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美しさの背後に
a0118928_23414092.jpg今日は神戸のインド料理屋さんで、ヨーガ仲間との忘年会がありました。
楽しい時間のあと、みんなで近くの神戸ルミナリエへ。
美しいイルミネーションに、時間を忘れて見入っていました。

光にはきっと、人を魅了する特別な何かがあるんですね。


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その他にも、たとえば花を見たとき。
空を見上げたとき。
月を見たとき。
それらを美しいと感じさせているものは何なのだろう、と思います。


すこしでもよろこびのあるところにはかならず、
たとえもっとも官能的なものの中であっても、
そこには主おんみずからであるところの、
かの不滅の至福のひらめきがある


これは、最近読んだ本の中に書いてあった言葉で、とても素敵だなと思いました。

何かを美しいと感じたり、魅了されたりしたとき、私たちを実際に惹きつけているのは、ある形に配列された一にぎりの物質分子、なのではない。
それらの物質分子の背後にある、何か大いなる計らい、それに魅了されひきつけられているのである。

ある時、美しい花を見て思わず我を忘れ、その花とこのままひとつになってしまいたい、と思ったことがありました。
そのことを先生に話すと、先生は私に、その気持ちをしっかりと客観視するように、とアドバイスをくださいました。
そして「またひとつになっていくんだよ」と、にこにこしながらおっしゃいました。

すべての、この世の小さな利己的なしがみつきから、自分をおはなしなさい。
人間を、あなたのすべての人間的およびもっと高い関心事の中心、と見てはいけません。
一人の目撃者として、まなぶものとして立ち、自然の現象を観察なさい。
単に目撃者として、またまなぶ者としてそれのそとがわにいるときには、そこに、神が愛としてみずからをあらわしておられる数百万の通路を、見ることができるでしょう。


スワミ・ヴィヴェーカナンダ「バクティ・ヨーガ」より


sachie
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by ramram-yoga | 2009-12-12 00:45 | ことば・メッセージ
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