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カテゴリ:ことば・メッセージ( 49 )
お盆に、祖母を偲んで
a0118928_19205049.jpg大好きだった祖母が亡くなってから、1年半が経ちました。

お盆のせいか、最近祖母のことをよく思い出します。

優しくて温かくて、いつも「さっちゃん」と、にこにこと笑顔で抱きしめてくれていた祖母が、晩年には意識障害のために、私の顔を見ても以前のような笑顔を見せてくれることは無くなりました。

ほっそりと痩せて小さくなった祖母が、苦しそうな息をしながらベットに横たわっている映像がふと、蘇えりました。

目の前にいる、以前とまったく変わってしまった祖母を、今思えば受け入れられずにいたような気がします。

私の中の祖母は長いこと、元気だった頃のままでした。
でも、今は、晩年の苦しそうだった祖母の姿を思い出しても、悲しくはなりません。

祖母の亡くなった後は、どうしようもない悲しみに耐えられそうにありませんでした。
でも、今は、悲しくはありません。

祖母の本質は、あの肉体ではなかったのだ、と思うようになりました。

いつでも、祖母は私のそばにいてくれている。
私がそちらにこころを開きさえすれば・・・。
そんな風に感じています。


先日学んだ、ヴェーダンタの講義の中で、講師の村井さんが宇宙に偏在するブラフマンの概念について、分かりやすい詩を見せてくださいました。


私は、いつも、あなたのそばにいます。

あなたは、私を必要としていますか?
私は、そこにいます。

あなたに私がみえなくとも、私は、あなたが見ている光そのものです。

あなたに、私の声が聞こえなくとも、私は、あなたの言葉を通して、話しています。

あなたは、私に触れることができなくとも、私は、あなたの手を動かす力なのです。

私は、常に働いていますが、あなたは、私の行為を知らないでしょう。

私は、美しい姿、素晴らしい形をしているわけでもなく、いかなる秘密めいたものでもありません。

完全なる静けさの中、あなたが、自分自身を忘れる時、私の存在がはっきりと解るでしょう。

でも、それは、信仰と信頼によってのみ可能となります。

私は、そこにいます。
あなたが、私を必要とするところに。

あなたは、私なんてそこにいないと言うかもしれません。
でも、私は、そこにいます。

あなたが、よそよそしい態度でいても、私は、必ずそこにいます。

あなたが恐怖の中にあるとき、私は、あなたの友として見守っています。

あなたが、痛みで苦しんでいるとき、私は、決してあなたの手を離したりはしません。

あなたが、私に祈っても、祈らなくても、私はいつもそばにいます。

あなたには、私への確信がないかも知れません。

でも、私のあなたへの信頼はゆるぎません。

なぜなら私は、あなたをとてもよく知っているからです。

私はあなたを一番大切に思っています。

ああ!最愛の人よ、私は、ずっと、あなたと一緒です。





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by ramram-yoga | 2010-08-16 19:12 | ことば・メッセージ | Comments(2)
“宗教的であること” と “実際の生活”
先日、NHK「こころの時代」に宋吉寺前住職の西川玄苔さんが出演され、お話しされていた内容がとても心に残りました。

a0118928_2211597.jpg西川さんは、エゴ(我)をどうしたら無くすことができるのか、若い頃とても悩まれたのだそうです。

例えば戦時中で飢えていた時、目の前に出されたお米に思わず我先にと手を伸ばした自分に気づいたとき。
教師の頃、表向きは平等に接していたが、心の中では選り好みをしていた自分に気づいたとき。

どれだけ座禅で無我の境地に達しても、世俗的な生活に戻るとエゴが頭を出してくることに、愕然としたそうです。

そのことに気づいたときから、“宗教的であること”と“実際の生活”とを、どのようにしたら調和させて生きていくことができるのかを、考えるようになられたのだそうです。

そこでたどり着いたのは「大事なことはエゴを無くすことではない。エゴを自覚することだ」ということ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分の中にあるエゴを取り去って、心を浄化したい。
尊い存在や清らかさに強く焦がれて、そこに心を合わせようとした時に初めて、それまで見えていなかった自分の身勝手さや浅ましさが見えてくるもの、なのだと思います。

しかし、そこで落胆して立ち止まってしまわず、エゴの発見を第一歩として、世俗的な世界と調和しながら心を清めていく。
そんな生き方が出来るのだと思わせてくれたのは、西川さんの言葉だけではなく、86歳でありながら少年のように輝いている瞳や、神々しささえ感じさせるようなお姿だったのだと思います。

