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Day13:カイラス巡礼を終え、聖地ティルタプリへ
5月30日、6:00起床。
テントから出ると、昨日の激しい風はすっかり止み、空は晴れ渡って月がきれいに浮かんでいました。

昨日の不調は、夕食抜きと早寝とSさんからいただいた生姜湯のおかげで、すっかり良くなりました。
ドクターの言ったとおり、疲れていただけだったようです。

a0118928_2314854.jpg7:00ベッドティー、8:00朝食の後、9:15キャンプ地を出発。

カイラス巡礼も今日が3日目の最終日、山場は越えたのでみんなの雰囲気も少し緊張感が抜けて、各自ラバに乗ってパッカパッカと進みだしました。

巡礼中は、結構孤独です。
いろいろなことについて思いをめぐらすには、十分な時間がありました。

実は私はこのチベットの高所に来てから、あることがずっと心にひっかかっていました。

それはびっくりするようなことで、もう何年も前に解決したはずだった自分の中の問題が、ここに来てむくむくと頭を出してきたのです。

「自分にはまだ、こんなところがあったんだなぁ」と、自分の残存印象の深さを思い知りました。

日常の生活を送っていてはなかなか気づかない自分が、この環境によって引き出された。

ヨーガ行者は、わざわざ過酷な環境に身をおくことで自分に“打撃”を与え、日常の生活を送っているだけでは気づき得ない残存印象を引き出していた、といいます。
その意味が体験を持って分かったような気がしました。

前の日の晩、テントで一緒だったKさんにそのことを話すと「どうして自分のその部分を“嫌”と感じてしまうのか、調べてみたら?」と言ってくださったので、巡礼中ずっとそのことを考えていました。

a0118928_23285759.jpg巡礼中はとても静か。

聞こえるのはただラバの足音、そして荷物運びのヤクの首につけてある鐘の音が、自分の意識が内側へ向くよう優しく誘ってくれているかのようでした。

祈りのような、瞑想をしているような、内観をしているような、不思議ででもとてもいい時間でした。


・・・私は以前から出家する僧や世俗を離れて修行をするヨーガ行者に強く憧れていました。

しかし、このような世俗から離れた場所にあってなお、俗事のことに捉われる自分に気づいたとき、きっと私はこの身を聖地と呼ばれる場所に置き、一人修行しようとしても、目的は遂げることはできないだろう、と感じました。

実際、過去に多くの出家行者たちが、その孤独な修行生活に耐えることができず、途中で断念して世俗に戻ってきたそうです。

その中で自分の信念を貫き続け、悟りの境地に達した歴代の聖者と呼ばれる方々の偉大さを思い知りました。

それと同時に、私がこの時代に、この日本という国に生れ落ちたことについて、自分なりに納得できたような気がしました。

その中で、変わり行くものではなく、不変なるものに心を結び付けられる、そんな自分でいたい、と思いました。

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a0118928_005864.jpgカイラス巡礼はお昼過ぎに無事終わり、そこから車を2時間走らせて聖地ティルタプリへ。

今回の旅で、このティルタプリでの修行が一番の目的でもあります。

ドゥルグン寺に立ち寄った後、ティルタプリのキャンプ地へ向かいました。



(つづく)


sachie
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by ramram-yoga | 2010-07-19 06:57 | チベット聖地巡礼2010 | Comments(0)
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