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智慧の歓びの中で出会う
現在、兄弟子のアルナ師とラリタ師がインドから来日されています。
アルナ師とラリタ師は、私達の直接先生である木村慧心師と同様、ヒマラヤで「グル(導師)の中のグル」と称えられたスワミ・ヨーゲシヴァラナンダ大師の直弟子です。

そして両師の指導による瞑想会が西宮で24日、行われました。
瞑想会には100人余りが詰めかけ、アルナ師・ラリタ師の講話を聴き、その後瞑想へ。
2年前にインド・マナリで両師のもとで瞑想したときと同じく、清らかで愛に満ち溢れた雰囲気の中での瞑想となりました。

a0118928_0262664.jpgそして瞑想後の問答の中では、今はもう亡きスワミ・ヨーゲシヴァラナンダ大師と、智慧の歓びの中で出会うことができるのだ、というお話をしてくださいました。


ヨーガの世界では昔から、私達がより深い智慧を得ていくごとに、今は亡きヨーガ行者たちが、私達に直接智慧を与えてくださると言われているのだそうです。


肉体的にはお会いしていないわけですけれども、肉体的にお会いするかどうかよりも重要なのは、その御教えを得て精神の高みに達し、智慧の歓びの中で出逢うということ。


そのお話を聞いていて、私は1年余り前になくなった祖母のことを思い出していました。
私は大のおばあちゃん子で、大好きだった祖母が亡くなった当初はもう二度と祖母と会えないことが寂しくて悲しくてよく泣いていました。
しかし、最近はあまり寂しくありません。

誰かに親切にしてもらった時や優しくしてもらった時によく、祖母がそこに居る気がします。
それ以外にも今日みたいに素晴らしく天気のいい日や、自然の中にいる時。
祖母の顔や姿を思い出すというよりは、祖母が近くにいた時の空気感がふわっと私を包み込んでくれるのです。
それは心がほっと温かくなるような、やわらかい光に包まれるような。

祖母は無くなる一年ほど前に、私に
「おばあちゃんが死んでも、さっちゃんがおばあちゃんに会いたいと思ったら、いつでも会いに行くからね」
と言ってくれていたのがどういう意味だったのか、やっとわかったような気がしました。

そうか、
私の大好きだったおばあちゃんの本質は肉体のように限定されたものじゃなかったんだな。
決して無くなることのない、変わらない愛そのものだったんだ。
そして、おばあちゃんとはこれからも、愛の歓びの中で出会うことができるんだな。

と、すっと腑に落ちたような気がしました。



sachie
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by ramram-yoga | 2010-04-29 00:24 | YOGA | Comments(0)
不食の時代
今日は、全国健康むら21ネット第5回全国大会in大阪に参加してきました。

全国健康むら21ネットは「愛と慈悲の少食」を提唱した故・甲田光雄医師が創始し、食や生き方に関する啓蒙活動や地域づくりをしている団体です。
大会では、映画「不食の時代」の初上映があり、今回のお目当てでした。
また、最近免疫学の分野では有名な阿保徹先生のご講演などもありました。

「不食の時代」は、脊椎小脳変性症の主人公・森美智代さんが、甲田先生の指示による断食療法を繰り返した結果、見事難病を克服されたドキュメンタリー映画ですが、なんと驚かされるのは森さんの現在の食生活です。
なんと、1日におおよそ80kcalの青汁1杯、それだけ。
それだけで、15年以上も暮らしているのだそうです。
しかも、ご本人はがりがりに痩せているというのではなく肌には艶があり、むしろふくよかとさえ感じさせられるような健康体です。

なぜ、こんな極端に少ない食事で、暮らしていくことができるのでしょうか。
現代医学の視点からでは全く理解することはできませんが、そこに人間の不思議・いのちの不思議があるのだと思います。