一丁前に悩んだり問いを抱えているつもりの私なんて、まだまだひよっこなんだな~という気がしてきました・・・^^


(写真は、昨日登った剣尾山の山道で出逢ったお地蔵様です。)


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by ramram-yoga | 2010-02-08 22:11 | ことば・メッセージ | Comments(0)
今日のことば
a0118928_946456.jpg

生きていると

いうことは

愛されていると

いうことだ



    致知出版社
      日めくり小さな人生論カレンダーより




自宅においてあるカレンダーの、今日の言葉です。
日々生かされている、そんな当たり前のことに感謝しながら、今日も一日過ごしたいと思います^^


sachie
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by ramram-yoga | 2010-01-13 09:51 | ことば・メッセージ | Comments(0)
美しさの背後に
a0118928_23414092.jpg今日は神戸のインド料理屋さんで、ヨーガ仲間との忘年会がありました。
楽しい時間のあと、みんなで近くの神戸ルミナリエへ。
美しいイルミネーションに、時間を忘れて見入っていました。

光にはきっと、人を魅了する特別な何かがあるんですね。


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

その他にも、たとえば花を見たとき。
空を見上げたとき。
月を見たとき。
それらを美しいと感じさせているものは何なのだろう、と思います。


すこしでもよろこびのあるところにはかならず、
たとえもっとも官能的なものの中であっても、
そこには主おんみずからであるところの、
かの不滅の至福のひらめきがある


これは、最近読んだ本の中に書いてあった言葉で、とても素敵だなと思いました。

何かを美しいと感じたり、魅了されたりしたとき、私たちを実際に惹きつけているのは、ある形に配列された一にぎりの物質分子、なのではない。
それらの物質分子の背後にある、何か大いなる計らい、それに魅了されひきつけられているのである。

ある時、美しい花を見て思わず我を忘れ、その花とこのままひとつになってしまいたい、と思ったことがありました。
そのことを先生に話すと、先生は私に、その気持ちをしっかりと客観視するように、とアドバイスをくださいました。
そして「またひとつになっていくんだよ」と、にこにこしながらおっしゃいました。

すべての、この世の小さな利己的なしがみつきから、自分をおはなしなさい。
人間を、あなたのすべての人間的およびもっと高い関心事の中心、と見てはいけません。
一人の目撃者として、まなぶものとして立ち、自然の現象を観察なさい。
単に目撃者として、またまなぶ者としてそれのそとがわにいるときには、そこに、神が愛としてみずからをあらわしておられる数百万の通路を、見ることができるでしょう。


スワミ・ヴィヴェーカナンダ「バクティ・ヨーガ」より


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by ramram-yoga | 2009-12-12 00:45 | ことば・メッセージ | Comments(4)
師走を迎えて
a0118928_13161550.jpg今年も残すところ、あと1ヶ月弱となりました。

いくつかのヨーガのクラスでは今週、瞑想の中で、12月をどのように過ごすかという瞑想を行いました。

私自身も今年をあれこれ振り返っていましたが、そんなときにメールが届きました。


「今年起こったハッピーなことだけ記憶に留めて
 そうでないことはピンクの風船に詰めて
 空に飛ばしてさよならしましょ。」



ご年配の男性ヨーガ療法士さんからの、とってもチャーミングなメッセージでした。
私まで思わずにこにこしてしまいました。

a0118928_13163490.jpg今月もみなさまが、心穏やかに毎日を過ごすことができますように。


(写真は、先日嵐山に行ったときに見た紅葉です。)



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by ramram-yoga | 2009-12-03 13:33 | ことば・メッセージ | Comments(3)
リセット、リセット
a0118928_2013918.jpg辛く苦しい体験をした後には、
この愛の世界に深く入って、
その力を汲み出すことができます。


大好きな、文学博士・鈴木秀子先生の言葉です。

辛く苦しいできごとにみまわれたとき私たちはよく
「質問語」を発しているのだそうです。

「どうして私にこんなひどいことが起きるのか」
「何も悪いことをしていないのに、なんでこんなひどいことが・・・」
「なんであの人は私にこんなひどいことをするのか」

など、苦しみの最中にあって自分に質問をしていることが多い。

そんな自分に気づいたときは、その質問を「キャンセル、キャンセル」と言って、頭の中で消してしまえばいいそうなんです。
そして、すぐ次のような言葉に置き換えます。

「このことにはどんな意味があるのだろう。
 今はわからないけれども、意味が見えてくるまで楽しみにまちましょう。
 これを乗り越えて、自分はどんなことを学んでいくためにこのチャンスが与えられたのか」

