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心のコントロール法としての瞑想
今月より、元町クラス公民館クラスにて、最終週のクラスの最後に瞑想を行っています。

クラスで行うのは“シュラバナ(聴聞)瞑想”という、中でも初歩的な段階の瞑想法を行います。
“初歩的”と言っても、この瞑想法はすごいです。
定期的に行っていくと、かなり感情のコントロールができるようになる、と私自身実感しています。

普段、心のコントロールができないことは、誰にでもあるのではないかと思います。
「ああしよう」と思っていてもできなかったり、
逆に「絶対に怒らないでおこう」と思っても、ついカッとなってしまったり、
他にも誰かをうらやんだり、劣等感を持ったり、
ハイテンションを抑えることができなかったり、逆に落ち込んでしまったり・・・
自覚していても無自覚でも、心が感情に翻弄されてしまうことはよくあることだと思います。

ヨーガでは、心をコントロールできない原因を「自分自身に対する無知」としています。
瞑想を行うことで、普段無意識に行われている思考パターンを意識下に置き、自分の心の傾向を知っていきます。
少しずつ、少しずつ・・・。

今月の瞑想のテーマは、
歓(かん)と智(ち)は 心の中より来(きた)るもの
でした。

これは、歓(よろこ)びも智慧も、本来自分の心の中に宿っている、という智慧の言葉です。
私たちは「これがないと幸せになれない」とか「もっとこうだったら幸せなのに」などと、思ってしまいがちですが、どんな状況でも歓びを感じられる心はすでに自分の中にある、ということです。
また、本を読みあさったりしなくとも、いろんな人に意見を尋ね回らなくとも、答えはすでに自分の心の中にある、という教えです。

この教えに照らし合わせて、今の自分はどれだけ周囲の状況に心乱されず過ごすことができているか、瞑想の中で皆さんと一緒に自分の心を調べました。

a0118928_1521126.jpg

最後に、スワミ・ヴィヴェーカナンダ「カルマ・ヨーガ」の一説をご紹介して終わります。

世界が獲得したすべての知識は、心から来ます。
宇宙という無限の書庫は、あなた自身の心中にあるのです。
外部世界は単に、あなたに自分の心の中を研究させる暗示であり、機会であるにすぎません。
あなたの研究の対象は、常にあなた自身の心です。




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by ramram-yoga | 2009-11-28 15:21 | 瞑想 | Comments(0)
キーワードは「楽しさ」
前回の記事に続きます。

統合医療学会で演者やシンポジストをされていた錚々たる方々を見ていて感じたことがあります。
それは、皆さんが人間的な魅力に溢れていた、ということです。

会場には名誉院長、名誉教授、理事長クラスの、各部門での重鎮ともいえる方々が集まっておられました。
もちろんその方々には貫禄があり重厚なオーラが出ていましたが、威圧感は全くなく、表情も生き生き、声も綺麗で、とてもさわやかな方たちばかりでした。
この魅力は、どこから出てくるのだろう・・・?ととても興味深く思いました。

・・・いつか、NHKのプロフェッショナルのコメンテーターであり脳科学者でもある茂木健一郎さんが、一流の人にはある共通点がある、とおっしゃっていました。
そのような人たちにはまず第一に「楽しい」という思いがあるのだそうです。

何かの研究に、また仕事に関して突出して秀でている人の動機は、「やらなければ」という思いではなく、楽しさや興味が一番になっているようです。

今回特に、統合医療学会の理事長であり、東京大学の名誉教授である渥美先生の目が、少年のようにきらきらと輝いていたのが印象的でした。
もう80歳を迎えておられるとは到底思えない、みずみずしい雰囲気をお持ちでした。

a0118928_2151178.jpg私がもし、歳をとって70~80代になったとき、あんな風にきらきらしていられるだろうか。
そうなるように、楽しんで歳を重ねていきたいと思いました。

また、個人的には、今回学会にいらしていたDNA解明の世界的権威である村上和雄先生と、致知出版社の藤尾秀昭社長にお目にかかれたのが思いがけず嬉しい出来事となりました。

(写真は行きの飛行機から見えた富士山です。)


