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光の道へ
『知覚されるものが何であれ、それはまさしく滅びゆく。

 それゆえにこそ永遠なるものを求めなさい。

 斯くなる永遠なるものを求める者は、

 まばゆく輝く太陽の如くに光り輝き、

 あらゆる闇を乗り越え、

 
 その大いなる永遠存在の境地である不死の境地にたどり着く。』


                           (スワミ・チダナンダ「真理への解放」より)


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私たちの内にあって真理を求める探究心が、

感覚器官のからのどよめきや、低次元の性質や、

感覚器官が求める粗暴で不快な要求の数々にかき消されることなく

心にともり続けますように。

どうぞこの努力が、導かれますように。


AUM



sachie
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by ramram-yoga | 2011-08-30 19:10 | ことば・メッセージ | Comments(0)
もうすぐ3ヶ月
息子はもうすぐ生後3ヶ月になります。
この3ヶ月で体重は2倍になり、日々成長しています。

だんだんと目も見えるようになり、周囲に興味が向き始めました。

相手をしてもらえると喜んだり、気に入らないことがあると怒って泣いたりと、感情もどんどん豊かになってきています。


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母と子の縁ってすごいなぁと、日々思います。

1日たりとも離れることができない関係って、母子以外にないですよね。

そして無条件に子どもに必要とされている私。

どんなに私が未熟であろうと、全身で私を求めてくる子ども。


これから、長い付き合いになるね。

よろしくね。




sachie
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by ramram-yoga | 2011-08-28 20:27 | 出産・子育て | Comments(10)
箱ひとつぶん
しばらく岡山の実家に帰っているのですが、こんなに長く滞在するのも久しぶりなので、この際家にあるいろんな思い出の品々を整理しています。

こんな時に助けになるのが、去年の年末に出会った断捨離の智慧。
「いつか」「そのうち」使うかもしれないもの、ではなくて、現在自分がそれを使うのかどうかをモノを取捨選択する基準にすると、面白いほどドンドン片付いていきます。

そんな中でも大物が、今日片付きました。
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アフリカの木琴バラフォンと、太鼓のジャンベと、衣装。
長い間手放せないでいましたが、今回スッと手放せ、いいタイミングで人の手に渡りました。

西アフリカの伝統音楽とダンスに魅了され、どっぷりはまりこんでいたのは大学時代。
大学では一応音楽学部だったくせにクラシック音楽の勉強はそっちのけ、ピアノの担当教授には「ピアノは弾きたくなくなりました」と生意気なことを言って個人レッスンをサボり、いつも他のことにばかり目が向いている状態でした。
アフリカ人の身体能力と音楽的センスに本気で嫉妬するくらいあこがれて、2度ほどギニアに滞在してダンスを習いました。

大学を卒業して、お金をためて西アフリカに長期滞在してダンスを習うために、と自分に言い聞かせて就職したのですが、気が付けばヨーガに出会って結婚退職して子どもができて・・・今の私に至ります。

一時はアフリカンダンスは自分のライフワークだと思っていたのに、本当に人生ってどこでどうなるか分かりませんね^^;

楽器や衣装たちは、アフリカン仲間であり、現在も日本のアフリカ音楽界で活躍しているにしやまんに引き取ってもらいました。
彼は今手を故障中で演奏できないみたいですが、近いうちに復帰するみたいなので、東京近郊の方でアフリカの音楽に触れたい方、一度ぜひ彼の主催するワークショップなどに行ってみてくださいね。
ハートも体もビッグでとっても気さくな、そしてすばらしい演奏家&先生です。


それにしても、物が片付くと自分もひとつ皮が脱げたようなすがすがしさがあります。
私にはまだピンとこない境地ではあるけれど、家の荷物の整理をしながら母が「死ぬ時までには自分の持ち物を箱ひとつ分くらいにまで減らしておきたいな」と言っていて、私もそういう風になれたらいいなと思いました。




