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2017年 05月 05日 ( 1 )
生きること
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先日、上智大学名誉教授の渡部昇一氏が、逝去されました。
10年数前から愛読している月刊致知に、毎号のように、現在の経済情勢をとらえる鋭い視点と、日本の行く先をはっきりと見据えた展望とを持ち合わせた評論は、読んでいると人生の薫陶を受けているようで、読むたびに背筋が伸びるような思いでした。
この人がいれば日本という国家は大丈夫だと、頼もしく感じていていたものですが、そのような方が、亡くなられました。

その他にも、心のよりどころとしていたような人の訃報を、最近立て続けに聞きました。
この世に生きているどんな人にも、例外なく必ず死は訪れる。
改めて考えてみるまでもなく、これまで地球上に生を受けた人間の中で、現在生きている人間より、すでに亡くなった人の方が圧倒的に多いわけです。

私の個人的な感覚かもしれませんが、人は死後、影響力がだんだんと増していくように感じられます。
ジャーナリストの筑紫哲也さんが生前、21世紀のキーワードは「生きることです」とおっしゃっていました。
当時私は大学生でしたが、参加した講演の一番最後に言われた筑紫さんのこの言葉がとても印象に残りました。
その「生きること」をキーワードとおっしゃった本人の筑紫さんは、もうこの世にはいません。
そのような奇妙な矛盾を感じる一方、だからこそ生きることは本当に尊いことなのだと、筑紫さんの死後一層、その言葉の重みがどんどん増していきます。

最後に、渡部昇一氏が月刊致知最後の記事になった2017年6月号「20代をどう生きるか」で述べられていた言葉をご紹介し、心よりご冥福をお祈りいたします。

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若いうちに何になりたいかという強い意志を持つこと。
その願望を思い描き、頭の中で鮮明に映像化し、信念にまで高めることが重要であると思う。
脊髄の奥で沸々と願望を燃やしていると、天の一角からチャンスが下りてくるものである。

逆境に処する態度が運を掴む上で極めて重要であること。
英語の諺に、「a blessing in disguise.(仮装した祝福)」とあるように、一見不幸な出来事も仮装しているだけで、実は天の祝福、恩恵なのである。
どんな逆境に遭っても、決して天を怨(うら)まず人を咎めず、自らを信じて心穏やかに道を楽しむ。
「これは天命だ」と受け入れる。
そうすると、霧が晴れ渡るように視界が開け、天から梯子(はしご)が下りてきて、思いも寄らない幸運に恵まれるのです。

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by ramram-yoga | 2017-05-05 11:19 | ことば・メッセージ