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by ramram-yoga | 2009-11-25 08:07 | 最近のいろんなこと | Comments(0)
第13回 日本統合医療学会
22(土)・23(日)と、東京大学の安田講堂にて第13回日本統合医療学会が開催され、私も参加してきました(統合医療学会のHP)。
今回の大会テーマは「統合医療の時代来る~東洋の智恵と西洋科学の融合~」でした。

統合医療は、
 1. 患者さん中心の医療
 2. 身体、精神のみならず、人間を包括的に診る全人的な医療
 3. 治療だけでなく、疾病の予防や健康増進に寄与する医学
 4. 生れて死ぬまでの一生をケアする包括的な医療

を目指すものであり、そのために西洋医学とその他の医学・療法を統合していこうとするものです。


今回の学会にも、医師をはじめとして看護師、理学療法士など西洋医学に基づいた医療従事者に加え、カイロプラクティック、針灸、ヨーガ療法、音楽療法、気功、中医学、漢方、ホメオパシー、アーユルヴェーダ、ハーブ、アロマ、サプリメント、温泉療法、オゾン療法・・・本当にたくさんの代替医療(CAM)の専門家が集まり、参加者数は1,000人近くに上ったそうです。
今までこんなにたくさんの分野の専門家が一度に集まるような学会は、無かったのではないかと思います。

a0118928_13194610.jpgヨーガ療法ではヨーガ療法学会理事長の木村先生が、ヨーガ療法の概要と活動状況について講演され、またデモンストレーションのコーナーもあり、他職種の方にヨーガ療法を知っていただくいい機会になったと思います。

(写真は、ヨーガ療法デモンストレーションの風景です。)


演者やシンポジストは本当に錚々(そうそう)たる方々で、レベルの非常に高い講演・議論の数々でした。
学会の理事長であり東京大学名誉教授でもある渥美和彦先生は、大会長講演の中で、先を見据えた壮大な統合医療の展望を説明されました。
「統合医療の目的は、人間の理解です」とおっしゃったのが、とても印象に残っています。

西洋と東洋、現代と伝統、科学と哲学・・・いろいろなせめぎ合いの中でどのようにそれらが統合されていくのか。
これは今後の統合医療の課題であり、またすごく面白いところでもあると思います。

いろんな価値観や視点が錯綜して少し混沌とした場面もありましたが、統合医療の時代がまさに始まりつつあることを予感させる今回の学会でした^^



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by ramram-yoga | 2009-11-23 16:11 | 心身医学・統合医療 | Comments(0)
クラスで瞑想を行います。
今月より、元町クラス公民館クラスで、瞑想を定期的に行っていきます。
毎月最終週、いつものプログラムを少し早めに切り上げ、希望者のみお残りいただいて行う予定です。

a0118928_23483021.jpg瞑想は、アーサナよりもっと深く、心へと働きかけていくものです。
アーサナが“体への気づき”だとすれば、瞑想は“心への気づき”です。

では、そもそも心とは何か?
改めて考えてみると、つかみどころのないものだということが分かってきます。
体なら手で触ったり目で見たりして確認することができますが、心は見ることも触ることもできません。
なので、その概念を捉えるのが非常に難しいと思います。

ところで、ヨーガを生み出したインド人は、物の概念を捉えるのに非常に秀でた民族だと言われています。
数字の“0”を発見したのもインド人といわれています。
このように、見えないものから何かを見出すことにとても優れた民族が、人間の心についても探求してきた、これがヨーガだ、ということです。

瞑想では、そのヨーガの教えに照らし合わせて自分自身の心を調べていきます。
いろんな価値観があふれ返っている現代の中で、5000年もの間生き残ってきたヨーガの智慧が、心の道しるべとなってくれます。
私自身、瞑想をすることで自分のことが前より少し分かるようになってきたと思います。
また「善悪」や「成功、失敗」などのいろいろな縛りから開放されて、物事をニュートラルに捉えることができるようになったと感じています。

