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愛しています
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昨日の記事のテーマであった”祈り”とは少し違うかもしれませんが、最近よく呟いている言葉があります。

それは、

「愛しています」

という言霊です。

先日、寺山心一翁著『ガンが消えた』を読んでいました。
寺山さんは、ガンの闘病生活の中で意識の大転換を経験し、それまでわずらわしいと感じていたガンが実は自分が作りだしたもので、心から愛おしいと感じるようになったそうです。
そして、ガンに「愛しているよ」と涙ながらに繰り返し伝える場面がありますが、それがとても印象的でした。
すると、ガンの痛みが驚くほどやわらぎ、夜もぐっすり眠ることができるようになったのだそうです。
寺山さんはその後いろいろな療法や体験を経て、結果的にガンは無くなりました。
意識状態がどれほど身体に影響を及ぼすのかと、愛の力について考えさせられ、その他にもいろいろと触発された刺激的な本でした。

私も、最近は毎日呟いています。
特に何かを対象として意識していなくても、ただ「愛しています」とつぶやくだけで、胸がフワっと開いて緩み、身体があたたかくなっていきます。

また、摂食障害だった私は長い間自分の身体を受け入れることができませんでした。
自分の身体を否定し、卑下し、まるで奴隷のように扱っていました。
その身体に向かって、繰り返し「愛しています」と伝えています。
すると身体が喜んでいるのが分かります、はっきりと。
そして、自分の身体のことを、愛おしく感じます。

自分を愛することと、人を愛することは、きっと同じですね^^


  愛しています。
 
  愛しています。

  愛しています。


 感謝と愛をこめて



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# by ramram-yoga | 2017-11-22 00:00 | ことば・メッセージ
祈りと言霊
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先日、家族と出かけていた時にはぐれてしまい、ひとりお店の一角に取り残されてしまいました。
携帯もお財布も持っていなかったので、下手に動くよりその場所でじっと待っていることにしました。
さて、待っている時間、何をしよう…?と目を閉じると聖音オームの響きが感じられたので、しばらく目を閉じて心の中でオームを唱えていました。
間もなく、人が行き交う中にもかかわらず心が静けさで満たされていきました。

そうしてしばらく聖音を唱えていると、急に意識状態が違うフェーズに入り、今度は怒涛のように祈りが押し寄せてきました。
それは言葉に翻訳すると、以下のような祈りでした。

「世界人類が平和でありますように」

一人の祈りではない、老若男女、低い声高い声、呟く声叫ぶ声…。
とにかく、限りなく大勢の人が、口々に祈っているのが感じられました。
あぁこれは、過去も現在もこれからも、万人共通の祈りなのだな、と、その時に感じました。
それと同時に、祈りとは教えられたり誘われてするのではなく、本来人間の内側から必然的に湧いてくるものなのだ、と思いました。
私もしばらく、その祈りに没頭していました。
気が付くと1時間が経ち、家族とも無事に再開できました。
何か、私にはこの1時間が、偶然ではなく必然的にいただけた特別な時間であったように感じました。




  感謝と愛をこめて 






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# by ramram-yoga | 2017-11-21 23:28 | ことば・メッセージ
世界に対する応答者としてのわたし
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思いの持つ力がどれだけ大きいか、そしてヨーガでいうところのサムスカーラが、その思いにどれだけ大きく影響しているかを感じている今日この頃です。
サムスカーラとは、日本語では”行”とか、”残存印象”と言う風に訳されます。
それは何かを経験した時に、意識の深い部分(ヨーガでいうところの”チッタ”)に刻み込まれる心の印象であると、ヨーゲシヴァラナンダ著『魂の科学』には説明されています。
その人の持って生まれた天性、体質、遭遇する出来事、運命、その総てが結果とした場合、その因となるもの。
本当にそうなのだと、改めて実感しています。
この世界のあらゆる現象は、このサムスカーラによって生じている。

