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カテゴリ:本( 79 )
内観への招待
今日は、ヨーガレッスンの瞑想の時間に、自分の体に対する内観をしました。

普段何不自由なく動いてくれる体を当たり前と思いがちですが、改めて体に「してもらっていること」「負担をかけていること」について調べ、最後に自分の体に「ありがとう」と感謝といたわりの言葉を心の中で言って終わりました。

ある摂食障害の女性は、自分の体に対する内観で、このようなことを思われたのだそうです。

・・・過食しては吐くということを毎日繰り返していました。体をいじめ続けていたのに、それでも体はちゃんと機能してくれていて、生きていることができました。今思うと本当に申し訳ないことをしました (木村秀子著「伯耆の国から」より)

この女性のように、私も日々自分の体に無理をさせてしまっていることに反省したと同時に、それでも健気に働いてくれている体に対して改めて感謝しました。


先日、奈良で内観セミナーを受け、また10月にはふうや内観研修所にてヨーガ療法WSをさせていただくことにもなり、最近もう一度“内観”というものを自分の中で反芻しています。

また、先日ある方からヨーガと内観の違いについて尋ねられてペラペラと説明した後、果たして自分はどのくらいヨーガと内観それぞれについて理解できているのだろう?実はそんなに理解できてなかったりして、とも思いました。


内観とは字に書いてあるがごとく「内を観る」ということでありまして、それは「己を知る」近道なのであります。


a0118928_2273974.jpg現在の内観療法のスタイルを確立された故・吉本伊信先生のご著書「内観への招待」は、上記の文章から始まります。

先日大和内観研修所にお邪魔したときに購入した本ですが、内観についてとても分かりやすくかかれている本だと思います。
吉本先生自身の内観面接者になるまでの並大抵ならぬ苦悩と情熱、そして純粋で真摯な姿勢は、私が食の師と密かに仰いでいる甲田光雄先生と重なるものを感じさせられました。


最後に、「何のために内観をするのか」について書かれた文をご紹介して終わります。

われわれは、この世に教育を受けに生まれてきたのです。
その教育というのは何かといいますと、どんな逆境にさいなまれようとも、また他人の目には「あの人はかわいそうやなぁ」と映ろうとも、どんな地位、境遇、立場、状況にあろうとも、

「ありがたいなあ、わしみたいな悪い奴が今日も元気で達者に、こうして暮らさせてもろうて、幸せやな。
 どこ痛い、どこ痒いっちゅうことあらへん。
 本当に幸せやなぁ。」

と、感謝報恩の気持ちで暮らせる、そういう心のすみかに大転換すること、これがこの世に生まれた目的であり、そのために教育を受けるのであります。(本文より)




a0118928_2283837.jpg右の写真は、吉本先生が建てられた大和内観研修所です。

とても立派で、数十名の方が一度に内観できるのだとか。

中の雰囲気も厳かで、いい内観ができそうです。


sachie
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by ramram-yoga | 2010-09-17 21:20 | | Comments(4)
わが聖地放浪 カイラスに死なず
a0118928_625218.jpgずっとずっと、心待ちにしていたチベット聖地巡礼への出発まで、あと1ヶ月余りとなりました。

「わが聖地放浪 カイラスに死なず」
            色川 大吉 著


チベットの数ある聖地の中でも特に、仏教徒、ヒンドゥー教徒、ボン教徒、ジャイナ教徒の最高の聖地として知られるカイラス山。
巡拝を前に、ヨーガの先輩が読むよう薦めてくださった本です。

カイラス山を巡拝しようとすると、どのルートも標高5000mを超える峠がある過酷な場所。
しかし人間の世界を離れ死神の領域へと近づくほどに、その目に映る光景は叫びたくなるほど美しい・・・と。


― この峻険(しゅんけん)をひたすら越えてくる過程で人間は浄化される。
  カイラスこそ世界の辺境を訪ね歩くことの好きな放浪者の最後の目標の一つであろう。
  そこには人間の生と死を考えるのに最もふさわしい場所がある。
  引導を渡してくれる僧も僧院も、遺体をきれいにしてくれる鳥葬場もそろっている。
  そして何よりもそこには魂が半ば“彼岸”に行ってしまったような、
  この世とあの世を往ったりきたりしている人びと、
  霊的な雰囲気を持つ巡礼者たちが集っている。     (本文より)



この本は著書の色川さんご自身が65歳で念願のカイラス山巡拝を果たした旅行記であり、巡拝中に生死の間をさまよう中で死について生について問う手記でもあります。
ご自身は神や他界の実在は信じていなくとも、巡礼者の純粋な信仰心、こちらには見えないが彼らの目に確かに映っている神、そのような宗教的な事柄にどうしようもなく惹かれていく著者の気持ちを綴られた部分が、またとても興味深く深い感動を覚えます。

