウマの理解とケア

金 吉晴 / じほう



PTSDという言葉が広く知れ渡るようになって久しいですが、このような病気の発症の原因となる心的トラウマ(外傷)を受けた方に対する専門化向けのガイドラインです。

心的トラウマと一言に言っても、今回の熊本地震のような自然災害や、地下鉄サリン事件などの集団毒物汚染事件、JR福知山線脱線事故のような過失災などの中~大規模なものから、虐待、性暴力被害、DV、いじめ等の個人レベルでのものまで多岐にわたり、それぞれに症状の出方の特徴や介入の仕方が少しずつ違ってきます。

そのあたりのことがよく分かると同時に、執筆された先生方の熱意が伝わってきて読み終わった後にある種の感慨が残りました。



心的トラウマを受け、外傷後ストレス障害(PTSD)を発症する人にはいくつかの共通する特徴があります。

●侵入症状(再体験)
 その出来事が自分の意思とは関係なく繰り返し思い出される
 出来事についての苦痛な夢を繰り返し見る
 当時感じた強い心理的苦痛を反復して体験する

●回避・麻痺症状
 その出来事と関連した思考・感情および場所・活動・人物を避けようとする努力
 出来事の重要な場面を思い出すことができない
 生活における重要な活動への無関心
 感情が乏しくなる
 未来に希望が持てない

●過覚醒症状
 入眠できない、夜中に目が覚める
 怒りっぽくなる
 集中力の低下
 過度の警戒心を持ち、過度に驚いてしまう



心的トラウマを受けた後に生じるパニックや悲嘆反応は、“異常な事態に対する正常な反応”であり、おかしいことではありません。
しかし、上記のようなPTSD症状が出ている場合には、やはり何らかの形で専門家の助けを借りる必要が出てくることになります。
PTSDの治療体制は、わが国では地下鉄オウムサリン事件があった頃から少しずつ確立されてきているようです。
また、関西では阪神淡路大震災があった関係で、トラウマケアに関する専門家が多い地域でもあります。
私の通っていた兵庫教育大学大学院でも、児童虐待、大規模災害、大規模事故、DV被害など様々なトラウマに対して専門的に研究・実践されている先生方がおられ、トラウマ・ケアについて学ぶことができました。


心的トラウマを受けた人が、どの専門機関にアクセスするかはとても重要なことだと思います。
それぞれの医師の、言ってみれば得意・不得意がやはりどうしてもありますので、例えばあまりにトラウマに関する知識や治療経験のない医療機関にアクセスすると、なかなかニーズにあった治療を受けることができないのも、また事実だと思います。


兵庫県では、兵庫県こころのケアセンターでしたらトラウマ・ケアを専門とする先生方がいらっしゃいます。
こちらで実際に治療を受けるかどうかは別としても、相談することで何か有益な情報が得られるのではないかと思います。
心的トラウマを受けている人たちが、少しでも適切なケアを受けることができますように。
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by ramram-yoga | 2016-07-26 01:12 |
仏教思想のゼロポイント
とても面白い本でした。

『仏教思想のゼロポイント -「悟り」とは何かー』

仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か

魚川 祐司 / 新潮社



東京大学で西洋哲学を、同大学院でインド哲学・仏教学を専攻、その後ミャンマーに渡航し、テーラワーダ仏教の修行も経験するという、研究者であり実践者の著作です。

仏教の研究者・実践者が、いわば“内側”から仏教を解説することはよくあると思います。
しかし、この本の著者の魚川氏は自身が仏教の研究者・実践者という当事者性をおびながらも、あくまで“外側”の第三者的な立場から客観的に(時折批判的に)仏教というものを眺め、鋭く切り込んでいくところに新鮮さを感じました。

扱う内容も大胆かつ、興味をひくものでした。
まず、第一章では、ゴータマ・ブッダの教えは現代日本人である私たちにとって、果たして「人間として正しく生きる道」であり得るのかどうか、という問題提起から始まります。
そして、ブッダの解いた「無我論」の真意に迫り、諸行無常の背後に絶対的な真実在があるかどうかについてブッダが当時の弟子たちにどのような態度をとっていたのか、等いくつかの考察を経て、本書の主題である仏教のゼロポイント、すなわち“涅槃”とは何かについてストレートに迫っていきます。

