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カテゴリ:本( 72 )
チベットわが祖国
「チベットわが祖国」 ダライ・ラマ著

先日、チベットに行かれた知人に紹介してもらい、今深い感動と共に読んでいる本です。

チベットに強烈に惹かれていた学生時代、来日されたダライ・ラマ14世の講演会に運よく当選し、聴きに行ったことがあります。

実際にお会いしたダライ・ラマ法王は近寄り難さなど全く感じさせず、おちゃめで人懐っこくて、そしてその存在だけで、こちらの心も温かいもので満たされるような、愛にみちた雰囲気を持っておられる方でした。

この本は生い立ちから即位、そして中国からの侵略、亡命と様々な出来事の中を生きてこられたダライ・ラマ14世ご自身の自叙伝として書かれています。

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ダライ・ラマ法王の亡命について、実はあまり詳しく知りませんでした。
弾圧を仕掛けてくる中国側、そして苦しみにあえぐチベットの人々との間に立って、葛藤し苦渋の決断を迫られながら、いかにして平和への道を探し出されていったのか、初めて知りました。

本を読んでいるうちに、自分の心がだんだんと静かになっていくのを感じていました。
法王のもっておられる静けさかが、文章から伝わってきたからでしょうか。

淡々とした文章の中に、チベットの人々の崇高な民族性、チベットの自然の美しさなど、祖国に対する愛情を感じます。
そして、弾圧をしてくる中国の人々にも哀れみと理解をもって対することのできる、民族の境を越えた、生死の境をも越えたような深い洞察力。

今日読み始めましたが、明日には読み終わってしまいそうです。


sachie
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by ramram-yoga | 2009-07-22 23:22 | | Comments(2)
奇跡の脳
アメリカ・タイム誌の「2008年世界で最も影響力のある100人」にも選ばれた、神経解剖学者のジル・ボルト・テイラー氏は、自身の著書「奇跡の脳」の中で、“自分”という感覚についてとても興味深いことを言っています。

“自分”という「個の感覚」は、脳のある領域(=方位定位連合野)が作用することによって作り出されている。
つまり、その領域が脳出血などによって侵されると、“自分”という感覚がまったく別物になってしまう、ということである。

a0118928_22544359.jpg著者のジル・ボルト・テイラー氏は自身の脳出血を通して、その衝撃的な感覚を味わったのだそうです。

左脳にある“個の意識を感じる部分”が侵されたとき、彼女は『自分自身を固体として感じることをやめ、流体として認知する(宇宙とひとつになる)ようになった』のだそうです。

そして訪れたのは、大きな歓びと一体感だった、と。


こんなことを知ると、思うことがあります。

当たり前のように思っている「私」って、いったい何だろう?

普段「私」と「他人」を当たり前のように分けている、その感覚自体、実は当たり前ではないのかな・・・?

ところで、チベットの僧侶とフランシスコの修道女が、ある実験で瞑想や祈りをした時にも、“個の意識を感じる部分”の脳の活動が低下する実験結果が出たのだそうです。

a0118928_22545753.jpgつまり、自分と他人との区別が弱まって一体感を感じる、人間の脳にはその能力が機能として備わっているということです。

そして、脳のどの機能を優位に働かせるかは、自分の選択次第なのだそうです。

ちなみにジル氏は脳出血の後遺症から長い年月をかけて奇跡的に回復し、この「奇跡の脳」を執筆しました。

学者ならではの視点から綴られた脳卒中患者の心理や回復劇には、感動させられっぱなしでした。


(写真は歩いていて見つけた道端のお花。淡いパープルの花びらが素敵。)

sachie
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by ramram-yoga | 2009-07-19 12:56 | | Comments(0)