「人間の存在はこの肉体ではなく霊的な存在なのだ」
とおっしゃる甲田先生は、食事療法のことを「癖なおし」だ、とご著書の中で何度もおっしゃっています。
病気になるなら、必ずその原因には病気になるような食べ方の癖、考え方の癖がある。
食事療法は厳しいが、何度失敗しても再挑戦を繰り返す過程で、癖がとれ人間が・魂が磨かれていくのだ、と。

a0118928_05919100.jpg私自身は、甲田先生が2008年に亡くなられた後に、先生の存在を知りましたので、直接お目にかかったことはありません。
ですが、何冊か著書を読んでいるうちに、まるで先生に励まされ勇気付けられているような気持ちになってくるのです。
読んでいて何度涙が出てきたことか・・・それほど先生の発する言葉は魂にまで響くような力があります。

それだけ影響力があるのは、先生のさまざまな活動の根本にあるのが、私たち人間・いのちに対する愛だったからなのでしょう。
「食事療法」といってもここまで来ると、生き方や哲学、精神修養の方法と言った方がしっくり来ます。

ヨーガで言うと、食や肉体に関する事々は、「食物鞘(しょくもつさや・アンナマヤコーシャ)」といい、人間の構造の中で最も粗雑な次元とされています。
しかし、より精妙な内的心理器官に働きかけていく入り口として、決してないがしろにしてはならない大切な分野です。

今、メタボリックシンドロームや生活習慣病、ダイエットなどの言葉がよく聞かれるということは、それだけ食欲のコントロールが難しいということ。
そのような時代にあって、今、甲田先生の提唱する「愛と慈悲の小食」の理念が一石を投じつつあるのでは。
そういう私も、よく食欲に振り回されていますが・・・特に甘いものに^^;

不食の時代」は、今年秋よりロードショーされるそうです。



sachie
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by ramram-yoga | 2010-04-24 23:48 | 最近のいろんなこと | Comments(0)
行為による結果の放棄
レッスンで行う瞑想では、ヨーガに関する言葉を一つご紹介して、そのテーマにそって、自分の心の働かせ方の傾向を調べていきます。

今月の聖句は「人の為すべきは 働け もっと働け あくまで働け」という智慧の言葉です。
これは、人生の成功者と言われる人の場合は、決して労働や行動を、嫌わないということです。むしろ、働くこと、行動すること自体に喜びを感じるのだということです。

今月は、この言葉をテーマとして、日々自分がどのような動機で行為をしているか、ということについて調べました。

a0118928_113810.jpgヨーガというのは、ポーズ・アーサナや呼吸法だけのことを指すのではなく、むしろそれはほんの一部分であって、ヨーガというのは、元々は「モクシャ」と呼ばれる悟りの境地に達するための、全人的な精神修養の方法です。

そんなヨーガのさまざまな教えが、現在に伝えられてきているわけです。
なぜ、ヨーガのクラスでこんな瞑想をするかというと、そのヨーガの教えが現代の普段の生活をする上での役に立つ、日本で言えば格言とかことわざのようなものですので、少しずつご紹介しています。

ヨーガの修行方法で「カルマ・ヨーガ」というのがあります。
「カルマ」という言葉のもともとの意味は、「行い」という意味ですので、「カルマ・ヨーガ」は「行為のヨーガ」と言われたりします。

この「カルマ・ヨーガ」とは、行為の仕方についての教えになっています。
どういった教えかというと、「結果の良し悪しに関わらず、今自分に与えられている義務に対して最善を尽くす」ということです。
つまり、自分が善意で誰かに何かをしても見返りを求めないとか、結果はどうであれ、今自分の持ち場を淡々とこなしていく、ということです。

そしてそのことによって、ぶちあたっている困難が打開され道が開けていく、また行為そのものによって自分が成長し磨かれていく、ということです。

逆に、結果を求めてばかりいるとどのようになるかというと、例えば、オリンピックの選手が、競技中にメダルを意識したら集中力が途切れてミスをしてしまうといったことがあります。
逆に、ここまで練習をしてきたんだから、精一杯自分の持っている力を出し切ろうと競技に集中すると、つまり行為そのものにしっかりと集中すると、最善の競技ができてそれが結果としていい成績につながる、という例があります。

