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カテゴリ:本( 73 )
3・4月の読書本
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11.『赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア: 自分を愛する力を取り戻す〔心理教育〕の本』白川美也子著
12.『インナーマザーは支配する:侵入する「お母さん」は危ない』斎藤学著
13.『子別れレッスン:「おっぱい男」と「わがまま妻」』斎藤学、久田恵著
14.『それでも人生にイエスと言う』V・E・フランクル著
16.『夜と霧』V・E・フランクル著(再読)
17.『生活世界の存在論:生きる根拠を求めて』鈴木亨著作集第5巻より 鈴木亨著
18.『医学・医療原論ーいのち学&セルフケアー』渡邉勝之編著(再読)
19.『医療学総論ーケアを科学するー』広井良典編
20.『はじめての「密教的生き方」入門』藤崎雅好著
21.『死生観を問い直す』広井良典著
22.『「自分のために生きていける」ということ』斎藤学著
23.『男の勘ちがい』斎藤学著


**********

鈴木亨著作集第5巻の『生活世界の存在論:生きる根拠を求めて』は、私がこれまで出会った本の中で最も深く魂に響き、影響を受けた著作のひとつとなりました。
鈴木亨は難解だとされる西田哲学の継承者でありますし、著作集自体も重厚感に溢れているので、最初はとっつきにくいかもしれませんが、中身はその印象とは違うものでした。
哲学者や専門家に向けて書かれたものではなく、根源的な思索への志を持つ人々に向けられて、書かれたものだったのです。


(前書きより)
わたしが12,3歳のころ、突然に「わたしは何のために生きているのであろうか」という疑問にとりつかれ、強度のノイローゼになるまで悩んだ。
むろん、何の解決も得られなかったが、その後は、あらゆるものを犠牲にして、この問いに向かって突き進んだ。
わたしは、自分のためにのみ思索し、(中略)…、その結果、世界のいかなる哲学とも異なる自分だけの思想的核心を、その思想の大小・深浅を別にすれば、持つことができたと考えている。
わたしの望むところは、根源的な思索への志を持つ読者が、わたしの思索との対話を通じて、ゆらぎつつ苦悩しながら、自分自身の世界観・人生観の基礎を得て、自己の人生に核心をもって生きるための一つの根拠を提供することである。


まだご存命の鈴木亨氏。
数年前までは、大阪経済大学の学長もなさっていました。
願わくば、ぜひ一度お目にかかりたいものです。








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by ramram-yoga | 2017-04-30 12:20 | | Comments(0)
12・1・2月の読書本
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2016年12月
31.『医学・医療原論-いのち学&セルフケア』渡邉勝之著

2017年1月・2月
1.『逝きし日の面影』渡辺京二著
2.『深美意識の時代』天下司朗著
3.『世界は祈りでひとつになる』白鳥哲著
4.『白鳥式ヒーリング(DVD)』白鳥哲
5.『ギフト』白鳥哲著
6.『真理の探究-仏教と宇宙物理学の対話』佐々木閑、大栗博司著
7.『10秒でこころの悪循環を断ち切る方法』矢場田勲著
8.『ブッダ真理のことば』佐々木閑著
9.『ブッダ最期のことば』佐々木閑著
10.『インナーチャイルドー本当のあなたを取り戻す方法』ジョン・ブラッドショー著

******

特筆すべきは渡辺京二著『逝きし日の面影』。
江戸時代に日本にやってきた西洋人の、日本についての膨大な記録を著者がまとめたもので、読んでいると当時の日本人の様相がイキイキと目の前に広がるようです。

その時代の日本人はとても陽気で幸福であったこと、死を恐れていなかったこと。
どんなに貧乏でも、他の諸外国の貧困層とは違い、清潔であったこと。
礼儀正しく、親切であったこと。
今の日本の様子からすると少し信じがたいのですが、私たちの祖先は本当によく笑う(どんなことにでもとにかく笑い転げるほど笑う)陽気な民族だったようです。



