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リセット、リセット
a0118928_2013918.jpg辛く苦しい体験をした後には、
この愛の世界に深く入って、
その力を汲み出すことができます。


大好きな、文学博士・鈴木秀子先生の言葉です。

辛く苦しいできごとにみまわれたとき私たちはよく
「質問語」を発しているのだそうです。

「どうして私にこんなひどいことが起きるのか」
「何も悪いことをしていないのに、なんでこんなひどいことが・・・」
「なんであの人は私にこんなひどいことをするのか」

など、苦しみの最中にあって自分に質問をしていることが多い。

そんな自分に気づいたときは、その質問を「キャンセル、キャンセル」と言って、頭の中で消してしまえばいいそうなんです。
そして、すぐ次のような言葉に置き換えます。

「このことにはどんな意味があるのだろう。
 今はわからないけれども、意味が見えてくるまで楽しみにまちましょう。
 これを乗り越えて、自分はどんなことを学んでいくためにこのチャンスが与えられたのか」

ということを、いつも自分に言い続けるのだそうです。


・・・・・・・・


上の言葉に出会った時、私は自分の10年来の友である摂食障害について、過去にさかのぼって考えていました。
「これさえなければ」と何度思ったかわからないくらい、怨んでいました。
食行動をコントロールできないフラストレーションから一時はうつ状態にもなりました。
まさに、過去一番私を苦しめてきたものです。

しかし、この長年自分をぼろぼろにし苦しめてきたものが、逆に私に何か与えてくれたものがあるか?
と、視点を変えて考えてみると、そこに全くちがった風景が見えたような気がしました。

苦しみを味わったおかげで、周りの人の苦しみや辛さを感じることが少しでもできる・・・。
傲慢な私は、その傲慢さにすら気がつかなかったかもしれない・・・。
こんなに自分を見つめていなかったかもしれない・・・。

いろいろなことを思いましたが、その中でも「受け入れる」ということを学ばせてもらった気がします。
自分の身体さえもコントロールできないということを何度も何度も突きつけられて、それまで自分の身体を、そして周りのいろんな事々を思い通りにコントロールしようとしていた自分の傲慢さを突きつけられ愕然とした瞬間を、思い出していました。

今このように書いていても、この苦しみが自分を成長させてくれたんだなぁ、と思いました。
こんなことでもなければ、本気で変わろうとはしなかったと思います。


鈴木秀子先生は、続けてこのようにおっしゃっています。

ですから苦しみを受け入れた人は他の人の痛みをも感じることができるといわれます。
私たちは苦しみを通り越えて、より大きな広い愛に向かって自分を鍛えていくのです。
それが生きる意味であり、この人生の修行だといわれています。



まだまだ私も、気がつけば「質問語」を心の中でいっぱい言っています^^;
でも1ミリずつでも、少しずつ前に進んでいきたいと思います。


sachie
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by ramram-yoga | 2009-10-10 23:20 | ことば・メッセージ
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