ということを、いつも自分に言い続けるのだそうです。


・・・・・・・・


上の言葉に出会った時、私は自分の10年来の友である摂食障害について、過去にさかのぼって考えていました。
「これさえなければ」と何度思ったかわからないくらい、怨んでいました。
食行動をコントロールできないフラストレーションから一時はうつ状態にもなりました。
まさに、過去一番私を苦しめてきたものです。

しかし、この長年自分をぼろぼろにし苦しめてきたものが、逆に私に何か与えてくれたものがあるか?
と、視点を変えて考えてみると、そこに全くちがった風景が見えたような気がしました。

苦しみを味わったおかげで、周りの人の苦しみや辛さを感じることが少しでもできる・・・。
傲慢な私は、その傲慢さにすら気がつかなかったかもしれない・・・。
こんなに自分を見つめていなかったかもしれない・・・。

いろいろなことを思いましたが、その中でも「受け入れる」ということを学ばせてもらった気がします。
自分の身体さえもコントロールできないということを何度も何度も突きつけられて、それまで自分の身体を、そして周りのいろんな事々を思い通りにコントロールしようとしていた自分の傲慢さを突きつけられ愕然とした瞬間を、思い出していました。

今このように書いていても、この苦しみが自分を成長させてくれたんだなぁ、と思いました。
こんなことでもなければ、本気で変わろうとはしなかったと思います。


鈴木秀子先生は、続けてこのようにおっしゃっています。

ですから苦しみを受け入れた人は他の人の痛みをも感じることができるといわれます。
私たちは苦しみを通り越えて、より大きな広い愛に向かって自分を鍛えていくのです。
それが生きる意味であり、この人生の修行だといわれています。



まだまだ私も、気がつけば「質問語」を心の中でいっぱい言っています^^;
でも1ミリずつでも、少しずつ前に進んでいきたいと思います。


sachie
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by ramram-yoga | 2009-10-10 23:20 | ことば・メッセージ | Comments(4)
好意的な世界の中に私たちは生きている
a0118928_22581919.jpg
この世のどんなものでも
有害なものは一つとしてありません。
あなた方は敵意に満ちた世界に
住んでいるわけではないのです。

実は、あなた方を完全なる存在へと成長させ、
助力してくれるためにこれらの物事は存在しており、
その真っただ中に、
あなたは存在せしめられているのです。 

   スワミ・チダナンダ著「真理への解放」より




大好きな文章です。

この世界観、素敵だと思いませんか。

私はこの文章を読んで、小学校低学年だった頃のことを思い出しました。
その日は学校に体操服を持っていかなければならなかったのに、学校についてから体操服を忘れていることに気づきました。
気づいた瞬間、下腹のあたりがドーンと重たくなり、足がすくんで、冷や汗が出てきました。
・・・忘れ物をしたときだけではなく、何か失敗をしてしまった時、いつもその体の感覚がやって来ました。
失敗を極度に恐れ、失敗しないように細心の注意を払っていた私。
しかしどうしてもなくならずたびたびしてしまう失敗によって、その都度自分が苦しめられ責められているように感じていました。
何もなくても、次にいつ悪いことが起きるのかといつもびくびくしていた、まさにその頃世界は私に対して敵意を持っているように感じられていました。

今思えば無知な、幼い世界観でした。
しかし、実際は大学生になり、社会人になっても、その幼い世界観を終わらせてはいませんでした。
いつも、また何か悪いことが起きるのではないかと、びくびくしていました。
そして失敗すると、あの幼い頃の冷や汗が出る感覚がよみがえってくるのです。
あぁ、やっぱりまた悪いことが起こった。
やっぱり、やっぱり・・・。
そんな風にして、失敗と自責を結びつけ繰り返し繰り返し自分に刷り込んでいきました。
例えばどこかで頭を打つと、どこからともなく声が聞こえてくるような気がしていました。
「調子に乗ってんじゃないよ」って。
今思うと、自分自身が自分に暗示をかけるようにして言ってたんですね。

今なら、よくわかります。
自分のコンプレックスや劣等感によって、見る世界をずいぶん歪めていたことが。
今ではどこかで頭を打っても、もう以前のように声は聞こえてきません。

チダナンダ大師様は、次のように続けておられます。

 こうして万物はあなた方を助けんと欲しており、
 あらゆる物事はあなた方の成長のための一部にもなっているのです。
 
 ですからもし私たちがこの事実を見て取ることができさえすれば、
 私たちが朝から夜寝るまでに出会う、
 私たちの成長を助ける個々のものすべての役立て方を考えてゆくことが、
 本当にワクワクするような生涯にわたる学習となるはずなのです。
 こうした役立て方の探求には、
 決して終わりということがありません。・・・