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by ramram-yoga | 2011-08-26 20:22 | 最近のいろんなこと | Comments(0)
フィジーへのおくりもの
もう10年近く前になりますが、大学の春休みにフィジーを訪れ、2ヶ月間滞在してました。

旅の予定も泊まるところもまったく決めずに行ったにもかかわらず、行く先々でたくさんの人たちによくしてもらい、ホテルにはほとんど泊まらずホームステイをさせてもらいながら旅をしました。

a0118928_20565397.jpg今日はその中でも特にお世話になった家族へ送る品物を荷造りしていました。

常夏のフィジーでは重宝されるであろうTシャツやチュニックをユニクロで買い込み、日本の絵柄のうちわや小物入れやタオル、そして缶詰やお菓子などの食べ物をダンボールいっぱい詰め込みました。

わさびテイストのポテトチップスや柿の種なんかも入れたけれど、辛いものが好きな彼らは気に入ってくれるかな?

そしてみんなが大好きなチョコレート。溶けませんように・・・。



下の写真はバヌアレブ島という島で滞在させてもらっていたマコレイ村の子どもたち。
電気もガスもない村で、とってもシンプルな生活でした。
なんだか今日は、その頃のことを懐かしく思い出していました。

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by ramram-yoga | 2011-08-24 21:23 | 最近のいろんなこと | Comments(4)
なつひさお
前回の記事でご紹介した「治りませんように」という本の中でもうひとつ、とても面白いと思ったのが「なつひさお」という考え方です。

「なつひさお」というのは、べてるの家の当事者の方が作った言葉です。

これは何を意味している言葉なのかというと、たとえば幻聴がひどいとか、自殺願望がムクムクとわいてきたときとか、破壊行為や自傷行為の衝動がやってくる、そんな時、その人は以下のような「なつひさお」の状態がきっかけになっていることが実は多いのではないかということ。


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な・・・悩みがあるとき

つ・・・疲れてるとき

ひ・・・暇なとき

さ・・・寂しいとき

お・・・お腹がすいてるとき

  お薬を飲んでないとき

  お金が無いとき







なんだかとってもささいなことなんだけれど、「お腹が空いた」という体の状態を意識できなかったり、寂しさを口に出せなかったりと、要するに自分の体や感情の変化をしっかり認識できていなかったり言葉で表現できなかったりした時に、その代替としてアルコールに手が伸びたり破壊的な行為をしてしまったり「行動化」する、ということだそうです。


ヨーガ療法でも、心身症の特徴である、自分の身体感覚に鈍い「失体感」自分の気持ちがわからない「失感情・失言語化」へのアプローチを行なっていくわけですが、本当に自分のことって案外ぜんぜんわかってない。

なんか、やけ食いしたい気分・・・とか
イライラする、なぜか嫌なことばっかり考えてしまう時って、ただ単に疲れている時だったり、単に暇だったりとか。
私もよくあります。

でも、やけ食いしたって、イライラして人に当たったって、一時的には発散になるのかもしれないけれど、またストレスを溜め込んでしまう発散の仕方なので、やっぱりもうちょっと前向きな対処法をしていきたいなぁと思う今日このごろ。

そんな時にこの「なつひさお」の考え方はタイムリーでした。



(写真は昨日行った倉敷の酒津公園にて。
 アヒルさん2匹が座っておしゃべりしていました。
 カップルかなとも思いましたが、雰囲気が井戸端会議をしているおばちゃん同士って感じで、
 しばらくすると連れ立っておしゃべりしながら行ってしまいました。)



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by ramram-yoga | 2011-08-18 09:53 | ことば・メッセージ | Comments(0)
治りませんように
このタイトルに強烈に惹かれて読み始めました。

べてるの家は、北海道浦河町にある精神障害等をかかえた人たちの地域活動拠点であり、もうメディアでも何度も取り上げられているので有名ですね。

私も何回かべてるの家の講演に足を運んだことがありますが、べてるの家の方々に会うたび、普段自分が思っている「こうでなきゃ!」っていうようなかたくなな思いが緩んで、優しい気持ちになれていたのを思い出します。

