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2017年 08月 07日 ( 2 )
ある御方との出会い
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ことあるごとに脳裏に浮かぶ、あるお方がいます。
もうほとんど10年前になりますが、2008年の5~6月、インドを訪れていた時のこと。
2週間ほどは、お師匠さんと他のお弟子さん達について聖地などを訪れ、その後3週間は1人旅をしました。
まだヨーガの道に入って間もない頃で、インドの聖地や聖者についても無知だった頃です。
インドに行った時点で、3週間の予定をまだ何にも立てていなかったので(笑)、その時インドでご一緒していた仲間から勧められたところにそのまま行ってみることにしました。
その場所が、ティルダナマライにあるラマナ・アシュラム、そしてポンディシェリにあるシュリ・オーロビンド・アシュラム、そしてムナール、ケララ州にあるフォートコーチン。
おまけにケララでは、アーユルヴェーダ医による日本語訳付のアーユルヴェーダ3日講座を運よくブッキングできました。
現地のガイドさんが驚愕するほどの、運がいい旅程となりました。

その中の一か所、一番印象に残っているのは、ラマナ・アシュラムです。
ラマナ・アシュラムは、ラマナ・マハリシ(以下、バガヴァーン)という今は亡き聖者のアシュラム(道場)で、宿泊施設もありますし、おいしい食事も3食いただくことができます。
そこに2泊3日だったか3泊4日だったか、滞在しました。
アシュラム内を散歩していると、同じくアシュラムを訪れているサドゥー(行者さん)が親しみを込めて声をかけてくれます。
アシュラムでは、聖典読誦やチャンティング(真言の詠唱)等、プログラムが決まっていますが、英語がほとんど分からなかった私は、売店で売っていた日本語のバガヴァーンの伝記を読んで過ごしました。
のどが乾いたら、アシュラムの入り口のココナッツ売りさんのところに行き、新鮮なココナッツ・ジュースを飲みながら。
それまで知らなかったバガヴァーンと、魂が触れ合うような時間でした。

アシュラムの中で、一番好きだった場所は、瞑想ルームでした。
そんなに広くない部屋の中に、バガヴァーンが横たわってくつろいでいる絵画が置いてあり、それに向かって各々瞑想します。

ある日、朝早くに目が覚め、4時頃に瞑想ルームに向かいました。
瞑想ルームは、まだ人がまばらで、その中で瞑想を始めました。
始めて間もなく、私のすぐ左後ろに気配を感じました。
いつの間にか、部屋の一番隅で、座って瞑想をしているお方がいたのです。
そのお方を一目みた瞬間、あまりの美しさに息を飲みました。
暗闇の中なのに、光っているのです。
その姿からは、息や動きの一切が感じられず、微動だにしません。
ただ静かに座っているだけなのに、その存在感に圧倒されてしまいそうでした。
あまり振り返ってジロジロも見れないので、前を向きなおしましたが、それでもそのお方の存在感が、伝わってくるのです。
しばらくして気が付くと、そのお方の姿はありませんでした。

たった、それだけの出会いです。
お話をしたわけでもありません。
なのに、それからというもの、折に触れて、そのお方のことを思い出すのです。
どんな人だった?と問われると、「ブッダ」と答えると思います。
ブッダと出会ったことがないにもかかわらず、それしか答えが見当たりません。

あの崇高な姿を思い出すだけで、心に清浄さが広がります。
どのようになりたい?と尋ねられると、あのお方を思い浮かべます。
その意味ではこの10年間、ずっと、私を導いてくれたお方でもあります。

たくさん会って触れ合う人がより多く影響を及ぼすのでは、ないのですね。
あのようにたった1度、少しの間、しかも言葉の交流が無くても、このように大きく人生に影響を及ぼすような出会いも、あるのですね。

今朝も、そのお方のことを、思い出していました。








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by ramram-yoga | 2017-08-07 17:08 | INDIA
7月の読書本
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76.『半農半Xという生き方 実践編』塩見直紀著
77.『死では終わらない物語について書こうと思う』釈撤宗著
78.『U理論』C・オットー・シャーマー著
79.『現代霊性論』内田樹、釈撤宗著
80.『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』ルドルフ・シュタイナー著
81.『インドの光 聖ラーマクリシュナの生涯』田中かん玉著(再読)
82.『「いまここ」にさとりを選択する生きかた』やまがみてるお著
83.『明るく死ぬための哲学』中島義道著
84.『メッセンジャー ストロヴォロスの賢者への道』キリアコス・C・マルキデス著
85.『空(くう) 天翔ける歓喜の弥栄』Mana著
86.『宙が教える「受け取る」の仕組み』Mana著
87.『光 無限のいのちを生きる』Mana著
88.『空(くう) 舞い降りた神秘の暗号』Mana著
89.『空(くう) 豊穣の狩人』Mana著


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ずっとずっと、自己存在の答えを、外側に追い求めていました。
それが、この春あたりから急に近く感じられはじめていました。
近い。・・・近い。
なんだか手が届きそうな感覚を感じながら、どんどん、問いと応答との距離が近くなっていっていたように感じていました。
問えば、すぐに反応が返ってくる、宇宙から。
そんな感覚でした。

そして、ある時、応答はすべて、自分の内側からやってきていたのだ、ということに気づきました。
7月15日の夕方のことでした。
それを境に、それまで私を襲っていた恐怖感、孤独感、欠乏感が、嘘のように無くなりました。
そして、同時に満ち溢れてきたのは、充足感と、安心感でした。

問う側と、応答する側の距離は、実はまったくなかったのだということが、分かりました。
なぜなら、応答は、すべてここにあるから。

「それって、悟りなんじゃないの?」と聞かれましたが、別に、悟ったわけではありません^^
今でも分からないことだらけです。
でも、分からない状態をどうこうしたいと、思わなくなりました。
分からないということさえ、与えられたプレゼントなのだということが、分かってきました。

こちら で、綴っている言葉があります。
これは、いわゆる”私”が書いている言葉ではありません。
内側から、湧き上がってくる言葉です。
これは、あなたの心の内側の声でもあると思うのです。
なぜなら、あなたも私も、本当はもうすべて知っているのですから^^

愛と感謝をこめて。








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by ramram-yoga | 2017-08-07 15:52 |