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東洋医学の診療所へ
今日は、東洋医学の診療所斉藤クリニックに行ってきました。
斉藤先生とは、所属している研究会でいつもご一緒させていただいていますが、先日の合宿で発表なさっていたのを聴いて感銘を受け、いてもたってもいられなくなって受診することにしました。

ご発表では、先生のお話しを聞いているだけで、胸のあたりから沸々と温かいものが湧き上がってくるような感覚を覚えました。
よく考えると「えっ!」と驚いてしまうようなすごいことを、さも当たり前のように淡々と話され、きっと私が見ている世界と全く違う境地に達していらっしゃるのだろうと感じました。
最後には、治療者は人格を成長させていかなければならず、成長した分だけ患者さんを導くことができると仰り、それがなんとも説得力に満ち溢れていました。
発表全体を通して、私の医療従事者としての今後の方向性を、スーッと照らし出していただいたような気がしたのです。

さて、早速斉藤クリニックに伺った私ですが、特にどこかが悪いという訳ではありませんでした。
でも、そういうことで言うと主訴とは面白いもので、誰を相手にするかによって、訴えが変わってくるのですよね。
例えば整形外科のお医者さんのところにいって、唐突に心理的な悩みを打ち明けることがないように。
心理カウンセリングの場であっても然りで、自分の目の前にいるカウンセラーが、自分の悩みを受け止めるだけの器がある人間かどうかを、クライアントさんは本当によく見抜かれます。

ということで私も、斉藤先生の診察を受けるにあたり、診ていただきたいことがいくつか浮かび上がってきました。
実際の先生の診療は、気功の手技が用いられます。
丹田と足に手を当てて気を通す施術をしていただきましたが、それはそれはパワフルなエネルギーが体を通っていくのが分かりました。
そして、その間先生から質問や、気や心についてのお話をしてくださいましたが、そのやりとり一つ一つが私の問題の核心を溶かしていくような、胸の奥の固まった部分がゆるゆると緩んで涙まであふれてくるようなものでした。
まさに、治療的自我の体現者のようなお方でした。


診察室にはグレゴリオ聖歌が流れ、神聖な雰囲気です。
先生はクリスチャンではないということですが、この音楽がとてもよくいつもかけておられるのだとか。
(グレゴリア聖歌とは、ローマ・カトリック教会の単旋律聖歌。↓こんな感じです。)


診察が終わるころには頭が非常にスッキリし、視界も明るく広くなり、下半身はポカポカと温かく、頭寒足熱そのものになっていました。
漢方薬を処方していただきましたが、私仕様にいろいろと配合したものを処方してくださっていました。
いったいいつの間にこんな詳細な処方を出していただいたのだろうと、またまた驚き。

また、今の私はどのあたりにいるのかについて、教えていただけたことも大きな収穫でした。
禅に『十牛図』という、悟りへの段階を十段階で説明しているものがありますが、だいたい自分は今この段階かな…という感覚を先生に確認したところ、やはりそうだったようです(!)
このようなやりとり一つとっても、先生にはなぜ私がその段階にいるのが分かるのか、本当に不思議です。
私自身もセラピストとして、クライアントさんに最善のことができるよう、人格的な成長をしていかねば、と思いを強くもした今日の受診でした。
さしあたっては、『十牛図』でいうところの次の段階に、いきたいですね(いつになることやら?^^)。







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by ramram-yoga | 2016-09-21 20:32 | 心身医学・統合医療 | Comments(0)
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