印象に残った本をもう一冊挙げるとすれば『インナーチャイルド』。
教育分析(カウンセラー自身が自己理解を深めていくために指導者から受けるカウンセリング)を受けて、自分の核心部分にいよいよ迫っていこうとするときに読みました。
そして間もなく、自分のこれまでの人生が一本の線でつながって見えはじめました。
いわば、これまで自分のやってきたことの「方程式」のようなものが見つかった瞬間でした。
その時から涙が止まらず、その日の夜も、翌日も、これまでの人生の様々な自分のエピソードにその方程式を当てはめては涙・涙。
あんなに泣いたのは久しぶりです。
これまで「私はなんであの時あのような状態に陥ったんだろう」と、不可解だったことも、その本当の意味が分かっていきました。

私たちは、普段いろんな"意図”を持って、要所要所で意識的に意思決定をし、人生を生きています。
ですが、自分でも不本意な状態に甘んじてしまっていたり、よく陥ってしまう悪循環があったりします。
その時に、”意識的な意図”の他に、そのもっと奥にある”隠された意図”があるのです。
”隠された意図”は、普段、無自覚です。
なぜ無自覚なのかというと、それを自覚してしまうと、自分のアイデンティティが危うくなるのですね。

かくいう私も、必死にアイデンティティにしがみついていたわけですが、そのアイデンティティというものがガラガラと崩壊していったわけです。
その時は、まるで抜け殻になったような、非常に空虚な気持ちに支配されました。

でも。
その後、アイデンティティなど、そもそも幻想だったことに気付きました。
アイデンティティとは通常、「自分は〇〇だ」と固定させてしまう、まさにヨーガの言うところの非我だったのですね。
”私”という個の意識としてのアイデンティティから離れ、もっと普遍的なものへ結びつけようとする、それがヨーガです。
理論では学んでいましたが、頭ではなく実際の体験での理解が、これから少しずつ深めてみたいな、と思っています。








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by ramram-yoga | 2017-02-28 23:11 | | Comments(0)
10・11月の読書本
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21.『ある瞑想家の冒険』ボブ・フィックス著
22.『超人生のススメ』ボブ・フィックス著
23.『真理のひびき』ヨーギ・バジャン著
24.『本当の仏教を学ぶ一日講座 ゴータマは、いかにしてブッダとなったのか』佐々木閑著
25.『見てる、知ってる、考えてる』中島芭旺著
26.『日本一の大投資家から教わった最も大切なこと』本田晃一著
27.『日々是修行』佐々木閑著
28.『因幡の源左―妙好人』柳宗悦編集
29.『〈気〉の臨床心理学』黒木賢一著
30.『十牛図―自己の現象学』上田 閑照 , 柳田 聖山著


*************

なんとこの2か月の読書本は、全て人から紹介していただいたものでした。
本との出会い、人との出会いはいつも絶妙なタイミングでやってきます。


なかなかブログも更新できていませんが、最近のテーマは「ゆるめる」。
「ゆるめる」ことは、「ゆるす」こと。
逆に、許すことができない人は、身体も緩んでいかないと、ヨーガのクラスをしていて実感しています。
あの人が許せない、この行為が許せない。
許せないことがある人は、実は自分が許せていないのですよね。
そして、許せない自分を厳しく罰しています。

苦しい・つらい・しんどい…。
どうしてこんな風になってしまっているんだろう。
抜け出したい。

そんな日々を送っているなら、少し自分を省みる必要がありそうです。
自分に、幸せになることを許しているかどうか。


・・・・・


緩めることができない人は、緩めることを恐れている場合も多いと感じます。
緩めてしまうと、これまで必死に抑えてきた自分の中の何かが、出てきてしまいそう。
これまで必死に守ってきたものを、失ってしまいそう。
以前の私もまさに、そうだったと思います。

でも。
実際に緩めてみても、恐れていた自体は起きませんでした。
緩めるということは、それだけ委ねることができるということ。
必死に守ってしがみついているものを手放して委ねると、そこにとても力強くて大きな流れがあることに気付きます。
その流れに、身を任せていけばいいのだと思います。
ただただ、安心して。


そんなことを感じている、今日この頃です。
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by ramram-yoga | 2016-11-30 11:50 | | Comments(0)
腹中書あり
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携帯が普及している時代ですから、電車に乗って何かをしているというと、ほとんどの人が携帯画面を見ていますし、私もよくそのうちの一人となっています。
ですが、その中に時々文庫本を読んでいる人の姿が目に入ると、「あ、いいなぁ」といつも思います。
携帯はつながりを持つツールなので、一人でいても常に何か外界の何かと繋がっているというイメージですが、本はというと反対に、一人の世界に入っていく方向性をもっているように思います。
ある意味で孤独な世界とでもいうのでしょうか、その孤独な姿に知的な雰囲気を感じます。
孤独であることと知的というのは、どこかで深くつながっているのかもしれません。

