Ram-Ramのホームページはこちらをクリックして下さい
弓と禅
「弓と禅」オイゲン・へリゲル著

数年前購入しようとしたら在庫切れだったのですが、今年の2月に改版(なんと第36版!)が出たようで、嬉々として購入しました。
帯に書いてある通り、まさに「不朽のロングセラー」ですね。

この本を最初に読んだのは、何年前だったかな?
当時はヨーガの師匠に推薦していただき読んだのですが、今一度また別のあるお方から改めて紹介していただき、この本との再会を果たしました。
読み直すとその内容の深さに驚き、数年前に読んだ時とは味わいの深さが全く違っていました。

というのは、初めて読んだ時は、私は、ドイツ人である著者のオイゲン・へリゲル氏が、日本の伝統の素晴らしさを “外側から” 眺めて感嘆し、それを記述したものだと捉えて読んだからだと思います。
そう勘違いしてしまうほどに、この本の文章は、ヘリゲル氏自身の感情の抑揚の一切は排除され、ただ事実が淡々と語られています。

しかし、改めて読み直してみると、洗練された文章表現もさることながら(もちろん訳も素晴らしい)、実際にその境地に達した人にしか語ることのできないであろう内容の数々が、 “内側から” 語られてるのだということが分かりました。

5年という年月の間日本に滞在し、師の元で弓道の修練を積んだ後、ドイツに帰国したヘリゲル氏は質素な隠棲の家にて瞑想的に献身的に暮らし、71歳で “花びらが木から散るように、静かに、落ち着いて” この世を去ったのだそうです。
帰国後、幾重もの困難がふりかかった人生だったにもかかわらず。
また、氏が生前どのような境地まで到達されたかについては、この他にも文中の下記の部分から推し量ることができるように感じました。


*************

死の恐怖から自由であるとは、何時いかなる時でも、人は死を前にして震えてはならぬと思い違いしていることや、また死の試練に堪えうることを恃(たの)みとしているようなことを意味するのではない。
むしろ生死を達観した人は、恐怖とはどんな感じのものかもはや全然追体験することができないほどに、どんな種類の恐怖からも自由なのである。
真剣で持続的な瞑想の力を体験によって知るのでない限り、人はどんな超克をそれが可能とするかを測り知ることができない。


*************


魂が震え、心が目覚め奮い立たせられるということが、人物によってだけでなく、上質な本によってもなされるのだということを、最近知りました。
文中にあるように、まさに、 “燃えている蝋燭(ろうそく)で他の蝋燭に点火するように” 精神というのは本を通しても伝達されていくのでしょうね。

この本を読み終えてから数日間は、あたりにその本の残り香が漂っているようでした。
本が香ると感じたことは今まで無かったのですが、余韻(音)でもなく、雰囲気でもなく、香りというのがぴったりでした。
本が香ると感じる人って他にもいるのかなぁと、インターネットで検索してみたら少ないなりにもいらっしゃるようで、ちょっと嬉しく思いました。
そして、本との出合いも、一期一会だなと思いました。
[PR]
by ramram-yoga | 2013-07-01 23:00 |
<< 講演会2件 内観学会in和歌山 >>