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アドラー心理学基礎講座理論編(前半)印象記
11月16(土)・17(日)は、アドラーギルド主催の、「アドラー心理学基礎講座理論編」の全日程4日のうちの前半2日間を受講してきました。
昨年、基礎講座応用編を受講しとても面白かったので、この理論編に参加できることをとても楽しみにしていました(その時の印象記はこちら→応用編【前半】応用編【後半】)。
実際に受講してみて、期待を大幅に上回る充実した内容で、今までアドラー心理学の基礎講座応用編や子育てプログラム「パセージ」を受講し、心理学の現在の師匠に教わり、アドラー関連の本を読んだり等して蓄積されてきた自分の知識に一本筋が通り、とても見通しよくスッキリと整理されていきました。
今回は、“基礎講座理論編”の名の通り、アドラー心理学の根幹となる基本的理論を、講師の野田先生のとても分かりやすい説明で学ぶことができました。

1870年にオーストリアに生まれたアドラー(ALFRED ADLER)は、1914年「治療と教育」という論文集を出版し、それが契機となってこの世に誕生したアドラー心理学。

その理論は、野田先生によると、以下の5つの基本前提(Basic Assumptions)によって成り立っています。

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1.個人の主体性(vs 客体性)
例えば、「勉強しようと思ってたけど、ゲームしちゃった」という場合、“勉強しようと思った”というのは周りや自分を納得させるための口実でしかなく、個人はゲームを主体的に行なっている。
アドラー曰く、「その人の言動を見るのではなく、結論を見よ」。

2.目的論(vs 原因論)
個人の行動には必ず目的がある、とアドラー心理学では考える。
アドラー心理学では原因追求はしない。
例えば、不登校の子どの場合、不登校の原因を過去にさかのぼって追究するのではなく、「不登校」をすることで何を得ようとしているかに焦点を当てる。

3.全体論(vs 要素論)
人間の脳の中に「イド(本能)」「エゴ(自我)」「スーパーエゴ(超自我)」があるという“局所論”を唱えたフロイトとは対照的に、アドラー心理学での個人とは、心も身体も含めたその人全体である。
従って「分かっちゃいるけどやめられない」といったような、個人の内的葛藤は、アドラー心理学では認めない。

4.社会統合論(vs 精神内界論)
人間は、社会に組み込まれていないと種の保存ができない(社会的存在)ため、コミュニティにおける“所属”を、アドラー心理学では人間の社会学的レベルでの人生目標としている。
従って、人間の行動は全て、対人関係上の目的に基づいているとされている。

5.仮想論(vs 実在論)
人は、意味づけの世界に生きている。
どんなに客観的に物事を把握しようとしても、人間はそれぞれの感覚器官の機能の程度、興味・関心の対象、価値観や文化といったフィルターを通してしか現実を理解することができない。
すなわち、人はそれぞれ、自分のフィクションの中を生きている、ということである。
例えば「あの人がいじわるする」と言った人がいる場合、アドラー心理学では実際にいじわるされているかどうかは分からない、と捉える一方、本人が“いじわるされている”と感じているのは現実であり、そのいわば「仮想的現実」に注目する。

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以上、私が理解した範囲でアドラー心理学の5つの基本前提をまとめてみましたが、アドラー心理学の好きなところはなんと言っても、実用的というところでしょうか。
「真理より便利」という言葉の通り、その意味ではアドラー心理学の理論は仮説であるわけです。
しかし、その仮説理論を元にして実際に活かしてみると、上手くいくことが増えてきた。
それが、私が少しずつアドラー心理学を日常生活で使っていく中で実感していることです。

そして、もう一つ。
アドラー心理学は「共同体感覚(common sence)」という一つの価値観を持っているのですが、このように方向性を持っている心理学体系は、とても珍しいのですね。
共同体感覚には賛否両論あるそうなのですが、これは、アドラー心理学がアドラー心理学たる所以でもあると感じました。

再来週、後半があるのでとても楽しみです。
また、こちらでも報告できればと思います。
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by ramram-yoga | 2013-11-18 11:50 | 心理学とヨーガ | Comments(0)