本との出会いというのは、時には人との出会い以上に人生に大きく影響するものだと思います。
いつ、どのような状況で出会うかというのも、まさに一期一会。
振り返ってみると、人生のある時期、ある時期で、その時身近にいる誰かに何冊か続けて本を紹介してもらっていることが分かりました。
大勢に向けられて紹介された本ではなく、特に他の誰でもない私に対して、紹介してもらう本。
私の場合は、それはある時期までは母からの勧めの本の数々でした。
そしてここ3年くらいの間、ある一人の人に紹介していただいた本を読み続け、それが50冊ほどになり、なんとなく一区切りついたところです。
そうすると最近になって、また別のある方が、その人に代わるようにして本を紹介してくださるようになったのです。
何かとても面白いな、と思います。
尊敬する人に本を紹介してもらえるということは、とてもありがたいことです。

さて、前置きが長くなりましたが、定期購読している月刊『致知』の今年7月号の特集テーマが「腹中書あり」で、各界の第一線で活躍する人たちがそれぞれご自身の”腹中書”を紹介されていました。
人生で訪れる数々の苦難を乗り越えていく際、闇の中にさす一筋の光明となるような書籍の数々。
ここにメモがてら記しておき、おいおい読んでみたいと思います(カッコ内の名前は紹介していた人です)。

『坂の上の雲』『西郷隆盛』(河野克俊:統合幕僚長)
孔子『論語』(安岡定子:安岡正篤の娘さん)
内村鑑三『代表的日本人』(堀義人:グロービス経営大学院学長)
ナポレオン・ヒル『成功哲学』(黒岩功:ル・クログループオーナーシェフ)
アレクサンドル・デュマ『モンテ・クリスト伯』(中井宏:認定NPO法人脳脊髄液減少症患者・家族支援協会代表理事)
『老子』(濵口道成:国立研究開発法人科学技術振興機構理事長)
安岡正篤『知命と立命』(小林充治:アスペック社長)
佐藤一齋『言志四録』、公安書『碧巌録』


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読書が人を強くする
絶えず本を読むことです。
人生について書かれたものや、成功譚(たん)というのは、やはりその人の長い人生での経験がつまっているものですから、それらに接している人はやはり他の人とは違ってくる。
それは、立身出世主義だとかあるいはお説教じみているとか、道徳臭いとか何とか、悪口をいう人はいっぱいいる。
だけど、心がけて、そういったものを読み続けた人というのは、やはり何かの時には強いと思います。(渡部昇一)



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by ramram-yoga | 2016-10-11 10:06 | | Comments(0)
8・9月の読書本
今年1月からの通し番号で記録しています。

16.『苦しみはナチュラルじゃない』大和田菜緒著
17.『アップデートする仏教』藤田一照・山下良道著
18.『アーユルヴェーダ健康法』クリシュナ・U. K.
19.『精神科の薬がわかる本』姫井昭男著
20.『ぜんぶわかる脳の辞典』酒井建雄・久光正監修

あまり読めていませんね。
最近は臨床心理士試験の前ということで、ひたすら試験対策の勉強をしています。
試験勉強はプレッシャーもありますし、労力もいりますが、このようなことがなければ勉強できなかったことも多々あり、ありがたいです。
臨床家として常に勉強を継続しなければと、身が引き締まる思いでいます。

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by ramram-yoga | 2016-09-30 14:52 | | Comments(0)
1~7月の読書本
今年上半期に読んだ本を記録がてら記しておきます。