そういうことでいえば、この世界は、まさに自分の心が創り出しているのです。
誰にとっても共通の世界を生きているようでいて、実は一人一人、見えている風景や経験している事が、全く違うのですね。
これはとても面白いのですが、光や愛にフォーカスをすると、それまで意識していなかった自分のこの”残存印象”というものの根深さを感じています。
純粋さに意識を向けることで、自分が如何に多くのものを色眼鏡を通してみているのか、ということに、気づかされるのですね。


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土曜日は京都の明覚時にて、東洋医学治療院すばるα の藤原先生のワークショップがあったので参加させていただきました。
藤原先生とは、「いのちの医療哲学実践会」や「いのちを元気にする会」というプロジェクトでご一緒させていただいている先生です。
詳しくはHPを見ていただければお分かりいただけますが、心理畑ご出身ですが、気診や祈祷、整体、鍼灸など、幅広い治療を行っていらっしゃいます。
心理を専門とする私にとって、先行く先輩として、たくさんの可能性を見せてくださる先生です。

その先生のワークショップを繰り返し受ける中で、私がこれまで感じていた以上に大きな力を持っているものに気づきました。
それは、思いの持つ力と、同じ思いを持つ人が集まった”場”で働く力の威力です。
「○○には効果がある」「この手法で結果が出せる」と施術側が確信していること、そしてそのことで実際に功を奏した経験をしていること、これらの手法・治療法には非常に大きい治療効果が出てくる。
そして、施術者が相手に「この人は治る」という思いを持っていると、実際に治癒の方向に向かう。
怖いことに、逆もまた然り。
つまり施術者が「この人は無理だ」「治る見込みはない」と感じながら施術することは、クライアントにとっていい効果をもたらさないばかりか場合によっては不利益をもたらす可能性すらあります。

そして、もう一つ。
普段、主に五感を使って生活している現代では感じ取りにくい、五感以外の感覚。
例えば気感、目の前の相手のどこが悪い、なんかここが気になるといったような直感的感覚。
それらの感覚をしっかり持っている人と場を共有することで、はっきりと「ここだろうな」と、分かる。


昨日は、鹿児島で神経内科をやっていらっしゃる山野医院の山野先生に「チ楽」という次世代の医療・セルフケアの養成講座を受講していたのですが、そこでも同じことを感じました。
その場に集まった人たちと場を共有し、山野先生のファシリテートの元、思考を停止し、感覚をゼロにする。
その中で、数人が、自分に合った生薬(漢方薬)を飲んで、身体状態が良くなった時のことをイメージをする。
すると、その瞬間に、そばにいる私の身体状態がはっきりと変わったのです。
肩が驚くほど軽くなり、その鮮明な変化に驚きました。

人の思い、そして印象の持つ力が、こんなにもはっきりと、周りの人にまで大きな影響を及ぼすとは。
事実がどうであるかは、この際あまり重要ではありません。
重要なのは、その事実に対してどのような印象を持つのかということです。
どのような意識状態で日々を過ごすか。
それは最近の私の大きなテーマでもあります。
自分の意識状態によって、目に映る世界、出会う人、起きてくる事が、全く違ってくるからです。


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本当に、毎日が面白い。
挑戦する、そして新たな世界がパッと拓ける。
その拓けた世界で新たな課題が見えてきて、また挑戦。
まるで神様になぞなぞを出され、それに対する答案を書いているようです。
自分の持っているものをフル回転させながら、楽しみながら。
毎回、なんとも奥深いなぞなぞを、神様はくださるものです。

以前このブログに書いた、「問いを発すれば応答あり」という記事を書いた頃は、”問う側”としての自分をよく意識していましたが、今日ここに書いたことでいうと、私たちは世界に問いを発する存在であると同時に、世界に対する”応答者”でもあるわけです。

”私”という限定された個の意識が生まれた時、その”私”に対して世界(超越者)が対象化されます。
その時に、世界と私との間で、やり取りが生じます。
私からは、世界に投入する”問い”が発せられ、それは同時に応答でもあるわけです。
世界からも絶えず”問い”と”応答”が返ってくる。
すなわち、世界と私は、絶えず応答し合っている。
私たちが今ここに存在している秘密があるとすれば、そのあたりに隠れているような気がします。
もし私が存在しなくなれば、世界も存在しないのではないでしょうか。