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弱さを絆に

勝手に治すなその病気

利益の無いところを大切に

弱さの情報公開

自分でつけよう自分の病名



これらは、べてるの家の"当事者″が考えた、べてるの理念なのだそうです。

***************



普通に考えると「病気は治すもの」「弱さは克服するもの」と考えてしまいますが、そうではなくて病気と共に、弱さを持つ自分のありのままを受け止めて、一人の人間として苦しみを持つことを大切にしながら生きていく・・・

そんなべてるの家のいまが、綴られています。

深刻な話をしても、みんな笑っている。

「死にたい死にたい」って訴えても、

「死にたいっていわれてもわからない、ここじゃ浦賀弁をしゃべろうね」と、言われるみたいです。


もちろんそこには統合失調症やアルコール依存など、決して一筋縄ではどうにもならないものを抱えた人たちが直面している想像を絶するような厳しさがあるのだけれど・・・。

読んでいると知らず知らずのうちに当時者の方々と自分とを重ね合わせていました。

自分の弱さや問題とどう向き合っていくのか、・・・というよりそもそも弱さとか問題を克服すべきものとして捉えてしまう自分の価値観って何なんだろう?と、深く考えさせられたし、大きな示唆をもらえたような感じです。




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by ramram-yoga | 2011-08-16 22:40 | | Comments(0)
米子にて感謝祭
昨日は鳥取県の米子にあるヨーガニケタン本部にて開催されたグルプージャに参加してきました。

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グルプージャでは私たちにヨーガの智慧を伝えてくださった歴代のヨーガ行者の方々へ感謝し、アグニホトラ(護摩供養の火祭)を行います。


ヨーガにおいて、火(アグニ)には2つの意味合いがあると言われています。

一つ目は、浄化。

もうひとつは、闇を照らす光。


火は私たちの無知を焼き払って浄化し、智慧を照らす光・・・。



昨日米子は日中34℃の酷暑だったのですが快晴でとても気持ちのいい一日でした。
一年前ヒマラヤの突き抜けるような青空の下で護摩供養を行いながら修行をした毎日を思い出していました。


またこの一年間自分がどのように日常生活にヨーガの智慧を役立ててきたのかを振り返り、今後一年どのように取り組んでいくのか、また自分の品性を高めていくのかについて瞑想しました。



最近よく思うことは・・・
人間の価値が真に問われる時というのは、何かでっかいことを成し遂げたかどうかとかそういうことではなくて、日常のささやかな場面での振舞いなんじゃないかなということ。

家族や友人など身近な人をいたわり、優しく接しているのか。
自分を卑下したり痛めつけるようなことをしていないか。
言葉遣いや振る舞いで周りの人をハラハラさせたり傷つけたりしていないか。
誰も見ていない時に、自分がどんな行動をとっているのか。

今の私の課題だな、と思います。
特に今年は、“言葉遣い”がテーマです。



グルプージャでは普段なんとなく思っていたことを改めて整理し決心するとてもいい機会となりました。
そしてこのようにヨーガの智慧に出会えたのも、途切れることなくヨーガの智慧を代々伝えてくださった歴代のヨーガ行者の方々のおかげであり、後世に生きる私たちへの愛があってこそ。
深く感謝するとともに、私も前に進んでいきたいと思います。


(写真は2010年ヒマラヤの聖地ティルタプリでの護摩供養時のショットです)

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by ramram-yoga | 2011-08-11 10:42 | YOGA | Comments(2)
夏の朝
a0118928_7203968.jpg嬉しい暑さが続いています。


今朝、お隣さんからいただいた大きな大きなすいか。
切るとみずみずしくて鮮やかな赤色が目に飛び込んできました。

暑い夏の朝に、情熱的な赤。
とっても似合います。




sachie
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by ramram-yoga | 2011-08-10 07:21 | 最近のいろんなこと | Comments(2)