私自身は、今まで仏教の無我論というものをよく理解できていなかったようで、ブッダはヨーガにおける真実在である“真我(アートマン)”に対する反論として無我論を提唱したものとばかり思っていました。
しかし、本書を読む限り、そうでないことが分かります。
ブッダは、人が色(しき)、すなわち変わりゆくものに自己のアイデンティティを重ねている状態に対して「その変わりゆくものの中にはありませんよ」という意味で、「無我」という言葉を用いたようです。
こうして理解してみると、仏教における「無我」 はヨーガの変化するものには自己のアイデンティティを見出さないという考え方と相違ないと思いました。
ただ、真我を積極的に肯定するかどうかの見解に、やはり両者の違いがあります。
ヨーガでははっきりと、真我(アートマン)こそが真実在であるとしています。
一方ブッダは、そのあたりの究極的な部分に関しては沈黙を守っていたということですが、もはや涅槃の境地においてはそのような質の問題は意味をなさないのでしょうね。
真我(アートマン)の実在の有無は色(しき)の世界においてのみ問われるような質のもの、ですから。
本書でも、涅槃の境地においては「存在・非存在といった、分別や判断の作用自体が、停止してしまっている」と記されています。

私自身、その無分別の境地に意識をシフトしていきたいと思った時に初めて、現象世界に対して非常に強い愛着を持っているために大きな抵抗を起こしていることに気付きました。
同時に愛着の対象を失うことへの恐れの感情をたくさんもっていることにも気づきました。
しかし、その状態こそが本書で言われている“苦”の状態であり、そこから脱すると、いかに現象世界に愛着を持っている状態が苦であるのかが、分かるのだろうと思います。
また、そこ(涅槃の境地)へ至る道は、決して苦しみや恐怖を伴うものとは限らないのだろう、とも思います。
執着の対象物を手放すべく血を滲ませながら頑張る、というよりは、より崇高な境地に行くことで、それまでしがみついていた愛着の対象からごく自然に離れていく、ということが起こってくるのではないかと思います。
スワミ・ヴィヴェーカナンダが「バクティ・ヨーガ」の中において言及しているように、その移行は”なめらかに”行われるのかもしれません。

あとがきに紹介されていた「アップデートする仏教」も、面白そうだったので早速注文してみました。
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by ramram-yoga | 2016-07-21 22:01 |
フロイトの精神分析
臨床心理士の資格試験を10月に控え、そろそろ本格的に試験勉強をスタートさせています。

参考図書の一つとして挙げられていたこの本を、読んでみました。

面白いほどよくわかるフロイトの精神分析―思想界の巨人が遺した20世紀最大の「難解な理論」がスラスラ頭に入る (学校で教えない教科書)

日本文芸社


心理学の世界では耳にタコができるくらい聞いている“フロイト”ですが、意外と知らないことも多く、とても面白かったです。

フロイトの創始した精神分析では自分自身では意識化し得ない“無意識”を想定し、転移や防衛機制といった心理的反応の奥に潜む潜在的な欲望や、意識の外に押しやってしまったトラウマティックな記憶を蘇らせることによって、症状からの解放を目指していきます。

フロイトは、人間の活動源となる心的エネルギー「リビドー」は性的欲動のエネルギーであるとしましたが、これに関する考えの違いが後に、かの有名なユングやアドラーがフロイトの元を去っていく要因になったことはよく知られている話です。
また、今や心理学の世界でフロイトが語られる時には、上記の性的リビドーや対する批判的な意味合いが含まれていることが多いように思います。

しかし、フロイトが、ヒステリーの病理は心理的なところにあるとする以前は、ヒステリーといえば女性特有の子宮に関連する疾患だと捉えられていた時代です。
また、それ以前、病気は神の怒りによって生じると信じられ、シャーマンや魔女の祈りによって治癒させようとしていた時代。
そのような精神疾患に対する間違った解釈が横行していた時代に、神経症のメカニズムを解明していこうとしたフロイトには、非常に鋭い洞察力と、患者への観察力、当時痛烈に彼を批判した医師達にも負けることなく自分の見解を主張し続けた強さがあったのだと思います。

また、本書の著者である立木康介氏はフロイトのことを“蒸気機関車”に例えています。
朝から晩まで患者を診察し、恐ろしく中身の濃い論文や著作を数多く残し、その合間におびただしい数の手紙を書き残していたのだとか。
また、社交的なことはあまり好まず学究に明け暮れ、文章が非常に洗練されたものであったため、彼が作家として小説を残さなかったことを惜しむ声もあるのだそうです。
そして、大の家族想いだったとのこと。
なんとなくこれまでフロイトに対しては気難しいイメージを持っていたのですが、非常に魅力的な人物に思えてきました。
そして、現在私も少なからず、フロイトの恩恵を受けているわけであり、その偉大さを感じずにいられません。