そういうことでいうと、世界は私を必要しています。
お互いがお互いを必要としているのです。
私が死んでも世界は世界だけ残って存在していて、永久に流転するという考えは、時間と空間を前提として人間の脳や自我意識が創り出した幻想なのではないかと思うのです。
私とは、そんなちっぽけな存在ではないのではないでしょうか。

今日の結論。
私たちが今ここに存在している目的とは何か。
それは、世界に応答するため。
私たちが存在してはじめて、世界は世界として存在することができる。
十全にいのちを生き切るとは、その世界に全身全霊で応答していくこと。



愛と感謝を込めて











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# by ramram-yoga | 2017-11-20 13:47 | 最近のいろんなこと
初級ダルシャナ自主研修会
今日は、特急サンダーバードに乗って、福井へ。
ヨーガ療法士主催のダルシャナ自主研修会のファシリテーターとして参加させていただきました。
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開催場所は、お寺^^
なんとも落ち着く雰囲気の中、富山や金沢からも駆けつけてくださった療法士さん方と、ひたすらダルシャナの実習を行いました。



(セラピーの基本である「課題の分離」について解説中。)
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普段何気なく発している言葉。
カウンセリングを学び始めると、自分の発する一言一言に、意識的になっていきます。
こちら側の発する事が、相手にどのように伝わるのか。
どうしたら相手の言いたいことを、共有することができるのか。
表情、姿勢、言葉の表現、言葉尻、質問の形態。
実は、ひとつひとつ、全てがメッセージ性を持ち、それを変えることで、相手に伝わる事も大きく変わっていきます。

カウンセリング・トークには、すべて、意図が伴っています。
「なんとなく」といった感覚を伴う発言は、ありません。
そのようなことでいえば、これらは、非常に理性的な作業です。
でも、共感できた感覚、すっきりした感覚、安らいだ感覚…これら、カウンセリングでクライアントが得たいと思っているであろう感覚、これは感性の領域です。
つまり、理性的な部分を繰り返し落とし込んでいくのですけれど、その先に求められているのは感性的な部分です。
感性と理性が分離なく統合された状態を、目指していきます。

そのためには、実践あるのみ。
繰り返し、お互いに検討しながら、腕を磨いていきます。
時々、気が遠くなってしまうような、地道な作業です。
難しくもありますが、奥深く本当に面白い世界だなと思います。



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企画をしてくださった福井のヨーガ療法士さんに、永平寺にも案内していただきました。
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参拝が終わるころには雨も上がり、光がさしてきました。
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愛と感謝をこめて







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# by ramram-yoga | 2017-11-15 21:16 | 活動記録
パステルアート
今日は、素敵な友人がやっている、JR桂川駅近くのファーバル薬局に併設されている”ファーバルカフェ”へ。
パステルアートを教えていただきました。
先生の作品を何点か見させていただきましたが、私が感じている感覚ととても近く、初対面にもかかわらずご縁を感じたのでした。

今日は、ある方のことを描きたい!と決めてきていて、無心に描くこと1時間あまり。
こんな仕上がりになりました。
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私の中で浮かんでいる映像の半分も、表現できませんでした。
これは、またの機会にリベンジですね^^




こちらは、先日自宅で描いた、別のお方。
求心力・放射力ともにエネルギッシュ、そして、非常に颯爽としてさわやかです。
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こちらは、あるイベントの様子。
実はこのイベントには、先日の台風で参加できなかったのですが、離れていても感じるものがあり、それを表現してみました。
主催者の方にこの絵を送ると、「まさにこの通りでした!」と、喜んでくださいました。
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こちらは、今日のファーバルカフェでいただいたランチ「梅ちゃんごはん」。
やさしさのある、おいしいひと時でした。

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愛と感謝をこめて



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# by ramram-yoga | 2017-11-14 20:54 | drawing