こんな物事の捉え方ができるようになるために、
無知や傲慢さを少しでも解放していくことができますように・・・。



sachie
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by ramram-yoga | 2009-09-29 21:50 | ことば・メッセージ | Comments(0)
目に映るものは・・・
新婚(?)旅行から無事帰ってきました。

ドイツ・チェコ・オーストリアと巡り、建造物や食事、音楽など満喫してきました。

中でも数々の歴史的な建造物は圧巻でした。
写真は一番印象に残ったプラハ城内にある「聖ヴィート教会」です。

a0118928_0411921.jpg
内部に入ると、そのスケールの大きさに圧倒され、もう言葉が出ません。

とにかく、ステンドグラスが美しかった。

ふと、人間をここまで美しさに駆り立てるものは何だろう、と思いました。

ここまで美しいと感じさせたのは、単に外見だけではなく、そこに祈りがあったからだと思います。

当時の人々の宗教的な高みに達しようとする祈りに触れたような気がして、涙が止まらなくなりました。

a0118928_041352.jpg


もうひとつ。
旅行中読んでいた、ヘッセ“デミアン”の一節より。


  わたしたちの見る事物はね-・・・
  わたしたちが心のなかにもっているのと、
  同じものなんだよ。
  わたしたちが心のなかにもっているのよりほ
  かには、現実なんてありはしないのさ。



読んでいると、登場人物がヨーガの哲学で言われていることとそっくりなことをよく言っているので、不思議に思って後で調べてみると、ヘッセは東洋的な思想にも親しんでいたのだそうです。

毎日生きている世界はいかにも現実のようでも、実は心の合わせ鏡のようなものであって、外に見る世界は自分の心の投影である・・・

というのは、ギャーナ・ヨーガ(知識のヨーガ)で言われていることです。

a0118928_1355099.jpgこちらはドイツの野原に沈む夕日。

綺麗なものを見て感動したとき、
「自分の中に綺麗と思える心があるからこそ感動できるんだな」
と思います。


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by ramram-yoga | 2009-09-28 01:36 | ことば・メッセージ | Comments(8)
困難に直面したときには
a0118928_6275942.jpg 天の将に大任を是の人に降さんとするや、
 必ず先ずその心志(しんし)を苦しめ、
 その筋骨を労せしめ、その体膚を餓せしめ、
 その身行を空乏(くうぼう)せしめ、
 その為さんとする所を払乱せしむ。
 心を動かし性を忍ばせ、
 その能くせざる所を増益せしむる所以なり。


 (天が重大な任務を
  ある人に与えようとする時には、
  必ずまずその人の精神を苦しめ、
  その筋骨を疲れさせ、
  その肉体を飢え苦しませ、
  その行動を失敗させ、
  行おうとする意図と
  食い違うようにさせるものだ。
  これは天がその人の心を発憤させ、
  性格を辛抱強くさせ、
  できなかったことをできるようにさせるための試練である。)

これは、孟子の言葉であり、タビオ会長の越智直正さんが独立の苦しい時代に、ともすれば挫けそうになる心を必死で奮い立たせようと繰り返し口ずさんでおられた言葉なのだそうです(月刊雑誌「致知」より)。

以前、プロスポーツ選手のメンタルトレーナーをしている白石豊さんも同じようなことを次のように言っておられました。

 がんばっていれば、必ず壁にぶち当たる。
 壁にぶち当たるのは、がんばっていないからだと普通は思うが、
 実は逆で、がんばっているから壁にぶち当たるのだ。
 そして、一つの道を究めて大成できるかできないかは、
 数々の壁を乗り越えた後に訪れる最大の困難-どうしようもなく窮地に立たされた状態-、
 それを乗り越えられるかどうか、なのだ。

困難に直面したときにそれに立ち向かう勇気をくれるお2人の言葉です。


(写真は、以前富士山に行く途中の浜名湖で取ったものです^^)


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by ramram-yoga | 2009-09-12 06:15 | ことば・メッセージ | Comments(0)
小さい秋
a0118928_15482361.jpg残暑の厳しい中ふと気がつくと、どことなく少し涼しい風。

今日は二十四節気ひとつ「処暑」なのだそうです。

二十四節気に毎回、致知出版社の小笠原節子さんより送られてくる「おかみさん便り」をご紹介いたします。

もしよかったら、こちらをご覧になって、ほっと一息どうぞ。

短い間のスライドショーですが、写真と言葉がきれいで、毎回それを見るのがなんとも好きな私です。


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by ramram-yoga | 2009-08-23 15:50 | ことば・メッセージ | Comments(0)