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大地性




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天日(てんじつ)は有難いに相違ない。
またこれなくては生命はない。
生命はみな天をさしている。
が、根はどうしても大地におろさねばならぬ。
大地に係わりのない生命は、本当の意味で生きていない。
天は畏るべきだが、大地は親しむべく愛すべきである。
大地はいくら踏んでも怒らぬ。
生れるも大地からだ。
死ねば固よりそこに帰る。
天はどうしても仰がねばならぬ。
自分を引取ってはくれぬ。
天は遠い、地は近い。
大地はどうしても母である、愛の大地である。
これほど具体的なものはない。
宗教は実にこの具体的なものからでないと発生しない。
霊性の奥の院は、実に大地の座に在る。

大地は詐(いつわ)らぬ、欺かぬ、またごまかされぬ。
人間の心を正直に映しかえす鏡の人面を照らすが如くである。
大地はまた急がぬ。
春の次でなければ夏の来ぬことを知っている。

人間は、天に対しては絶対的に受動的である。
天は畏るべきほどに、愛せられぬ。
人間は、天に対して懾服(しょうふく)を知るのみである。
もし天の愛に親しみ得られることがあるとすれば、それは大地を通してである。
大地と共にその恵を受ける時に、天日はこの身、この一個の人間の外に出て、その愛の平等性を肯定する。
本当の愛は、個人的なる者の奥に、我も人もというところがなくてはいけない。
ここに宗教がある、霊性の生活がある。
天日だけでは、宗教意識は呼びさまされぬ、大地を通さねばならぬ。

霊性と言うといかにも観念的な影の薄い化物のようなものに考えられるかも知れぬが、これほど大地に深く根をおろしているものはない、霊性は生命だからである。
大地と自分とは一つのものである。
大地の底は、自分の存在の底である。


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                          鈴木大拙著「日本的霊性」より







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by ramram-yoga | 2013-12-20 22:39 | ことば・メッセージ
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