このように、結果を求めるより、行為そのものに集中することが大切だ、ということです。

私の場合で言いますと、私が最初にヨーガを教え始めた頃は、来てくださる方が1クラスに1人とか2人とか来られるのはまだいい方で、誰1人来られず一人でヨーガをして帰ることもありました。
そういった状況の中で、私にできることはやはり、そのときそのときのレッスンを丁寧にする、今目の前にいる生徒さんに対して誠意をもって接する、という積み重ねだけだと思ってやってきました。
現在は、クラスも生徒さんも増えましたが、それはあくまで結果ですので執着するのではなく、変わらずに目の前にあることに最善を尽くすことで、結局は自分が成長させてもらっているなぁとありがたく思っています。



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by ramram-yoga | 2010-04-22 16:50 | 瞑想 | Comments(0)
「健康」とは〝本当の自分″に気づくこと
今書店に並んでいるヨガ情報誌 Yogini vol.23 の「ヨガと健康」という特集の中で、ヨーガ療法も取り上げられています。

a0118928_195839.jpgヨーガの視点からみた健康観、またそのためのアプローチ法などについて、ヨーガ療法の現状や実際の効果とともに読みやすくまとめられています。

ヨーガ療法は、もともと5,000年もの間伝統的に伝わってきた伝統的なヨーガの技法から、安全性と効果が認められたものを抽出し体系化して出来たものです。
ヨーガ療法のアーサナ(ポーズ)や呼吸法は自律神経に働きかけ、免疫や内分泌などの相関関係から、心身の状態をコントロールしていきます。

今回、アーサナ(ポーズ)や呼吸法により体内のNK細胞(ナチュラルキラー細胞)が活性化するデータも紹介されています。


また、真の健康とは心身だけでなく、スピリチュアルな面においても健康であることが必要であり、多くの人が求めていることでもあると思います。

スピリチュアルな面において健康になるために、日本ヨーガ療法学会理事長の木村慧心先生は記事の中で次のように説明されています。

読んでいて感動した部分を、一部ご紹介します。

例えば、風が吹いているとか、日が昇るという自然現象や僕達の力ではないもの、出会い、人間の生死も含め、そういう人間業ではないものを深く感じる。
心と体ときれいにして、センサーを鋭くしておけば、そういうことを感じるようになり、自分のささいな変化に引きずられなくなります。

つまり自己コントロールができるようになるということで、それが実際的な「悟り」です。

言い換えればスピリチュアルな健康とは、自分が誰か、どこから来たのか、役割は何かなどを理解していること。

ヨガをして感性を鋭くしていけば、それらを見つけることができます。



また、今回の雑誌には、渋谷ヨーガ療法研究所の中島朋子さん、立川ヨーガ療法研究所のcaoさんなど、私達のヨーガセラピストの仲間何名かのインタビュー記事が載っています。

書店で見つけたら、見てみてくださいね^^



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by ramram-yoga | 2010-04-15 20:45 | YOGA | Comments(2)
高所トレーニング
5月のチベット聖地巡礼に向けて、先日東京の低酸素施設ミウラドルフィンズへ高所トレーニングに行ってきました。
今回、標高6000m近い高所にまで行く予定なので、その前に一度身体を慣らし高山病にそなえる為です。

トレーニングでは低酸素室に入り、運動や睡眠などをして自分の身体の変化を調べます。
酸欠がひどくなると高山病になってしまうので、そこで予防策として身に付けておくよう薦められたのが呼吸法。
走って息が上がるときのような呼吸をすると、すぐに体内の血中酸素濃度が上がっていきます。
しかし特に呼吸法をしないでいても、1時間もすれば身体は順応して血中酸素濃度もあがってきました。
人間の身体ってすごいな、と、改めて思いました。

a0118928_22111911.jpg
聞くところによると人間は、5000mを超す高所に永住することは不可能なのだそうです。
言ってみれば、滞在すればするほど衰弱して死に近づいていく領域。

そこにどんな世界が待っているのでしょうか、そしてそこでどんな自分が見えてくるのでしょうか。

人気もなく、店もなく、水道も電気も何もなく不便極まりない、そして厳しい寒さ、薄い空気に加え、沢山の獰猛な野犬や熊がいるヒマラヤ山中に入っていくということは、つまり死ととなり合わせということ。
そんな過酷な状況にあえて自分の身を置き、真理を獲得するため修行をされてきた歴代のヨーガ行者方は、きっとこの世のどんな楽しみをも上回る甘露を、その内に見出していたのだと想像します。