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1.『反省させると犯罪者になります』岡本茂樹著
2.『妊婦の』
3.『状況に埋め込まれた学習-正統的周辺参加』福島直人
4.『「気」で知る深層心理学』河野十全著
5.『人間の神秘 第1部 生命の神秘』河野十全著
6.『人間の神秘 第2部 「気」で生きる』河野十全著
7.『人間の神秘 第3部 生命を探る』河野十全著
8.『仏教思想のゼロポイントー「悟り」とは何か』魚川祐司著
9.『看護の力』川嶋みどり著
10.『看護のための精神医学』中井久夫、山口直彦著
11.『ゆるんだ人からうまくいく』ひすいこうたろう×植村紘治
12.『心的トラウマの理解とケア』金吉晴
13.『面白いほどよくわかるフロイトの精神分析』立木康介著
14.『臨床家のためのDSM‐5』森則夫、杉山登志郎、岩田康秀著
15.『ウニヒピリ』イハレアカラ・ヒューレン、KR女史、平良アイリーン著
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by ramram-yoga | 2016-07-31 15:12 | | Comments(0)
心的トラウマの理解とケア
臨床心理士の資格試験に向けて、引き続き関連書物を読んでいます。

今日読み終わったのはこちら。

心的トラウマの理解とケア

金 吉晴 / じほう



PTSDという言葉が広く知れ渡るようになって久しいですが、このような病気の発症の原因となる心的トラウマ(外傷)を受けた方に対する専門化向けのガイドラインです。

心的トラウマと一言に言っても、今回の熊本地震のような自然災害や、地下鉄サリン事件などの集団毒物汚染事件、JR福知山線脱線事故のような過失災などの中~大規模なものから、虐待、性暴力被害、DV、いじめ等の個人レベルでのものまで多岐にわたり、それぞれに症状の出方の特徴や介入の仕方が少しずつ違ってきます。

そのあたりのことがよく分かると同時に、執筆された先生方の熱意が伝わってきて読み終わった後にある種の感慨が残りました。



心的トラウマを受け、外傷後ストレス障害(PTSD)を発症する人にはいくつかの共通する特徴があります。

●侵入症状(再体験)
 その出来事が自分の意思とは関係なく繰り返し思い出される
 出来事についての苦痛な夢を繰り返し見る
 当時感じた強い心理的苦痛を反復して体験する

●回避・麻痺症状
 その出来事と関連した思考・感情および場所・活動・人物を避けようとする努力
 出来事の重要な場面を思い出すことができない
 生活における重要な活動への無関心
 感情が乏しくなる
 未来に希望が持てない

●過覚醒症状
 入眠できない、夜中に目が覚める
 怒りっぽくなる
 集中力の低下
 過度の警戒心を持ち、過度に驚いてしまう



心的トラウマを受けた後に生じるパニックや悲嘆反応は、“異常な事態に対する正常な反応”であり、おかしいことではありません。
しかし、上記のようなPTSD症状が出ている場合には、やはり何らかの形で専門家の助けを借りる必要が出てくることになります。
PTSDの治療体制は、わが国では地下鉄オウムサリン事件があった頃から少しずつ確立されてきているようです。
また、関西では阪神淡路大震災があった関係で、トラウマケアに関する専門家が多い地域でもあります。
私の通っていた兵庫教育大学大学院でも、児童虐待、大規模災害、大規模事故、DV被害など様々なトラウマに対して専門的に研究・実践されている先生方がおられ、トラウマ・ケアについて学ぶことができました。


心的トラウマを受けた人が、どの専門機関にアクセスするかはとても重要なことだと思います。
それぞれの医師の、言ってみれば得意・不得意がやはりどうしてもありますので、例えばあまりにトラウマに関する知識や治療経験のない医療機関にアクセスすると、なかなかニーズにあった治療を受けることができないのも、また事実だと思います。


兵庫県では、兵庫県こころのケアセンターでしたらトラウマ・ケアを専門とする先生方がいらっしゃいます。
こちらで実際に治療を受けるかどうかは別としても、相談することで何か有益な情報が得られるのではないかと思います。
心的トラウマを受けている人たちが、少しでも適切なケアを受けることができますように。
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by ramram-yoga | 2016-07-26 01:12 | | Comments(0)
仏教思想のゼロポイント
とても面白い本でした。

『仏教思想のゼロポイント -「悟り」とは何かー』

仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か

魚川 祐司 / 新潮社



東京大学で西洋哲学を、同大学院でインド哲学・仏教学を専攻、その後ミャンマーに渡航し、テーラワーダ仏教の修行も経験するという、研究者であり実践者の著作です。

仏教の研究者・実践者が、いわば“内側”から仏教を解説することはよくあると思います。
しかし、この本の著者の魚川氏は自身が仏教の研究者・実践者という当事者性をおびながらも、あくまで“外側”の第三者的な立場から客観的に(時折批判的に)仏教というものを眺め、鋭く切り込んでいくところに新鮮さを感じました。