…臨床心理士の資格試験、なかなか問題が難しい。
大学院の入学試験より格段にレベルが高いです(それは、当たり前ですね^^;)。
院に入る前に放送大学の心理と教育コースを修了していましたが、そこで心理学の基礎的な知識をある程度網羅できていたのはよかったと思います。
さて。
しっかり勉強しなければと思いますが、このようにいろいろと学び直せる事は愉しく、ありがたくも感じています。
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by ramram-yoga | 2016-07-20 16:23 |
看護の力
先日、看護学部の学生さんに授業をさせていただいたのがきっかけで、今まで自分が知っていると思っていた「看護」というものを、実はあまり理解できていないのではないかという思いを大きくしました。

また、今回の講師として私にお声がけくださった小山敦代先生の実践されている「ホリスティック・ナーシング」では、人間存在を肉体だけでなく、精神、そして魂(spirit)までをも包括したホリスティックな存在としてとらえ、アプローチしていく、ということを知りました。
ホリスティックナーシング研究会という会もあります。)

そして何より、看護師として長年経験を積まれてきた小山先生のお人柄に惹かれたということがありました。
にじみ出るあたたかな母性、そこにある種の神聖ささえ感じられました。
この方の魅力の源泉は、どこにあるのだろう?

そんな小山先生が看護学生さんにおすすめの一冊として紹介されていたのが、この本です。

看護の力 (岩波新書)

川嶋 みどり / 岩波書店



川島みどり先生は、以前所属していた日本統合医療学会でお見掛けしたことはあるのですが、実際に著書を読むのは初めてでした。
「看護」という仕事の何たるかが、やさしくきれいな日本語で書かれています。

「看護の力」は、注射や薬のような外部からの力ではなく、その人に本来備わっている治る力を上手に引き出すことにあります。

と文中にもありますが、本の中で、いくら西洋医学的な処置や投薬を行っても改善しなかった患者さんが、看護師による清拭や食べ物の工夫、触れることやあたたかな雰囲気の中での会話などによって、目を見張るような体調の改善を果たす様子が記されていました。

専門的な知識や技術はもちろんなのですが、「看護」の本質は、母親が病気になったわが子のおでこに額を当て、表情を含めて様子をよく観察し、心地よく休むことができるように環境を整える、そんな母性的な愛の延長線上にあるような気がしました。

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もう少し、看護について、いろいろ本を読んでみようと思っています。

次は、看護学生さんならだれでも教本として親しむという、ナイチンゲールの「看護覚書き」という本。
何しろ、ナイチンゲールは非常に深く、独自の自然観・哲学をその活動の根底に持っていたようです。
カルマ・ヨーガ(行為のヨーガ)の経典であるバガヴァッド・ギーターも愛読していたのだとか(これには驚きました)。
そろそろ、届くころです。
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by ramram-yoga | 2016-07-13 09:25 |
グルプージャ・アグニホートラ
今日は、ヨーガニケタン関西支部で行われたグルプージャ(導師感謝祭)に参列しました。

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現在のヨーガの師である木村慧心先生に出会って、今年で11年目となります。

そして、ヒマラヤ山脈のふもとマナリで聖名をいただいてからは丸8年が経過し、今年で9年目になります。

毎年この感謝祭は、日々受けているヨーガの恩恵を振り返り、改めて原点に立ち返るとても貴重な時間です。

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この一年は、少しラージャ・ヨーガから離れ、違った瞑想法を習ってみたりしたこともありました。

そこで初めて、ラージャ・ヨーガでしか入ることのできない瞑想状態があることに、気づきました。

また、ラージャ・ヨーガを行じている人にしか漂わない、独特の光(オーラというのでしょうか?)。

凛とした厳しさの中にある、神聖な寂静。

そこに、どうしようもなく惹きつけられてしまいます。


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順番が来て、亡きヨーゲシヴァラナンダ大師の遺影で手を合わせてお祈りをしていると、一瞬ですがとても深い瞑想状態に導いていただきました。

大師の臨在をリアルに感じるとともに、いつも今は亡きヨーガ行者の方々のお導きのもとに自分がこうしていられること、そしてヨーガの恩恵をどれだけ受けているかを、改めて感じました。

後世への愛によってこの時代にまで伝承されてきたヨーガの智慧。

それを受けた者として、少しでもお役に立てるように、自分の持ち場で歩んでいきたいと思います。
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by ramram-yoga | 2016-07-10 21:36 | YOGA
看護学生さんへの講義
今日は、関西国際大学看護学部の非常勤講師としてお声がけいただき、「代替療法看護論」という授業の2コマでヨーガ療法の講義と実技を担当しました。

近年、医療現場において補完代替医療(CAM)を取り入れる動きが活発になってきていますが、看護を学ぶ学生さんにヨーガ療法の授業をさせていただけるようになるとは、本当に嬉しく思います。

