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私たちの人生はすべて行である
a0118928_0331599.jpg昨日の深夜TVの、塩沼亮潤さんと堂本剛さんの対談、よかったです。

堂本さんの等身大の、本心の言葉も、初めて聞いたような気がします。

それにしても塩沼さん、行に没頭するあまり気がついたら厄年を過ぎていて、恋なんてものを一度もしたこともしたいと思ったこともないそうです・・・。


それほどまでに、求める心をお持ちだったんですね。
すごいなぁ・・・。
でもお話を聞いていると、一般の人々の心のひだの隅々に行き届くような、人間理解の深さ。
そして優しい方だなぁと思いました。



私はといえば最近、内観の本(吉本伊信著「内観への招待」)を読んでいるのも手伝って、自分の欲深さがこれでもかというほど見えて少々うんざりしているところです(笑)

ただ、あれこれ理由付けしてごまかすことが少なくなったので、それはちょっと成長したかな?

目をそらさないで、誰かのせいにしないで、ただ、ありのままの自分を「みる」「受け止める」ことは、しんどい時でもやっていきたいなぁと思う今日このごろ。
いや、しんどいからこそ見つめることが必要、なのかな。

さて、最後に大阿闍梨・塩沼さんの言葉をご紹介します。
それと、塩沼さんのご著書「人生生涯小僧のこころ」も、とても読みやすくておすすめです。
       



(以下、致知出版社の「人間力メルマガ」【2010/9/25】より)
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           塩沼亮潤(慈眼寺住職)
        『致知』2007年6月号 特集「切に生きる」より
       


行とは何かと考えた時、もちろん、ある一定期間の厳しい修行をすることも行ですが、
「私たちの人生はすべて行である」
ということもできると思うんです。

我々は坐っている時(坐禅)は呼吸をとても大切にしますが、人生すべてが行だとすると、お茶を飲んでいる時でも、ご飯をつくっている時でも、その一呼吸一呼吸を大切にできるんです。

ですから最近は、一瞬一瞬を大切に真剣に生きていきたいという方向に少しずつ変わってまいりました。


  * * * 

人間は雨を降らすこともできなければ、風を吹かせることもできない。

与えられた環境の中で辛いこと、苦しいこと、寂しいこと、いろいろありますが、それに共感しながら生きていくことが大切なのだと思いました。

また、若い時には人間はなんて不平等なんだと思ったこともありました。

幸せな人もいれば、不幸せな人もいる。

そういう悩みを抱きながら山を歩いていた時、目の前でタンポポの穂種が突風に吹かれて飛んでいったのです。

ああ、そうか! 山に落ちる種もあれば、アスファルトに落ちる種もある。
水溜まりに落ちる種もあります。

人間もそうだ、タンポポと同じなんだなと思いました。

自分の生まれたところがどんな場所であっても、いまいる場所がどんな環境であっても、そこで精いっぱい花を咲かせることが人生なのですね。

与えられた環境の中で精いっぱい生かさせていただく。

そして朝「きょうもよろしくお願いします」と手を合わせ、一日何事もなかったら「ありがとうございました」と感謝して生きることが大事だと感じました。

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おっと!
今日は夜更かしをしてしまいました。

それでは、おやすみなさい。


sachie
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by ramram-yoga | 2010-09-26 00:26 | ことば・メッセージ
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