扱う内容も大胆かつ、興味をひくものでした。
まず、第一章では、ゴータマ・ブッダの教えは現代日本人である私たちにとって、果たして「人間として正しく生きる道」であり得るのかどうか、という問題提起から始まります。
そして、ブッダの解いた「無我論」の真意に迫り、諸行無常の背後に絶対的な真実在があるかどうかについてブッダが当時の弟子たちにどのような態度をとっていたのか、等いくつかの考察を経て、本書の主題である仏教のゼロポイント、すなわち“涅槃”とは何かについてストレートに迫っていきます。

私自身は、今まで仏教の無我論というものをよく理解できていなかったようで、ブッダはヨーガにおける真実在である“真我(アートマン)”に対する反論として無我論を提唱したものとばかり思っていました。
しかし、本書を読む限り、そうでないことが分かります。
ブッダは、人が色(しき)、すなわち変わりゆくものに自己のアイデンティティを重ねている状態に対して「その変わりゆくものの中にはありませんよ」という意味で、「無我」という言葉を用いたようです。
こうして理解してみると、仏教における「無我」 はヨーガの変化するものには自己のアイデンティティを見出さないという考え方と相違ないと思いました。
ただ、真我を積極的に肯定するかどうかの見解に、やはり両者の違いがあります。
ヨーガでははっきりと、真我(アートマン)こそが真実在であるとしています。
一方ブッダは、そのあたりの究極的な部分に関しては沈黙を守っていたということですが、もはや涅槃の境地においてはそのような質の問題は意味をなさないのでしょうね。
真我(アートマン)の実在の有無は色(しき)の世界においてのみ問われるような質のもの、ですから。
本書でも、涅槃の境地においては「存在・非存在といった、分別や判断の作用自体が、停止してしまっている」と記されています。

私自身、その無分別の境地に意識をシフトしていきたいと思った時に初めて、現象世界に対して非常に強い愛着を持っているために大きな抵抗を起こしていることに気付きました。
同時に愛着の対象を失うことへの恐れの感情をたくさんもっていることにも気づきました。
しかし、その状態こそが本書で言われている“苦”の状態であり、そこから脱すると、いかに現象世界に愛着を持っている状態が苦であるのかが、分かるのだろうと思います。
また、そこ(涅槃の境地)へ至る道は、決して苦しみや恐怖を伴うものとは限らないのだろう、とも思います。
執着の対象物を手放すべく血を滲ませながら頑張る、というよりは、より崇高な境地に行くことで、それまでしがみついていた愛着の対象からごく自然に離れていく、ということが起こってくるのではないかと思います。
スワミ・ヴィヴェーカナンダが「バクティ・ヨーガ」の中において言及しているように、その移行は”なめらかに”行われるのかもしれません。

あとがきに紹介されていた「アップデートする仏教」も、面白そうだったので早速注文してみました。
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by ramram-yoga | 2016-07-21 22:01 | | Comments(0)
フロイトの精神分析
臨床心理士の資格試験を10月に控え、そろそろ本格的に試験勉強をスタートさせています。

参考図書の一つとして挙げられていたこの本を、読んでみました。

面白いほどよくわかるフロイトの精神分析―思想界の巨人が遺した20世紀最大の「難解な理論」がスラスラ頭に入る (学校で教えない教科書)

日本文芸社


心理学の世界では耳にタコができるくらい聞いている“フロイト”ですが、意外と知らないことも多く、とても面白かったです。

フロイトの創始した精神分析では自分自身では意識化し得ない“無意識”を想定し、転移や防衛機制といった心理的反応の奥に潜む潜在的な欲望や、意識の外に押しやってしまったトラウマティックな記憶を蘇らせることによって、症状からの解放を目指していきます。

フロイトは、人間の活動源となる心的エネルギー「リビドー」は性的欲動のエネルギーであるとしましたが、これに関する考えの違いが後に、かの有名なユングやアドラーがフロイトの元を去っていく要因になったことはよく知られている話です。
また、今や心理学の世界でフロイトが語られる時には、上記の性的リビドーや対する批判的な意味合いが含まれていることが多いように思います。