言葉での描写がなんてきれいなんだろうと著者の経歴を見ると、文学部のご出身でした。
文章そのものを楽しめる本でもあります。


川口慧海「チベット旅行記」とあわせて読みたい、チベット関連書籍シリーズです。



sachie
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by ramram-yoga | 2010-04-09 07:08 | | Comments(4)
ラージャ・ヨーガ 本能的性質の克服
a0118928_225877.jpg日本ヨーガニケタン主催のYIC(ヨーガインストラクター養成講座)のテキストにもなっている本。
『ヴィヴェーカナンダ・シリーズ(←私が勝手に命名)』第Ⅰ弾。
(第4弾まであります)

ラージャ・ヨーガの“ラージゃ”とは「王様」という意味で、その名のとおりさまざまなヨーガの要素が統合された修行体系、ということです。

また、よくヨーガで持ち出されるたとえがあります。

湖の底に、光る宝石がある。
しかし、水面がさざ波で覆われていたら、また水がにごっていたら、水底の宝石の輝きは見ることができない。
この宝石に例えられているのは、私たちの本質である。
そしてさざ波や水のにごりは、私たちの心の状態である。
水面に宝石本来の持つ輝きが現れ出るように、波立ったりにごったりしている心を、静かに、澄み渡った状態にするのが、ヨーガである・・・。


ラージャ・ヨーガの根本経典である「ヨーガ・スートラ」の書き出しには、次のような言葉があります。

ヨーガとは、心素(心)の働きを止滅することである。 

つまり、絶えず活動している心の働きが静まったとき、その背後にある本質が輝きだす、というのです。
そして、心について探求し、心の働きの制御法を確立している修行体系が、ラージャ・ヨーガということです。

この本の著者であるスワミ・ヴィヴェーカナンダ大師は1893年、シカゴで開催された世界宗教者会議でヨーガの智慧であるヴェーダンタを説いたのだそうです。
それをきっかけにヨーガは世界的に認知されるようになり、まさにスワミ・ヴィヴェーカナンダは世界に最初にヨーガを知らしめたその人でした。

この本では、ラージャ・ヨーガのとっている立場について、またラージャ・ヨーガの概要、そして根本経典であるヨーガ・スートラの簡単な解説が書かれています。
少し難しいのでなかなか全部理解できないでいるのですが、文中でのスワミの語りかけは、心の奥まで浸透して後々まで残るような、不思議な力がある気がします。

とても洞察が深く読むたびに発見があり、また言葉の表現が素晴らしくって、何度も読み返すヨーガ・シリーズの1冊です。


a0118928_2293412.jpg著者のスワミ・ヴィヴェーカナンダ。
この写真に引き寄せられるようにしてこの方の本を読み始めたのが、私がヨーガを学び始めるきっかけになりました。



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by ramram-yoga | 2009-12-14 21:21 | | Comments(0)
奇蹟は自分で起こす
a0118928_2141996.jpg「奇蹟は自分で起こす」
幸せになる1ミリの法則
鈴木秀子 著

前回の記事でもこの本中の文章をご紹介しました。

幸せになる1ミリの法則を25のステップで紹介されています。
著者の鈴木先生は職業柄、人生のいろんな不幸や苦しみに直面した方々に接しておられる方です。
不幸や苦しみの中にあって、何に目を向け、どのように生きていけばいいのか。
深くそして愛のある言葉で綴られている本です。

話の中身も去ることながら、そこに織り成される美しい言葉の数々がとても好きです。
文中にはいくつものエピソードが織り込まれていて、なぜか読んでいると言葉がスッと胸に入りこんで、涙が止まらなくなることがあります。
どうしてこんなに言葉がきれいなんだろうと驚いていて後で知ったことですが、著者は国際文学療法学会会長でもあられるそうで、なるほど納得、です。

文中でその崇高な人格も垣間見ることができ、同じ人間として・日本人としてとても嬉しくも思いました。

a0118928_21454591.jpg巻頭言より一部抜粋。

奇蹟は、見えるかたちでも見えないところにも、日々あなたの中に起こっています。
それは今、あなたが望むものではないかもしれません。
しかし、あなたが自分を信じ、自分の中に、泉のように湧き起こる力に触れるとき、自分を1ミリずつ変えることができます。
1つ1つの体験からあなたは自分の中に秘められた力を確信し、新しい自分に成長します。
これこそ奇蹟です。


