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嫌われる勇気
このタイトルは書籍本の題名で、心理の師匠に紹介していただき読みました。
とても売れている本のようです。
しかし内容はタイトルから想像していたよりとても充実し、心理学の三大巨頭の一人と言われるアルフレッド・アドラーの創始したアドラー心理学の全体像が見渡せる一冊でした。

さて、まずはなんと言ってもタイトルからして惹かれてしまいます。
普段結構、人目を気にしてしまう性質の自分にとっては、特に・・・^^;
言ってみれば、誰からも嫌われたくないの、ですね。
しかし、そんな私と同じような思いを持ったこの著書の登場人物である青年は、同じく登場人物である哲人に次のような言葉でバッサリと切られてしまいます。

「誰からも嫌われたくないと思うことこそ、自己中心的な発想である」と。

なぜなら、“私”を好きか嫌いかというのは、相手が決めることであって、私がどうこうする問題なのではないから。
つまり、相手のことに首をつっこんでどうこうしようとしてまで、自分のイメージをまもろうとする行為は傲慢だということです。
そして、10人いれば、自分が何をやろうがしようが、自分のことを嫌う人は必ず1人はいるものなのだそうです。
このように考えれば、ちょっと楽になりますね。


以下、哲人の言葉を抜粋。

「嫌われる勇気」
自由とは、他者から嫌われることである。
他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを恐れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない。つまり、自由になれないのです。



また、アドラー心理学によると、われわれ人間は「優越性の追及」という普遍的な欲求を持っているのだそうです。
優越性の欲求とは、平たくいうと「向上したいと願うこと」や「理想の状態を追求すること」を指すのですが、それは時に、他者の注目を集め、「普通」の状態から脱し、「特別な存在」になろうとする目的に摩り替わってしまうことがあるのだそうです。
しかし、周囲からの注目を常に浴び、特別な存在であり続けることは、上に述べたような「誰からも嫌われたくない」という自己中心的発想へとつながってしまいます。
そのことに関して、哲人は次のようなことが大切だと青年に言います。

「普通であることの勇気」
なぜ「特別」になる必要があるのか?それは「普通の自分」が受け入れられないからでしょう。
普通を拒絶するあなたは、おそらく「普通であること」を「無能であること」と同義でとらえているのでしょう。
普通であることとは、無能なのではありません。
わざわざ自らの優越性を誇示する必要などないのです。


つまり、今の自分ではない「何者か」になろうとする必要はなく、あるがままの自分をまずは認めるということ。
その上で、よりよくあろうと一歩を踏み出すのが、健やかな「優越性の追及」であるというのです。
哲人の表現を借りれば、人は上下に位置しているのではなく、平面に点在するそれぞれの人が、それぞれの立場からよりよきを目指して前進していくようなイメージです。


「嫌われる勇気」そして「普通であることの勇気」。
肩の力が抜け、そして勇気が出てくる言葉です。
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by ramram-yoga | 2014-03-02 16:16 | ことば・メッセージ
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