心のことをお伝えするにはまだまだ本当に未熟な私ですが、未熟なりに精一杯、お伝えします。
皆さんと一緒に成長していきたいと思います^^



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by ramram-yoga | 2009-11-14 22:39 | 瞑想 | Comments(0)
マタニティ・ヨーガを勉強して
11月5日(木)~8日(日)の間、名古屋で開催されたマタニティ・ヨーガ指導者養成ベーシックコースを受講してきました。
この講座は日本マタニティ・ヨーガ協会が主催し、主に助産師さんなど妊婦にかかわる専門職のため日本各地で定期的に開催されています。
実はこの講座、ものすごい人気で、私も去年から何回も申し込んでやっと今回晴れて受講できることになったのでした。

講師であり医師である森田先生をはじめ、人間的に尊敬できるような素晴らしい講師の方々に、大切なことをたくさん教わりました。

・・・

マタニティ・ヨーガの一番の目的は、妊婦さんが出産によって新しい気づきを得て、自己成長できるようにお手伝いをすること。

妊婦さんがゆったりとした心理状態の中で自分の心身に気づき、本能的な欲求を表現していくことができるようにヨーガで手助けをしていきます。

妊婦さんは元々、赤ちゃんがおなかの中にいることで、一体感や愛といったことを感じやすいと言われます。
そして、普通の人より時間がゆったりと流れるのだそうです。
そういった、妊婦さん本来のいい部分を、引き出していくのです。

講座中は毎日、マタニティ・ヨーガの実習がありました。
この実習がすごくゆったりと気持ちよくて、日一日と時間の流れがゆったりとしていくように感じ、最終日には「幸せだなぁ」という思いに満たされていました。

a0118928_1044973.jpg
ゆっくり=幸せ

こんな結びつきを、体感しました。

マタニティ・ヨーガを指導できるようにと思って受講しましたが、早く私も妊娠してお母さんになりたいな、と思ってしまうような、とっても素敵な時間でした^^



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by ramram-yoga | 2009-11-09 10:05 | マタニティ・ヨーガ | Comments(0)
ヴェーダンタ哲学勉強会
今日はヨーガスクエアディーバでヴェーダンタ哲学の勉強会があり、参加してきました。

講師は昨年まで10年間インドで生活をされていた、村井由佳さん。
笑い(時に爆笑)を誘いながら、それでいて要点を抑えたとても分かりやすい講義でした。

ヴェーダンタ哲学とはインドの“6派哲学”と呼ばれる中のひとつであり、数ある哲学の中でも特に人間存在の根源に迫り、人間の本質とは何かを解き明かしていきます。

・・・と、解ったように書いていますが、私もまだ雲をつかむような感じを持ちながら学んでいます。
ですが、とっても興味深く探究心をそそられる分野でもあります。

a0118928_042251.jpg「私とは一体何者なのか?」

この究極的とも言える問い。
これに理知的な思索を通して、迫っていくのです。

例えば私たちが、「私とはこの体。この体が私である」と、思っているとします。
実際私たちは、無意識のうちに自分の体=私と思っていることが多いと思います。
しかし、この肉体は10年もすればすべて細胞が入れ替わり、今の体は10年前とは全く違う別物です。
そう考えてみると、「この変わりゆく肉体は、私の本質ではない」という答えが導き出されます。

また別の例で言えば、「私とはこの心、思いである。この心こそが私である」と、思うとします。
しかし、心というものは、日によって体調によってとどまることなく変化します。
そして、「変化していく心も、私の本質ではない」ということになります。

このようにして、「これは私の本質ではない」「これも私の本質ではない」と、識別をおこなっていきます。
私は肉体でもなければ感覚でもない、感情でもない。
名前も、仕事も、国籍も、地位も私自身ではない。

そして、すべてが「私でない」と否定された後、最後に残るもの、それは何なのか?