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by ramram-yoga | 2009-10-12 21:56 | | Comments(0)
スイッチ・オンの生き方
―人間の全遺伝子情報(ゲノム)の差は、ノーベル賞をもらう天才と普通の人を比べると、わずか0.5%の差しかありません。
 遺伝子(ゲノム)のレベルでみれば、人間は99.5%同じだということです。―
                           本文より

a0118928_16522490.jpg遺伝子工学で世界をリードする研究者の一人であり、筑波大学名誉教授の村上和雄さんの書かれた著書です。
村上さんの50年にわたる遺伝子研究の総決算書でもある著書だけあって、内容は濃く、しかしシンプルかつ誰にでもわかるやさしい言葉で書かれています。

最近、心の持ち方が身体に大きく影響するとより強く感じるようになったのは、この本を読んだのがきっかけでした。

村上さんによると、遺伝子には“オン”の状態と“オフ”の状態があるのだそうです。
そして、人間のような高等な動物の遺伝子は、ほとんどが“オフ”の状態で眠っているのだそうです。
なので、自分が「ここまで」と思っている限界は決して限界ではなく、それどころか、頭で考えて「こんなことはダメだろう」と思うようなことも可能にする能力を、私たちの遺伝子は持っているのだそうです。

では、どうすれば眠っている遺伝子を“オン”にして、最大限の力を発揮することができるのか?
その一番キーになることは、私たちの心のありようなのだそうです。

a0118928_16555293.jpg明るい・前向き・笑顔

といったポジティブな心が、無限の可能性を秘めた遺伝子のスイッチをオンにしてくれるのだそうです。

そして自分で限界を決めてしまわず、決してあきらめないこと。
大切なことだって思ってはいるけれど、科学者から言われると、また説得力がありますね^^

さぁ今日も、笑顔で過ごそう。
そして、つらいことや苦しいことがあっても、笑顔を忘れずにいたいな。



(写真は、先日の夕空です。しばらく見とれてしまいました。)

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by ramram-yoga | 2009-09-03 16:53 | | Comments(2)
凡事徹底
心が洗われるような本に出会いました。

イエローハット元社長である、鍵山秀三郎氏の「凡事徹底(ぼんじてってい)」という本です。

鍵山氏は社長に就任してから一日も欠かすことなく、誰もが一番嫌がるトイレ掃除を毎日徹底してされていたそうです。

“才能のない私自身がこの世の中を渡っていくためには、悪いことをするか、あるいは、徹底して平凡なことをきちっとやっていくかのどちらかしかありませんでした”

というような文章の端々にも謙虚さを感じさせられ本当に偉大なお方だなと思います。


本の最初には「鄙事(ひじ)多能」という言葉が紹介されています。

a0118928_8144683.jpg
・・・世の中の人はだれでも特別になりたい、人より頭一つでも抜きん出て特別な人生を送りたいと思うものだ。

これは人間だけでなく、犬でも猫でもそうで、同類の中で特別でありたいというのが動物の本能である。

しかし、実は世の中に特別なこととか特別なものは何もないのだ、と。

それより大切なのは普通の人たちが雑事として扱う簡単なことをいかに極めていくかが大切である。

例えば、朝起きたら布団をたたむとか、掃除をするとか、そういった身辺の雑事に対していつも多能で、器用であれ、と。


難しいこと、大きいことにばかり気をとられるのではなく、日常の何気ないことに光を当てて大切にする鍵山さんのお人柄を感じます。

そして、何気ない出来事をもっと楽しめそうな気がしてきます。
今朝、片付けや掃除をいつもより心を込めてやってみました^^




sachie
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by ramram-yoga | 2009-08-12 08:23 | | Comments(0)
「チベット旅行記」河口慧海

「チベットわが祖国」に引き続き、チベット関連の本を読んでいます。
著者の河口慧海 (かわぐち・えかい)さんは慶応~明治時代を生きた僧侶で、仏典の原書を求め日本人で始めてチベットの入境を果たした方です。
この本を読むと、そのチベットを求めた何年にも及ぶ旅の、慧海師の息遣いが伝わってきて、とてもエキサイティングで感動的な本です。

a0118928_1215984.jpg中でも何に一番感動したかというと、慧海師の崇高な人間性です。
仏教の根本を確かめたい一心で何年もかけてチベットへ渡るための準備をした緻密さ、
旅先で出会う人出会う人に親切にする愛情の深さ、
どんなに困難に突き当たっても、その中に幸せや心の静けさを見出せる聡明さ、
そして何よりも、決してぶれることのない情熱と純粋さ。
こんな方が生きていた、ということを同じ人間として嬉しく、誇りに思いました。