しかし、フロイトが、ヒステリーの病理は心理的なところにあるとする以前は、ヒステリーといえば女性特有の子宮に関連する疾患だと捉えられていた時代です。
また、それ以前、病気は神の怒りによって生じると信じられ、シャーマンや魔女の祈りによって治癒させようとしていた時代。
そのような精神疾患に対する間違った解釈が横行していた時代に、神経症のメカニズムを解明していこうとしたフロイトには、非常に鋭い洞察力と、患者への観察力、当時痛烈に彼を批判した医師達にも負けることなく自分の見解を主張し続けた強さがあったのだと思います。

また、本書の著者である立木康介氏はフロイトのことを“蒸気機関車”に例えています。
朝から晩まで患者を診察し、恐ろしく中身の濃い論文や著作を数多く残し、その合間におびただしい数の手紙を書き残していたのだとか。
また、社交的なことはあまり好まず学究に明け暮れ、文章が非常に洗練されたものであったため、彼が作家として小説を残さなかったことを惜しむ声もあるのだそうです。
そして、大の家族想いだったとのこと。
なんとなくこれまでフロイトに対しては気難しいイメージを持っていたのですが、非常に魅力的な人物に思えてきました。
そして、現在私も少なからず、フロイトの恩恵を受けているわけであり、その偉大さを感じずにいられません。

…臨床心理士の資格試験、なかなか問題が難しい。
大学院の入学試験より格段にレベルが高いです(それは、当たり前ですね^^;)。
院に入る前に放送大学の心理と教育コースを修了していましたが、そこで心理学の基礎的な知識をある程度網羅できていたのはよかったと思います。
さて。
しっかり勉強しなければと思いますが、このようにいろいろと学び直せる事は愉しく、ありがたくも感じています。
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by ramram-yoga | 2016-07-20 16:23 | | Comments(0)
看護の力
先日、看護学部の学生さんに授業をさせていただいたのがきっかけで、今まで自分が知っていると思っていた「看護」というものを、実はあまり理解できていないのではないかという思いを大きくしました。

また、今回の講師として私にお声がけくださった小山敦代先生の実践されている「ホリスティック・ナーシング」では、人間存在を肉体だけでなく、精神、そして魂(spirit)までをも包括したホリスティックな存在としてとらえ、アプローチしていく、ということを知りました。
ホリスティックナーシング研究会という会もあります。)

そして何より、看護師として長年経験を積まれてきた小山先生のお人柄に惹かれたということがありました。
にじみ出るあたたかな母性、そこにある種の神聖ささえ感じられました。
この方の魅力の源泉は、どこにあるのだろう?

そんな小山先生が看護学生さんにおすすめの一冊として紹介されていたのが、この本です。

看護の力 (岩波新書)

川嶋 みどり / 岩波書店



川島みどり先生は、以前所属していた日本統合医療学会でお見掛けしたことはあるのですが、実際に著書を読むのは初めてでした。
「看護」という仕事の何たるかが、やさしくきれいな日本語で書かれています。

「看護の力」は、注射や薬のような外部からの力ではなく、その人に本来備わっている治る力を上手に引き出すことにあります。

と文中にもありますが、本の中で、いくら西洋医学的な処置や投薬を行っても改善しなかった患者さんが、看護師による清拭や食べ物の工夫、触れることやあたたかな雰囲気の中での会話などによって、目を見張るような体調の改善を果たす様子が記されていました。

専門的な知識や技術はもちろんなのですが、「看護」の本質は、母親が病気になったわが子のおでこに額を当て、表情を含めて様子をよく観察し、心地よく休むことができるように環境を整える、そんな母性的な愛の延長線上にあるような気がしました。

***********

もう少し、看護について、いろいろ本を読んでみようと思っています。

次は、看護学生さんならだれでも教本として親しむという、ナイチンゲールの「看護覚書き」という本。
何しろ、ナイチンゲールは非常に深く、独自の自然観・哲学をその活動の根底に持っていたようです。
カルマ・ヨーガ(行為のヨーガ)の経典であるバガヴァッド・ギーターも愛読していたのだとか(これには驚きました)。
そろそろ、届くころです。
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by ramram-yoga | 2016-07-13 09:25 | | Comments(0)