そんな場所に、今回巡礼するご縁をいただけたことは、本当にありがたく幸せなことだと思います。

5月に入って、もう一度高所トレーニングをしに行く予定です。


(写真は、インド側から見たヒマラヤ山脈。)


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by ramram-yoga | 2010-04-13 22:11 | チベット聖地巡礼2010 | Comments(4)
わが聖地放浪 カイラスに死なず
a0118928_625218.jpgずっとずっと、心待ちにしていたチベット聖地巡礼への出発まで、あと1ヶ月余りとなりました。

「わが聖地放浪 カイラスに死なず」
            色川 大吉 著


チベットの数ある聖地の中でも特に、仏教徒、ヒンドゥー教徒、ボン教徒、ジャイナ教徒の最高の聖地として知られるカイラス山。
巡拝を前に、ヨーガの先輩が読むよう薦めてくださった本です。

カイラス山を巡拝しようとすると、どのルートも標高5000mを超える峠がある過酷な場所。
しかし人間の世界を離れ死神の領域へと近づくほどに、その目に映る光景は叫びたくなるほど美しい・・・と。


― この峻険(しゅんけん)をひたすら越えてくる過程で人間は浄化される。
  カイラスこそ世界の辺境を訪ね歩くことの好きな放浪者の最後の目標の一つであろう。
  そこには人間の生と死を考えるのに最もふさわしい場所がある。
  引導を渡してくれる僧も僧院も、遺体をきれいにしてくれる鳥葬場もそろっている。
  そして何よりもそこには魂が半ば“彼岸”に行ってしまったような、
  この世とあの世を往ったりきたりしている人びと、
  霊的な雰囲気を持つ巡礼者たちが集っている。     (本文より)



この本は著書の色川さんご自身が65歳で念願のカイラス山巡拝を果たした旅行記であり、巡拝中に生死の間をさまよう中で死について生について問う手記でもあります。
ご自身は神や他界の実在は信じていなくとも、巡礼者の純粋な信仰心、こちらには見えないが彼らの目に確かに映っている神、そのような宗教的な事柄にどうしようもなく惹かれていく著者の気持ちを綴られた部分が、またとても興味深く深い感動を覚えます。

言葉での描写がなんてきれいなんだろうと著者の経歴を見ると、文学部のご出身でした。
文章そのものを楽しめる本でもあります。


川口慧海「チベット旅行記」とあわせて読みたい、チベット関連書籍シリーズです。



sachie
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by ramram-yoga | 2010-04-09 07:08 | | Comments(4)
リンクを追加しました。
a0118928_10401046.jpg最近新たにHPのリンクを追加しました。

ヨーガスタジオ「チャンドラ」
阪急西宮北口で4月にOPENしたヨーガセラピー専門のスタジオです。
無料体験も随時行っていますので、お気軽にお越しくださいね。


みんヨガ☆みんなのヨーガ教室
東京都渋谷区の、知的障がいを持つ方も参加できるヨーガ教室です。
最近発刊されたヨガ雑誌「yogini」vol.23に、インストラクターの中島さんのインタビュー記事が載っています。


Aruna yoga
長野県のヨーガセラピスト、山本弥生さんのHPです。
「ア ル ナ」とは存在・意識・至福・・・とっても素敵なネーミングです。



セラピールーム「しずく」
京都市右京区にあるヨーガセラピールームです。
インストラクターの佐山さんはアロマセラピストでもあり、いい香りに包まれてのヨーガ、とっても気持ちよさそうです。


a0118928_10424938.jpgそして、この間もご紹介した一日内観と、内観セミナーは、もうすぐです。

内観に興味のある方、この機会に是非どうぞ。


(写真は、先日お花見に行った夙川公園の桜です。)



sachie
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by ramram-yoga | 2010-04-06 22:02 | Infomation | Comments(0)