その答えは、また次回の勉強会で、ということでした^^
次回を楽しみに、またここでもお伝えしたいと思います。



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by ramram-yoga | 2009-11-03 23:37 | ヴェーダンタ哲学 | Comments(2)
ダライ・ラマ法王来日法話2009 その2
前回の記事の続きです。

ダライ・ラマ法王の法話の中にあった「他人に対して自分のことのように愛情を持ち、大切にする」ことについて、最後に質問が出ていました。

何も悪いことをしていないのに、他人からひどい仕打ちを受けたときにも、その愛の実践は可能なのかという質問でした。
無謀な運転をしていた他人のせいで、交通事故で家族を亡くしたというケースでした。

それに対して法王は、次のようにお答えになられました。

・・・

人を苦しめる行為は悪徳を積むことになるので、その人は後で必ず苦しむことになります。
だから、自分を苦しめる人に対しては、憐れみを持たなければなりません。
そしてもし、悪事を働こうとしている人を見かけたならば、これ以上悪徳を積まないように、できるだけのことをする必要があります。

・・・

自分を苦しめる人に対して恨みや憎しみを持つのではなく、逆にそのような悪徳を積む人には憐れみを持つという、価値観の大きな転換とも言える立場を教えてくださいました。

法王自身も亡命の際、本当に耐え難い苦しみの中におられた時にも、弾圧してくる中国政府に対して非暴力を貫き、平和への最善の道を模索してこられたその元となるようなお考えに、触れることができたような気がしました。
ただおっしゃっているだけではなく、そこに実践が伴っているところに、言葉の重さが感じられました。

a0118928_151157100.jpgそして・・・
愛を実践するには心の訓練が必要だということ。
そこには菩提心(正しい見解・智慧)が必要不可欠だということ。

そして、智慧というものは常に、個人個人が体験を伴った上で自分のものとしていくべきものなのだ、ということを、何度もおっしゃっていました。


法話が終わり、法王が舞台を降りられるとき、慈悲に溢れたそしてちょっと茶目っ気のある笑顔で、何度も何度も来場者に手を振って、名残惜しそうにされていました。

終わった後に、心にぽっと温かい灯りが点るような素敵な時間でした^^


sachie
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by ramram-yoga | 2009-11-01 23:05 | 最近のいろんなこと | Comments(4)
ダライ・ラマ法王来日法話2009 その1
昨日は東京・両国国技館にて、来日されているダライ・ラマ法王の法話があったので、私も聴きに行ってきました(ダライ・ラマ日本代表部事務所HP)
私自身がダライ・ラマ法王にお会いするのは、2000年京都精華大学にいらした時以来9年ぶりのことです。
こんなに偉大な方と、この時代に生を同じくしていられることが、本当に幸せだと改めて思います。

今回は「さとりへ導く3つの心と発菩提心」という演題で、物事の捉え方や悟りへ至るための方法について、かなり深いところまで突き詰めてお話をされました。


本当に盛りだくさんだった内容の中から一番印象に残ったものを、記したいと思います。
それは、「苦しみ」についてのお話です。

・・・・

人生の中で起こってくる様々な問題や苦しみは、すべて自分が作り出している。
そしてその苦しみの根本的な原因とは、自分と他人とを分け隔てて考えてしまうことにある。
自分と他人とを隔てて考えることによって、恐怖や心配や傲慢さなどという煩悩が生まれてくる。

では、苦しみを克服するにはどうしたらいいのか?
それにはまず、自分と他人は同じだということ―他人を苦しめることは実は自分を苦しめることにもなるのだと気づくことが必要である。

a0118928_111170.jpgそしてそのように自分と他人とを同じに見るような愛を育んでいくには、心の訓練が必要である。


・・・・

その心の訓練として、法王は一つは宗教的な修行を挙げられていました。
しかし、宗教色の全くないところでも、そういった心の訓練は可能だ、と言われていました。
例えば日々愛や慈悲深さについて、考えること。
今のありのままを、注意深く観察すること。
一時的な感情や欲望に翻弄されないように、どんなときでも理性を伴った判断や行為ができるように、心を少しずつ少しずつ慣らしていくことが必要なのです、と。


このお話に対して、最後に来場者から質問が出ていました。
「知り合いが交通事故で家族を亡くしてしまいました。
 その家族はちっとも悪いことをしていないのに、どうしてこんな不幸な目に遭うのでしょうか。
 こんなときには、家族を殺した相手を愛することができるとは思えません」
こんな質問だったと思います。

これに対する法王の答えに、深く感動しました。
長くなったので、この続きは明日にでも書きます^^



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by ramram-yoga | 2009-11-01 10:13 | 最近のいろんなこと | Comments(6)