旅行記には、慧海師が何度か死の危機に直面する場面が出てきます。
あるとき川を渡っているときに急流に飲み込まれて、もう死ぬかもしれないと思ったとき、師は遠のく意識の中で臨終の願を立てます。

「わが本来の願望は遂げられなかったが、わが最恩人である父母と朋友信者のために、もういちど生まれ変わって、仏法の恩に報ずることができますように・・・」

と、自分のことは置いておいて、日本に残してきた家族や友人、信者さんのことを考え願いながら死のうとしていきます。

自分の最期を思ったときにこのような心でいることができる、その清らかさに思わず泣いてしまいました。


本を読み進めていると、慧海師とダライ・ラマ法王の価値観が重なっていくような気がしています。
お二人ともその崇高なお人柄の背景に、仏教への深い理解と実践があることを感じさせられます。


sachie
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by ramram-yoga | 2009-08-03 12:15 | | Comments(0)
チベットわが祖国
「チベットわが祖国」 ダライ・ラマ著

先日、チベットに行かれた知人に紹介してもらい、今深い感動と共に読んでいる本です。

チベットに強烈に惹かれていた学生時代、来日されたダライ・ラマ14世の講演会に運よく当選し、聴きに行ったことがあります。

実際にお会いしたダライ・ラマ法王は近寄り難さなど全く感じさせず、おちゃめで人懐っこくて、そしてその存在だけで、こちらの心も温かいもので満たされるような、愛にみちた雰囲気を持っておられる方でした。

この本は生い立ちから即位、そして中国からの侵略、亡命と様々な出来事の中を生きてこられたダライ・ラマ14世ご自身の自叙伝として書かれています。

a0118928_22592667.jpg

ダライ・ラマ法王の亡命について、実はあまり詳しく知りませんでした。
弾圧を仕掛けてくる中国側、そして苦しみにあえぐチベットの人々との間に立って、葛藤し苦渋の決断を迫られながら、いかにして平和への道を探し出されていったのか、初めて知りました。

本を読んでいるうちに、自分の心がだんだんと静かになっていくのを感じていました。
法王のもっておられる静けさかが、文章から伝わってきたからでしょうか。

淡々とした文章の中に、チベットの人々の崇高な民族性、チベットの自然の美しさなど、祖国に対する愛情を感じます。
そして、弾圧をしてくる中国の人々にも哀れみと理解をもって対することのできる、民族の境を越えた、生死の境をも越えたような深い洞察力。

今日読み始めましたが、明日には読み終わってしまいそうです。


sachie
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by ramram-yoga | 2009-07-22 23:22 | | Comments(2)
奇跡の脳
アメリカ・タイム誌の「2008年世界で最も影響力のある100人」にも選ばれた、神経解剖学者のジル・ボルト・テイラー氏は、自身の著書「奇跡の脳」の中で、“自分”という感覚についてとても興味深いことを言っています。

“自分”という「個の感覚」は、脳のある領域(=方位定位連合野)が作用することによって作り出されている。
つまり、その領域が脳出血などによって侵されると、“自分”という感覚がまったく別物になってしまう、ということである。

a0118928_22544359.jpg著者のジル・ボルト・テイラー氏は自身の脳出血を通して、その衝撃的な感覚を味わったのだそうです。

左脳にある“個の意識を感じる部分”が侵されたとき、彼女は『自分自身を固体として感じることをやめ、流体として認知する(宇宙とひとつになる)ようになった』のだそうです。

そして訪れたのは、大きな歓びと一体感だった、と。


こんなことを知ると、思うことがあります。

当たり前のように思っている「私」って、いったい何だろう?

普段「私」と「他人」を当たり前のように分けている、その感覚自体、実は当たり前ではないのかな・・・?

ところで、チベットの僧侶とフランシスコの修道女が、ある実験で瞑想や祈りをした時にも、“個の意識を感じる部分”の脳の活動が低下する実験結果が出たのだそうです。

a0118928_22545753.jpgつまり、自分と他人との区別が弱まって一体感を感じる、人間の脳にはその能力が機能として備わっているということです。

そして、脳のどの機能を優位に働かせるかは、自分の選択次第なのだそうです。

ちなみにジル氏は脳出血の後遺症から長い年月をかけて奇跡的に回復し、この「奇跡の脳」を執筆しました。

学者ならではの視点から綴られた脳卒中患者の心理や回復劇には、感動させられっぱなしでした。


(写真は歩いていて見つけた道端のお花。淡いパープルの花びらが素敵。)

sachie
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by ramram-yoga | 2009-07-19 12:56 | | Comments(0)