授業には、看護学部4年生の学生さんが大勢参加してくださいました。
まず驚いたのは、CAMに興味を持っている学生さんが想像していたより多かったことでした。

私自身は、大学の授業を担当させていただいたのは初めてのことだったので少し緊張しましたが、学生さんがとても熱心に聴いてくださり、楽しく講義と実技指導をすることができました。


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また、看護という仕事は、人の生死と深くかかわるとても重要で意義のある職業なのだということを、改めて感じました。

そして今回、人間存在を「肉体」「精神」「魂(spirit)」をも含めたホリスティックな存在としてとらえる「ホリスティックナーシング」という言葉を知りましたので、少しずつ勉強してみようと思います。


早速、川島みどり先生の「看護の力」を注文してみました。

看護の力 (岩波新書)

川嶋 みどり / 岩波書店




今回ヨーガ療法の講義の時間を設け、講師にお声がけくださった、授業の主担当であり聖泉大学副学長でいらっしゃる小山敦代先生のご厚意に、心から感謝いたします。
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by ramram-yoga | 2016-07-08 23:04 | 心身医学・統合医療
アーユルヴェーダ健康法
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『アーユルヴェーダ健康法』
ウパディヤ・カリンジェ・クリシュナ著


アーユルヴェーダを勉強してみたいと思った時、この本はとても分かりやすく書かれているので、初心者の方にもおすすめです。
私も今まで何度かアーユルヴェーダの講義を受けてきましたが、正直、分かるような分からないような印象を受け、アーユルヴェーダは難しいものだと、少し距離を感じていました。
しかし、この本はそのような距離感を感じさせませんでした。

しかも、決してやさしいだけでなく、アーユルヴェーダの根底を貫いている哲学等、本質的なところも外されていません。
著者は、日本のアーユルヴェーダ界ではとても有名なクリシュナ U.K. 先生です。

本は、このような出だしからはじまります。

 人生の目的は、義務(ダルマ Dharma)を遂行し、利益(アルタ Artha)を十分に手に入れ、さまざまな欲望(カーマ Karma)をかなえ、至福(モークシャ Moksa)とよばれる境地を体得することです。
 道徳や社会のルール、法律に従い、正当に利潤を得て、物質欲、名誉欲、知識欲、性欲など、さまざまな欲望を満たし、さらに、至高の幸福の境地へと至るのが人生の真の目的だというのです。
・・・・



このように、健康法について述べる本の初頭に、まず人生における目的について書かれているところは、アーユルヴェーダが単に心身の健康だけでなく、生命観や生き方をも範疇に入れる「生命の科学」である所以ですね。
真の健康とはどういうことかについて、アーユルヴェーダにははっきりとした見解があるわけです。


アーユルヴェーダを特徴づけているのは「トリ・ドーシャ説」です。
これは人間がヴァータ(風)・ピッタ(火)・カパ(火)という3種類の生理機能を軸として生命の維持をしているととらえる考え方であり、これら3つの“ドーシャ(病素)”がバランスをとり、正常に機能している状態が健康であり、バランスを崩して異常をきたしてしまった状態が病気の状態であるということになります。

さらに、生まれつきの体質として、ヴァータ体質・ピッタ体質・カパ体質、またはそれらの混合の体質に分類され、それぞれの体質の身体的性格的特徴について詳細に記されている部分はとても面白いです。

ちなみに私の体質はピッタとカパの混合体質、つまり「ピッタ・カパ」です。
ですがもともとはカパの要素が多く、性質として安定感、ゆっくり、停滞といったものがあるようです。
骨格がしっかりしていて水分をため込みやすく、反応が鈍い、髪が黒くしっとりしている、目や鼻や耳が大きい、これらもカパの体質として特徴的です。
先日アーユルヴェーダを専門としているセラピストさんに状態を見てもらったところ、「ピッタが強くなっていますよ」と言われました。
元々はゆっくりしている性質なのに、ストレスフルになるとどんどん活動的になり、緊張が強まっていくのが私の体調を崩すパターンのようです。

このようにアーユルヴェーダの見方で自分を見てみると、本当にそうだなと思います。
特に大学院生活ではとても忙しく息をつく間もなくて、最後の方には少々燃え尽きのようになってしまっていたのですが、私にとっては許容範囲をオーバーしていたのでしょうね。
現在は仕事の他やることの量を減らし、体調も安定してきたのですが、自分自身とも周囲の人とも調和がとれるちょうどいいペースを少しずつ掴んでいきたいな、と思っているところです。
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by ramram-yoga | 2016-07-06 09:30 |