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人間としてこの世に生を受けて
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随ってこの地上にあっては、巨大な魂ほど実は深刻な苦悩を嘗めずにはいられないことの意義も分かるであろう。
ベートーヴェンにしても、ドストエフスキーにしても、その他天才と呼ばれるほどの人にして、深刻な人間苦を嘗めなかった者はかつて一人もないといってよい。
何となれば、人間はその深刻な身・心分離の苦悩を通してのみ、初めて宇宙生命の深奥なる内面を伺い知らしめられるがゆえである。
そしてこのことは、動植物にはこの種の苦悩ともいうべきものの皆無なことによっても、如上の理を伺い知ることが出来るであろう。

かかる無量の幸慶の根源は、結局我われ人間のみが高度の意識能力というものを賦与せられているという一事に尽きることを念う時、我われとしては、いたずらに自己中心の我執に囚われて、この二度とない人生を苦悩と憂悶のうちに過ごすのは、かく我われ人間にのみ、特に高度の意識を恵まれていることの深意に対して、あまりにも無自覚であり、かつそれに背くゆえんというべきではあるまいか。

何となれば、我われにしてひと度自己中心的な我執の囚われから脱したとしたら、すべての苦悩や憂悶は、雲霧の晴れゆくように次第に消えゆくと共に、この大宇宙は、万象のすべてが、それぞれの美に光り輝く絶大なる「生(いのち)」の体系たることに、徐々に「開眼」せしめられてゆくことであろう。
同時にかくして初めて大宇宙生命が、我われ人間に対して特に高度の意識能力を賦与せられた深意に添いうるのではあるまいか。


森信三全集 第2巻 「全一的人間学 人間―心身相即的存在」より抜粋

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by ramram-yoga | 2014-02-25 14:48 | ことば・メッセージ
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